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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第一章 忍び寄る影
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罠 5

 ティラータはシリウスとその(しもべ)ヴラドを伴い、魔法障壁へと急ぐ。

 泉から一番近い障壁に辿り着くと、そこから北上してシリウスが何者かと遭遇した場所まで歩きだ。


「だいたい、そういう事は真っ先に言え!」


 ティラータはシリウスの話を聞くと、腹を立てながら一人と一匹を同行させたのだった。


「そう言われても……その後見た眺めのほうが衝撃的だったしな、ヴラド?」


 唸り声の返事を聞きながら、ティラータはがっくりと項垂れながらも歩を緩めない。


「衝撃的ってどんな言い訳だ……」


 ティラータはぶつぶつと文句を言っていたが、少し拓けた場所に出てようやく足を止める。


「ここか?」

「多分な」


 ゆらめく魔法障壁の根元に、点々と血と足跡があり何事かがあった形跡があった。

 ティラータは空の白い月を見上げる。

 ──満月だった。


「おい、何か変じゃないか?」


 シリウスの警戒した低い声にハッとしてティラータが目線を戻すと、魔法障壁が見たこともないくらい激しく揺らいだ。

 咄嗟に二人と一匹は壁から後ずさり、身構える。


「そんな……」


 ティラータの目の前で障壁の光が揺れ、地面の一点を中心に半円形に(くら)い穴が現れた。

 虹色の障壁が乱れて動物たちや植物を焼き切ることはあっても、途切れるなんて、ティラータは聞いたこともなかった。


「気をつけろ、誰かいる」


 ティラータが呆然としていると、シリウスに肩を引かれる。

 気付くと穴の向こうに幾人もの気配──殺気が立ち込めていた。

 チッと舌打ちしつつ、ティラータは剣に手を添え、鋭い声で警告を発する。


「この壁を越えること罷り成らぬ、死にたくなくばここから去ね!」


 ティラータが鋭く言い放つと、穴の向こうがざわめく。

 顔は見えないが、ひと一人が通り抜けられるであろうサイズまで広がった穴の手前まで、男がひとり出てきた。


「女か……ということは、そっちの奴らは失敗したのか。なるほど、やはりアイツは使えないな」


 その男の声は、低く太いが若い者であろうことが窺える。

 ティラータがシリウスに目配せすると、彼は受けて『ああ』と頷く。


「俺が……というよりヴラドが追っ払った奴のことだろうな」


 そうやりとりしている内に、穴から人が這い出て来た。


「死にたいのか? というか勇気あるな。あの穴は安定してるようには見えないが」


 感心したようなシリウスにティラータは呆れつつ、這い出てくる武装した男達を睨みつける。


「確か、下に石版が埋まっているのだったな?」

「ああ、恐らくそれが魔法障壁を中和してるのだろうな」

「……手伝えシリウス」


 ティラータが剣を抜く。

 森の向こうから出てきた男達も、応じて剣を抜いた。


 ざっと十五人。

 ティラータが穴に眼を遣ると、先程声を発した男は穴の向こうからこちらを見ている。恐らくその男が指揮を執っているのであろうと、ティラータは判断した。


「命が惜しくば、大人しくしろ」


 ティラータが無駄であろう勧告をしつつ、躊躇なく襲い掛かる男達の剣を受け流し、そのまま流れるように目前の一人を斬り払う。

 どう、と地面に倒れる仲間を見ると男達の目が一層鋭くなる。しかし男たちは怯みつつも慎重に剣を構え、攻撃の機をうかがう。


「ぐずぐずするな、取り残されたくなければ、そいつらを殺せ」


 穴の中から先程の冷淡な声が指示を出す。

 見たところ纏まりが無いように思えるが、傭兵の寄せ集めなのだろうかと、ティラータは考えながらも淡々ともう一人を斬り捨てる。


「器用なものだな……急所を外してるのか?」


 ティラータが斬った勢いで足元に転がってきた男を一瞥して、シリウスが感心したように言う。

 その間にもティラータは襲い掛かる屈強そうな者たちをいなし、情け容赦なくなぎ倒す。

 シリウスは剣すら抜かず傍観を決め込んでいるようで、その足元には主の意思を酌んだのか、黒い狼が静かにかしずく。


「随分と舐められたものだ……小娘ひとりで充分とでも言うつもりか」


 嘲るように穴の向こうの人影から声がかかる。

 ティラータは剣を一振りして、その切っ先を声の主に向ける。

 冷たく穿つような眼差しに、武装した男達の動きが固まる。年若い少女のような女剣士相手に、身体が竦み何故か打ち込めない様子。

 冷や汗が、男達の頬を伝う。


「くそっ、一斉にかかれ!」


 残りの兵たちが掛け声とともに剣を振りかざして斬りかかる。

 ティラータは一歩も退くことなく剣を構え、最初の一撃を下からなぎ払うと、その勢い衰えぬまま素早い太刀で斬り下ろす。

 細い刀身は打ち負けることなく鮮やかに目前の二人を血に染め、崩れ落ちるその者達さえ利用して次の攻撃をかわす。そして眼を疑うような素早さで、襲い来る男達の懐に潜りこむ。


「な、早っ」


 小柄な女剣士に間合いの内に入られたことに男達が気付いた次の瞬間、屈んだ姿勢のままティラータは囲む彼らの足を容赦なく刀の峰で打ち払う。

 倒れこんだ男達は、次に襲った焼け付くような痛みに、ようやく何が起こったのかを悟る。


「ぎゃあああああっ」


 女の細腕のなせる業とは到底思えない、骨まで達する斬撃に、叫喚が巻き起こる。

 あっという間に半数まで減らされ、目の前の惨状に残った男達の顔も青ざめる。

 しかしそれも一瞬のことだった。息つく間もなく数人の後ろに回り込んだティラータは、剣の柄で後頭部を打ち昏倒させていた。


 残り二人となったところで邪魔が入る。


「おい戻れ。そろそろ時間だ」


 穴の奥から先程の男が指示を出すと、残っていた者達は心得たとばかりに素早く穴に飛び込んだ。

 次の瞬間、地鳴りかという音と共に再び障壁が大きく揺らぎ始める。


「おいあんた、今は引いておいてやる……」


 ティラータは鋭く睨むと、言い放つ。


「誰かは知らんが、二度目は無い」


 そして穴は閉じてしまい、その向こうを窺い知ることはできなくなった。

 何かが割れるような破裂音がすると、先程の穴の下の土が巻き上がり、石版らしき破片が飛び散った。


「……あれか、埋めたと言っていた石版とやらは」


 ティラータは障壁に近づき、土を掻き分け真っ二つに割れた石版を掘り起こす。


「……派手にやったなレグルス。手伝う隙など無かったな」


 振り返ると、呻きながら倒れている男達を避けながらシリウスが近づいて来るのが見えた。

 ティラータは少し呆れ顔だ。


「手伝う気などなかっただろ、お前」


 シリウスはその言葉を受けて少し肩を竦める。


「……まあ、お手並み拝見というとこだ。その礼という訳ではないが、その石版を埋めた奴に印をつけといたから、それで帳消しにしてくれ」


 さわやかだが胡散臭い笑顔を、無駄に整った顔に貼り付けたシリウス。

 ティラータは溜息まじりに見つめる。


「印ってどんな?」

「主犯の男には顔にこう……爪跡をざっくり」


 そう言って顔の右側こめかみから頬にかけて指をなぞるシリウス。

 そして手下の男の右手に噛み傷がひとつ。どちらにしても相当目立つ傷だろう。


 ティラータは石版を手に立ち上がる。

 首謀者の割り出しに全力を傾けねばならないだろう。この森で謀を進めるのなら、この自分を足止めせねばならない。昨夜の襲撃と今日の騒動は一連の出来事と見て間違いない。

 ティラータは足元に転がる傭兵らしき男達を見下ろし、溜息をつく。


「運ぶの、面倒だな」


 どれも命に別状はないとはいえ、かなりの重傷者たちばかりだ。


「まさかこれ、全部運ぶ気か?」


 シリウスが呆れたように言う。


「じゃあ、どうしろと?」

「……はは」


 何か言いたげな顔で誤魔化すシリウス。


「ところで、お前の剣は面白いな」


 シリウスは少しおどけた様に話を変えて、ティラータの剣をじろじろと見る。刀身を見せたのは二度目とはいえ、シリウスの前で実際に剣を振るったのは、初めてだった。


「片刃とはな……」


 ティラータは剣を払い、鞘に収めた。


「私は非力だからな、競り合いで手を添えなければ押し戻せないことも多いし、片刃でなければ我が身も共に斬れてしまう。それに、峰を使えば今のように、致命傷を与えずに生け捕ることも容易い」


 それを聞いてシリウスが考え込む。


「それで、この大荷物ができると……」


 シリウスが呆れ顔で足元の今だ昏倒する男達を見下ろす。

 一部を残して殺してしまえばよいものを、と彼が考えているのは先程からの態度で分かるが、ティラータには賛同しかねることだった。

 手伝われなくて良かったと、ティラータは考えを改めた。もし彼が手出しをしていたなら、躊躇無く殺めていたのだろう。


「これはこちらの問題、心配は必要ない。これらの者は後で城から人を呼んで運ばせる」


 ティラータはそう言うと武器を奪い、森から調達した蔦を縄代わりに、男達を拘束してゆく。傷の酷い者には応急処置を施しながら。

 そして十三人もいては手間だと、心底面倒臭そうなシリウスをたきつけ、手伝わせた。


「……うっ」


 締め上げていると意識を取り戻す男に、シリウスがもう一撃を与えて再び昏倒させる。


「おい、あんまり手荒に扱うな。死んだらどうする」


 ティラータの突っ込みに、シリウスはやれやれと肩を窄める。


「どんだけ冷徹なんだ、お前は。手は前で縛れよ」

「甘ちゃんだな。逃げられたら厄介だぞ?」


 呆れながらも、シリウスは指示通り手を身体の前で縛りなおす。

 既に拘束を終えた数人は、傷の痛みに呻きながら意識を取り戻す者も出てきた。ティラータはその者たちをチラリと見て笑ったのだった。


「甘いか……この者達の森がどんな様相をしているのかは知らんが、この西の森は迷いの森だ。なんの準備もなしで無事に脱出できる者はいない。手を前においてやるのはせめてもの情けだ。私が人を連れて戻るのをここで待つ間、何もなければいいのだがな?」


 そう言うティラータを、青い顔で見上げる男達。

 鬱蒼とした森の向こうから、獣の咆哮が響き、捕虜の身体がビクリと震える。


「おい……ここに置いていく気か?!」


 正気に戻った男達には、ティラータが暗に指し示す状況が理解できたようだった。


「なあ、俺たちはただ金で雇われた傭兵だ。頼む、こんなところに置いていかないでくれ」


 辺りを見回して震えながら懇願する。

 どんな獣がやってくるか分からない森に手足を拘束されたまま置いていかれれば、間違いなく、血の臭いに引かれて襲いくる獣の餌食になるだろう。

 ティラータは情けない懇願を無視して残り全ての者の拘束を終えると、十三人全てを魔法障壁の傍まで引きずった。


「おまえ達は城で尋問を受けることになる。後で迎えにくるから、それまでここで待て」


 その死刑宣告にも似た言葉を、青ざめて聞く男達。

 それを面白そうに眺めているシリウスとヴラド。


「忠告しておくが、逃げようなどとバカな考えは止めて大人しくしていることだ。おまえ達が壊そうとした魔法障壁が、今はおまえ達を護ってくれるだろう。森の獣たちは障壁を恐れる。よほど腹が減ってなければ、だがな」


 ティラータは無表情でそう告げると、男達は手足を拘束されながらも尻でいざって障壁ぎりぎりまで我先にと退がる。

 肩を寄せ合うように集まり大人しくなる様は、滑稽というしかなかった。


 ティラータとシリウスは、恐怖に慄く傭兵たちを尻目に、再び森の中を引き返す。


「待ってくれ、本当に置いてゆくのか?! おい!」


 傭兵たちの情けない声に、ヴラドが振り向き金の瞳を向ける。


「ひっ!」


 大きな威厳のある黒狼の姿に、これからの自分達の身に降りかかる危機を重ね、青ざめ息を呑む。

 しかしヴラドは何も言わずにすっと振り返り、主を追って森の中へと去っていった。


 その後、たとえ牢獄行きと分かってはいても、男達はひたすらティラータの迎えを震えながら待つのだった。


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