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炮封の黄金獅子(レグルス)  作者: 小津 カヲル
第一章 忍び寄る影
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森での出会い 1(プロローグ)

 深い、深い森。

 西の森と呼ばれるその森は、またの名を迷いの森とも呼ばれる。人を寄せつけずしかし豊かな、動物たちの楽園だ。

 国境をすっぽりと覆うようによこたわる森は、国王直轄の領地であり、この国にとって守りの要でもある。なんぴとたりとも立ち入ることを禁じられていた。

 ただ一人、管理を任されている者を除いて。


 西の森の中ほどに、ひときわ高く茂る楠がある。その根元では清らかな水が滾々(こんこん)と湧き出て、小さいながらも豊かで魚たちが泳ぐ泉が形づくられていた。

 そこだけぽっかりと緑の開けた泉のほとりに、森の管理を任されたひとりの少女が馬を寄せる。

 名は、ティラータ・レダ。

 彼女は馬を降りると、鞍を外し休ませる。泉の水を飲む馬の傍らで、少女が深くかぶったフードを外すと、目に鮮やかな金髪が朝日に輝いた。

 そしてマントを外し、躊躇すること無く着ていた服を次々脱ぎ捨て、春になったとはいえいまだ冷たい泉に、ためらうことなく入水する。誰もいない森深く、朝日に照らされる白い肌と金の髪はきらきらと水しぶきとともに水面に反射し、森の妖精が光っているかのようだった。

 まだ幼さの残る少女の身体が、水しぶきをあげて沈む。泉の中央は見た目よりも深く、頭まで潜っても足がつかない。

 少女は潜ったまま、頭上の水面を眺める。静かな水面を通して見える青い空と、覆いかぶさるように茂る新緑のコントラストはお気に入りの眺めだった。しばらくはその美しい光の揺らめきに目を奪われ微笑む。


 何度か深く潜り水浴びを堪能したのち、上がってきた彼女の手には、ピチピチと魚が二匹暴れている。

 獲物を岸へと無造作に放り投げ、自らは再び水に潜り泉を一回りしてようやく水から上がる気になり、肩にかかる金髪の水気を絞りつつゆっくりと岸に足をかける。


「……誰だ?」


 ふと誰も立ち入らぬはずの森に、己と愛馬以外の気配を察知し、新緑の瞳が縦に細く締まる。

 猫のような俊敏さで、かすかな葉ずれの音に反応し、少女は素早く岸の枝に掛けておいたマントで身体を覆う。


「──上か」


 素早く目前の大楠を仰ぎ見る。

 次の瞬間、ティラータの目の前に、大きな影が落ちてきた。

 少女は咄嗟に後ずさり身構える。

 目の前に飛び降りてきたのは一人の長身の男。


「何者だ!」


 突然の侵入者から目を離さず、少女は泉のほとりに置いた剣を取る。そして目の前に佇む涼しい表情の男を、鋭い視線で射抜いたのだった。

 男は長身細身ではあるが、マントからは鍛えているとひと目でわかるしなやかな両腕の筋肉がのぞき、腰には長剣。

 ブラウンの長髪は後ろでひとつに束ねられ、何を考えているのか読めない切れ長の目元、整った鼻筋に綺麗な唇。総じて言うならば、世の女たちが放っておかないであろう、いわゆる見目麗しい顔立ちをしていた。

 少女はその観察に付け加える……外見だけならば、と。

 なぜなら、目の前の見知らぬ男は悪戯そうに口元をほころばせ、どこから見ても軽薄そうな表情でティラータを見ているにもかかわらず、少女は男から強い殺気が漂うからだ。

 少女は愛剣を握る手に力を込め、負けじと同等の殺気をまとって見返した。

 だがふいに、肌が粟立つような強い気配が、男の微笑みと共に消え去る。

 拍子抜けした少女はだったが、それでも再び問う。


「何者だ、答えろ」

「そう怖い顔をするな、同胞(はらから)だ」


 まことに胡散臭いというのがティラータが受けた印象だった。

 だが少女が剣にかけていた右手を下ろしたのは、男が差し出したもののせいだろう。彼が手にしているのは、美しい六芒星の印章だ。星の先端にはそれぞれ違う色の宝石がはめ込まれている。


「はじめまして、だな。黄金獅子(レグルス)……俺は天狼星(シリウス)だ」


 それは証。

 少女とと同じ七剣聖の称号を持つ、世界最強の剣士のひとりである証。


 彼は“仲間”だった。


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