ぷぴ7 精霊と湖畔への道
朝の光は靄を抜けても清々しい。少しの湿り気が、遠くにいる【精霊】の遊びを伝えてくれた。盛り上がっている話題に耳を澄ますと、夕べの【藁の精霊】の話だ。
≪おはよう【烏骨鶏の精霊】、いつも朝は早いのね≫
≪だって、卵を護らないと! 【小麦の精霊】もパンへの祝福を忘れないでよ。もう【竈の精霊】は働いているんだから≫
ふんふん、小麦。気のせいでもなく、下の階からパンのいい香りがしてきた。竈で焼くパンは癖になる。『ぱーぱ食堂の法則』は、経験値で作れないからこそレシピの再現力に全身を投じた結果なのかと、感嘆した。真面目がお辛いと憐れんでしまう。
≪先日お出掛けしたみたいだけど、ラムル湖畔にエルフが暮らしているって。長老を訪ねると知恵を貸してくれそうだとシルヴィー・アモン姫にお伝えしたらしいわよ≫
≪一番の難所、長老の名前を聞き出さないことも教えるなんて親切だわね≫
お喋り上手な【精霊】には活動時間がある程度決まっているようだ。早朝が得意だったり、闇夜で活躍したりと。冴えた朝を招いてくれたのは『早朝組』なんだ。ネーミングセンスはよくないな。どこかの悪い人に聞こえる。間違いではないが。夜は『月組』とかどうかな。こっちのセンスは悪くもないか。うーん。もう、起きるか。
『はじゃーま!』
私はごろごろして手をつき、お座りをした。あんよもできるがお座りは楽な姿勢だ。がらがらがおいてある。赤ちゃん好奇心はとにかく触ることから始まる。
がらがら、がらがら……。
『はじゃーま? はじゃーま』
起きて。
がらがら、がらがら……。
「うううん……」
ぱーぱの腕がまーまの顔面を直撃した。
「おもちゃか。ルイーズ、『はじゃーま』って分かる?」
「おはようございますって挨拶でしょう」
まーまは寝不足ではない。寝起きが悪いタイプらしい。毎日ミシェルの特別まーまジュースで目覚めていた。レシピは楕円形で真紅のルビナンスの実に黄色いシトルナリの果実に少量の山羊ミルクを毎日素材を集めて、刻んだり絞ったりと妻を想う気持ちには心がほかほかする。ミシェルは一見すると弱そうで、まーまがしっかり者だ。出しゃばらないで産後のケアも万全だったぱーぱを見ていて、私も将来結婚するなら素敵だと思う。でも、ぱーぱはまーまともう結婚しているからがっちょんなことに横恋慕だ。
「家族へ挨拶をしよう」
「改まってな感じもするけど、気を遣うのは少しだけよ」
『だあだあ』
三階は居心地がいいけれど、階段は難所だな。早く飛翔したい。降りる前に身だしなみなようだ。家とは勝手が違うのか。
「やあ、昨日は疲れたろうよ。ゆっくり起きてきていいんだよ」
「お父さん、ミシェルには難しいわ」
「ばあばよ。おいでなさい、シルヴィーちゃん」
ぱーぱには魔法的とか霊的なものが少ないな。全体的に勘が鈍い。
『ちょれでピンクのリボンを直してほちいでちゅ』
「念波がきたよー。リボンを結い直してほしいらしいわ」
まーまの目が据わっている。結構な迫力で。
「偶には僕がしようか。ミカちゃん結びがいいんだっけ?」
「ミシェル、そこで詰んだわよ。ミカちゃんではなくて、ユキちゃん結びなのよ」
「ユキちゃんね……」
階下から声に物音がする。二階のマチューが呼ばれて降りていった感じだ。
「あ、師匠が呼ばれた。僕も手伝わないと」
「あら、ミシェル。もうできていそうよ」
「働こうとする姿勢はみせないとだよ」
そそくさと消えていったぱーぱ。大人って難しいよね。ん? 私は前世の年齢は幾つだったのか。知りたいことは山ほどあるのに。
「~♪ 元気出して早く帰り、お家ほっと暖炉あたろ、蜜柑パンに明日も晴れ、とんとん」
『まーまの歌は大好きでちゅよ』
「あらん。おだてたら二番も考えないとね」
まーまは一番の歌を作るのは得意だ。二番を作ろうとするとメロディーが変わってしまう。微妙にまーまのシンガーソングライターデビューは遠くなった。
「やっぱりお父さんとお母さんの食卓、最高だわ」
「俺もそう思うよ」
「お兄さん、殊勝でよかった。張り倒してでも味にうるさくしたら私が張り倒す予定だったから」
ぱーぱが横で青くなっていた。一度も夫婦喧嘩をしなかったとは言えないようだ。
『んま』
「まんま、おいちい? ばあばのもあげようか」
『んまんまんま』
「食べているときはお口は閉じるのよ」
『はう……。ばあば』
恥ずかしくて寂しい気持ち。頭を抱えてめんめちょになった。
「ミシェル、シルヴィーちゃんがおかしいわ。熱があるのかしら」
「ははは。交代しよう。ベーコンが頗る旨いよ」
『ん』
ぱーぱの給仕もお上手です。ちょっと恥ずかしかったことが分かったのかな。
「ごちそうさまでした」
「ごっそさん」
『ちゃーった』
いいタイミングだな。ラムル湖畔いき第二段をおねだりしよう。
◆◆
道々、今朝のパンの話で盛り上がった。
「三日月パンは上等だったよ。お父さんもご自慢でお髭つんつんだったね」
「家族の前ではあまり褒めないでね。シルヴィーちゃんみたいにめんめちょのポーズをするから。あら――。恐ろしきは遺伝かな」
頭を抱えてこのポーズ。
『めんめちょ』
「不思議な単語はさくさく覚えるな。パンから話が逸れたね」
「私は、贅沢な山羊ちゃんのバターをほっくりと焼きたてのテーブルロールに塗っていただくのが最高なの!」
「出会った頃と変わらないよね」
「五歳からそうだったわ。その前は甘くした豆パンが好きだったな。アズビーンズを入れたものね。それから、緑色した宝石みたいなグレーナも美味しかったし、それからまだあるのよ」
ぱーぱがポケットを探っていたので、私が訊いた。
『う?』
「パン屋さんになる前に妻のお好みをメモっておかないと」
左のポケットやタイの結び目まで探している。ラムル湖畔では裸になりそうな勢いだ。
「僕の『パンノート』が……!」
皆まで言うまい。




