ぷぴ5 退治しちゃうぞ
私の赤ちゃん語での文言は、ばぶちゃん言葉でしか分からないようだ。寂しいかと問われれば寂しいが、両親の陰で悪戯をするにはもってこいだろう。だんめ。悪い赤ちゃん……。でも、割り切ってかかる。
『いくでちゅ! 【風の精霊】よ、棍棒を螺旋状に振り下ろちゅでちゅ!』
家の中へ窓から突風が吹き込む。ブンという強い音の中で、物や人がひっくり返ったような音がした。
ガタタターン、ガシャンシャン。
男が倒れた。やった、やっつけたのか。大切な家族を護るのは、ばぶちゃん、つまりは赤ちゃん冥利に尽きる。
「いってえ……」
家族四人が静かにしていた。悪漢を片付けたのに喜ばない? おかしいだろう。
「おいおい、大歓迎だな。俺だよ、マチューだ。デュフール家に帰ってきて泥棒扱いはないだろう」
頭を掻いてマチューは後ろを向いた。殴った顔を拝むつもりだったのだろう。【風の精霊】を共に見られたら、私は嬉しいけど。肩を竦めて、訝しんでいるようだ。【精霊】は彼にも見えないらしい。ちょおっと殴り過ぎたかな? 反省、至極反省。
「あれ? 誰も俺の後ろに立っていないのか」
『ぱぷ』
あい、すみませぬ。どちらさまですか。
「お兄さん、お帰りなさい」
「おお、ルイーズ! 元気そうだな。産後の肥立ちもよさそうでミシェルのお陰だな」
「お義兄さん、ルイーズは一生をかけた仕事をしてくれました。この子です。僕達でシルヴィー・アモンちゃんと名付けました」
はっ。赤ちゃん役もこなさなければ。異世界で自然に溶け込んでいれば、いわゆる魔王だの勇者だのとか関係のないところで、村で暮らしたい。私は前の世界のことを覚えていないのだが、大切にしてくれるまーまとぱーぱに恩義がある。最悪のパターンで転生した感じは分かってはいるんだ。生きていれば自分のことも次第に分かるだろう。はあ、間が空き過ぎたよ。
「ぱ、ぱぴぷぺぽ、ぱぽ」
不気味な五段活用ではないな。テンパッテしまいました。赤ちゃん語五段階活用獲得――! テッテレー! 自分で恥ずかしくなって顔が火を吹き出した。
「シルヴィーちゃん、息が詰ってなんかないわよね。ああ、お兄さんの顎髭であやせば一発よね」
「え、俺? はは、まいったなあ。雹が降らないかな……」
よろしくと渡されて、よしよしとあやす。
『どっこい、んぱぱぱ』
変わった人だ。まーまとぱーぱが標準的なので、より変わって感じられる。マチューは、瞳の色は褐色で栗色の髪で顎髭をたくわえている。顎の下を擦るように髭をつんつんと指していた。怒ってはいないようでよかった。むしろ、触れってことかも知れない。
「いやあ、大きいようだけど華奢だな。ルイーズのときを思い出すよ。年の差があったからね。七歳差って子どもには大きいよな」
せっかくつっついてあげたのに、小さい手だなとじっくりと観察されてしまった。紅葉より小さな赤ちゃんのお手でぽんすけ。
「なあなあ、芸があったのか? お手したぞ」
「ああ、お腹が空いたときによくします。ルイーズ、俺が離乳食拵えるからゆっくりしてて」
「すげえ! 離乳食は俺には未知だなっと」
「じゃがいも粥とか、野菜や果物を擦り卸すだけでも初期はそれで充分だったわ」
皆の熱弁の間も揶揄われて、息があがってしまった。
『はひゅ、はひゅ』
「シルヴィーちゃんはお上手だね」
いや、本当は笑って苦しいんだけど。
『きゃららら。はひゅ、はひゅ……』
私がちょっと明るく笑っただけで、まーまとぱーぱにまーまの家族がどっと笑った。些細なことで明るくなるなら惜しまないけど、そろそろ息苦しいのに気付いてほしい気もする。
『きゃらららら』
「楽しそうでいいわ」
「シルヴィーちゃんは我が家に灯った蝋燭の炎だ。燭台は質素でいい、この灯りが全てだ」
ガウウウ……。
「どこからか猛獣の声がしたわ」
「森からかな。僕がいい匂い出しちゃった? 離乳食ですが」
できれば食べたい。ぱーぱの調理は全てレシピ以上も以下もしないのが特徴だ。書いてある順番に、ぴったり計量したものを用い、温度管理も万全と決まっている。私はこれを『ぱーぱ食堂の法則』と呼んでいる。書いてある通りというのは天才だ。パン作りにも活きるだろう。
「折角火を使ったので、お茶をどうぞ。お義母さんによると茶葉はリーフ・オブ・リーフと言う銘柄らしいです」
口にするとほわっとあたたかそうな顔を皆している。ホットレモーネみたいな酸味も感じた。呼吸が大きい血就いた。
「シルヴィーちゃんは麦茶ね」
『あい、あう。ほちいでちゅ』
【精霊】を使ったので疲れていた。このまま眠りたいくらいだ。赤ちゃん体力は中身が大人でも少ないんだな。
「お兄さん、今回はお帰りが遅かったわね」
「修行によりパンの極意を会得し、【ロゼ島精霊の国~ペリィ・デ・フェ~】で一番のパン屋を目指していたのだよ。だけどさ、故あって現役を退いた。三年前になるな」
まーまの兄上は立派な志を持っていたのか。途端に兄上だなんてごまごますりすりでもいいもーん。
「その代わりにミシェルに伝授したことがある。たった一つだ」
「僕はたった一つとは仰いますが、恩義をずっと持ち続けていたんですよ……。再びになるけれども再会を喜んでます。もちろん、妻も妻のご両親も」
まーまの話によるとマチューは、「極意に近付くにはどれも一味足りない。よく晴れた月夜に予感がした。俺では駄目だったが妹夫婦が成功するだろう」と、語っていたそうだ。
実家は三階建てで月まで近い。今夜、いいことがないかな。赤ちゃんの私も思案する。
「ねえ、ミシェル」
「ん?」
『あだあ?』
「シルヴィーちゃんを僕に抱っこしろと?」
あだだだ……。
「ちょっとしたお願いがあるの」
「はい」




