ぷぴ17 移動販売でち
さて、実食です。青空の元でいただきます。
「はーい。シルちゃん、ぱーぱががんばりました。いただいましょうね。その後でまーまはスープも作ったからいただきましょう」
『たーだきましゅ』
ぱーぱは薪を割っているときにさくっと子ども椅子を作ってくれていた。食卓用と野原で食べる用にとだ。パンもそうだが、才能を隠していたんだ。だからといって凄いだろうとふんぞり返ったりしないで殊勝な感じでいる。
「……ど、どうかな? できれば美味しいとかいまいちとかの指標より、具体的に感じたことを知りたいな」
ぱーぱはパンは余裕で作っていたのに、食べてもらう段階へきて不安そうだ。さて、お上品にパンを齧らずに手で一口大にする。シルヴィーちゃんのお口は小さいからこれくらいと想定だ。親指大……。
『小さ過ぎでちゅ! 小さ過ぎでちゅよ!』
「シルちゃん、ハンカチの上にまだ殆ど一つ分あるよ。離乳食でパンを浸していたから加減が分からないんだな。小さい子って沢山食べたいんだろうしね」
パーパが千切り直して両手に渡された。ぱーぱの親指大だと丁度いいようだ。
「最初はバターを塗らないでいただくわね」
『バターを塗るんでちゅか』
「二度目はバターを少量だわ」
記憶の片隅からバターロールなのにバターを塗って食べた場面が過った。
「ん……。うん、うんうん」
『むぐむぐう、過不足ないぞえ』
「ひいいい! シルちゃんの辛口コメントが!」
食べていないぱーぱが固唾を呑んで待っていたが、私のコメントが不味かったようだ。打ちひしがれてしまった。
『おじょうずでち』
「お、おじょうずか、流石シルちゃんは赤ちゃん言葉が旨いね! 旨いってことだよね?」
ハハハと頬を掻くぱーぱは可愛いと思えた。
「ミシェル!」
「はいいいい」
緊張の時間が流れる。まーまはもう一口バターを千切った面に塗ったものもいただいてよく噛んでいた。飲み込むと俄かに表情が変わっていく。暗いか明るいなら明るいのだろうか。
「かつてない美味しさだわ……!」
「おおお! パンにも【精霊】がいることだろう。【パンの精霊】よ、ありがとうございます!」
具体的なコメントはこれからかな。もうぱーぱは一人で盛り上がっている。きっとまーまへのプロポーズも一人で喜んだんだろうな。私の勝手な妄想だけれども。
「ミシェル、自分の力を信じていいわ。もちろん、【精霊】への日々の感謝も大切だけど、なによりミシェルは多くのパンをマチューから手ほどきを受けずに見て覚えたと聞いたわ」
マチューはまーまの実の兄にして、ぱーぱが本格的にパン職人になりたいと思って修行の末辿り着いた門戸だった。幼い頃からの馴染みとはいえ、まーまもうっかりぽんすけだ。兄のもとへ好きだった方が現れたら、頬を染めたでは済まないだろう。
「これはなにかとか聞いてはいけない雰囲気だったよ。弟子は取らないと仰っていたのに、パンの支度は隠さずに見せることで教えてくれた。ただ、厨房のものは全て師匠がなさってました」
「常日頃仰っていた、『極意に近付くにはどれも一味足りない』というのが少し分かってきた」
「ええ? どんな」
『多分、先程のまーまの件でちゅよ』
私も実は気が付いていた。赤ちゃんとしてさっと分かった答えを出すのは、家族の絆を強くするのかとかにどうなのか。出しゃばるとまーまもぱーぱもやる気を失せるかも知れないと思った。しかし、ヒントならば――。
「私? 特段覚えがないけど」
「えええっと、まーまが新しいことしたのかな」
≪こんにちは。【小麦の精霊】ですわ。私も気が付きました。ロゼ島でも山羊のいる家で偶にみられますわ≫
くるっとパンの周りを【卵の精霊】、【小麦の精霊】、【窯の精霊】らが円を描いていた。
『まーまはもう一口バターを千切った面に塗ったものもいただいてよく噛んでいまちた。それが大ヒントでちゅ』
「ヒント?」
「ヒント!」
『大ヒントでちゅよ』
ぱーぱが顎を擦って言葉を探している。
「うーむ。僕には最初からバターを練り込むくらいしか思いつかないよ。でも真ん中にしないと零れてしまうしね。後は高級だけどチーズを中に入れるか」
新しいパンへの構想は、さっき食べたパンの解析が終わってからにしてほしい。
「改良は時間もないし、売ってから考えましょうか」
『ヒントから答えが出まちぇんか?』
渋い顔をしていた二人から、絞り出てきたのは、『バター』だった。
「一回目はそのまま、二回目はバターを少し塗っていただいたわ」
「バターを塗るのは贅沢だけど、裕福な家庭や家や領地に山羊がいたりするうちではあることだわ」
はっとしたらしい。ぱーぱが一口目をそのままで味わい、水を飲んで一旦口内を平にした後で二口目にバターを僅かに塗って口へと運んだ。
「これだ!」
「やはりバターなの?」
「全然違うよ! いつもバターは貴重だから塗ったりしなかったけど、特段に美味しくなった」
ほのぼのできる。アモン家はいいな。
『新たな叡智であろう『バター』を食べる直前に塗ることで、塩が増してバターの香りも豊かになったことに気が付いたでちゅね』
私はそっと祝福を舞い散らした。ピンクのリボンがとても役に立つ。マニュキュアみたいな指先も綺麗だ。
「よかったわ。ミシェルの喜びは私の喜び、そしてシルヴィーちゃんもよ」
「シルちゃんも喜んでくれたか……。情けない男でごめんな」
『ちょんなこと思っていないでちゅよ』
家族は感激しても涙が出るんだね。涙は止まることを忘れることもあるって初めて知った――。
『うう……。もう泣かないでくだちゃい……。くだちゃー』
「シルちゃんも泣いているわ」
「ルイーズ、シルちゃんは感受性が高いから。だから……」
嬉しいときを三人で泣いた後に爆笑した。
「ははは! どうしてかな、ぱーぱは天才だったみたいだよ」
「ほほほほ! 珍しく自己肯定感高めだわね。いいことだわ」
どうして笑っているのか真相は赤ちゃんのみ知る。
『あー、このスープに笑える愉快なキノコさんが入っていまちゅね』
「ははは、はははは」
「ほほほほほほほ」
随分笑い疲れたらしく、まーまとぱーぱはくたくたになっていた。
『おはなち進めまちょ。どこで売るでちゅか?』
「この家でもいいけど、痛めつけられて傾いてないかな。直ぐに復帰は難しいだろう。徐々に直していくけど」
まーまの意見を待ったけど、特になかった。
『移動販売はどうでちゅか?』
「おお――! ナイス、シルちゃん」
「名案だわ、パチパチパチ」
照れてふよっと飛び回った。
『そうでもないでちよ』




