ぷぴ16 これぞ手捏ねロール
既視感が走った――。パンについて、私はどこか引っかかった。しかし、喉元まで出かかっている記憶も言葉もどうしようもない。時間をかけてがんばるしかない。
ぱーぱが枕に願った『あたたかい家庭、あたたかいパン店を営む姿をみせてください』とのこと。私はちいさくても成功を手助けしたい。
『ばぶっち。まーまとぱーぱの幸福な夢を叶えたいでちゅ。どうちたら、赤ちゃんのできることが分かるでちょうか』
「えーと、シルちゃんもお手伝いしたいのか。孝行娘だこと」
お母さん山羊のウイエの方へたらい型の容器を持っていく。
「まーまはバターを作りたいわ」
『まず、お乳を搾るんでちゅね!』
ふよふよと泳いでウイエの乳首に両手で触れた。
『んちょんちょ』
「力いるよね……」
『んちょんちょ。よし、ピンクのリボンを使うでちよ』
指先にリボンからピンクがうつって星を散りばめる。マニュキュアの魔法できればお姉さんだった頃に戻りたいけど、呪文がない。あれは【精霊の長】様の前だけで起こった現象だ。
『リボンに宿いし豊穣の恵みよ指先に宿るでちゅ。【牧場の精霊】と協力して、山羊のお乳を搾るスキルをくだちゃい。キラキラの指先が触れたら流れるようにお乳をくだちゃい』
キラキラキララ……。
ベエエエ、メエーベ。
「まあまあ、シルちゃん、本当にお乳が出ているわ」
しゅわ、しゅっ――。
ベエエエー。
『ウイエと【牧場の精霊】、そしてピンクのリボンにお礼をいうてちゅ』
「上手だわシルちゃん」
『次はバターへ加工するでちね』
「できるかしら。振るための瓶があるから、必要な分を分けて注ぐわね」
まーまは零さないように二つに折ったような注ぎ口を当てて瓶へと移す。三本にもなった。
「さあて、重たいわよ」
『一緒にやるでちよ。シェイクシェイクックーでちゅ』
「瓶が二つ空中に浮いているわ」
『気にしないでくだちゃい。【牧場の精霊】達に頼んだんでちゅ。ありがたいでちゅね』
その日をバター記念日とし、ぱーぱは日記帳に記していた。
――嬉しいことが続いている。ぱーぱは涙が出そうだ。もちろん嬉し泣きだよ。まーまとシルヴィーちゃんが協力してバターを作ってくれた。僕でも振っていたら疲れる労働なのに。ロゼ島でのパン店開業へ向けて心が躍る。明日試作品ができたら、心に決めたことを行おう。
「おやすみなんしょ」
「おやちゅみ、ミシェル」
『まーまは赤ちゃん語要らないでちゅよ。真似ちないで』
ぷんすかだ。
「くすくす……」
「ぷ! いっちょ前だな。まーまが笑いながら引きつっているじゃないか」
『ちょうがないでちゅよ』
外からは山羊の寝言が。どんな夢かウイエは渋い声をしている。おかあさんだけど、おばさん化しているのか。コココの声は搔き消されている。雄鶏いないから大きくはないか。
外は月が教えてくれる。ほろほろと私も疲れたのか、怒る力もなくてすうっと寝入った。大きくなったら、まーまとぱーぱと一緒にパン屋をする夢を抱いて――。
◆◆
「はあーい! ぱーぱのパンのお時間ですよ」
「シルちゃんもリボンの上から、バンダナを巻いてね」
はっとした。これって昨夜の夢にみたおかあさんの三角巾だ。可愛いかなあ。てへ。
「テーブルには重さを量る道具、僕の手作りなんだけど、ハカリン二号というのがあるんだ」
『一号はおかあさんでちか?』
「シルちゃん、改良を加えただけでハカリンは子どもがいないよ。他にもコップに線を引いたのもあるんだ。重さはハカリンでコップの方はコップンと単位を設けてみたんだ。後、時間は砂時計を沢山使っているんだよ」
ちょっと切なくなった。
「強力粉を二百ハカリン、薄力粉を五十ハカリン、砂糖を二十五ハカリン、塩を四ハカリン、粉末ミルクを十ハカリンを分けておくね。あとで先に混ぜるから。他にも水百三十コップン、ドライイースト三ハカリン、卵四十ハカリン、バター四十ハカリン、それと溶き卵を仕上げに使うので適量だ」
さすが計量の鬼だ。相変わらず『ぱーぱ食堂の法則』で真面目だ。目指せ! パンの星か?
「ボウルに強力粉、薄力粉、砂糖、塩、粉ミルクの材料を入れる。フンフン。別のボウルに水、ドライイースト、卵を入れて混ぜる。両方のボウルを混ぜ合わせて水気がなくなるまで混ぜる。
まとまったら台に移す。生地の端を持ち上げ台にたたきつけ、押しつぶす様に伸ばしながらこねる。ここは重要だ」
砂時計が空になるまで続けた。
「生地を平たくして、その上にバターを置き包み込み、更にこねる。バターが完全に生地と混ざり合うまで続ける。生地に張りが出たら丸めて、バターを塗ったボウルに入れ、うちの浴室みたいな部屋のあたたかさよりちょっとあたたかいところで大きい砂時計が落ちるまで待つ。この間に魔法がかかるらしいよ」
魔法とは発酵のことだと思うけれど、ロゼ島の自然法則には則ろう。よく見ていて、手伝えそうなところを覚えるのもお仕事だ。まーまは口を挟まないから、夫をたてているのかも知れない。
「台の上に取出し、一個当たり四十ハカリンごとに分割する。分割した生地を丸め、布巾をかけてこっちの砂時計が空になるまで待つのが魔法使いを呼ぶコツだ。生地を一度平たくして、上下三に割って残りの半分ずつ折って更にこれを二つ折りにしてコロコロと棒状の形に整える。生地の右端だけを転がし、しずく形にして整形。ここも正確に時間をこの小さい砂時計ではかるんだ。いいことがあるらしいよ。しずく型の細い方を下にして持ち、上に向けてロールで伸ばしながら平らにする。しずく型の上端を折り曲げて芯を作り、下端をひっぱりながら上から下に巻いていく」
偉く汗を掻いて、真剣だ。汗拭きはまーまのお仕事らしい。清潔な手ぬぐいで汗を抑えている。
「うちの竈はパン焼き用にもなっているんだ。天板に並べ、このメモリまであたたかい状態でこの砂時計で、ラストの魔法タイムを取らせる」
『殆どできていまちゅね』
「シルちゃん、ミシェルをもっと褒めて。褒めて伸びるタイプなのよ」
「さり気なくお尻の下に敷かれたような感じかも」
赤ちゃんから見て仲のいい感じはお互い様だからだろうと思うよ。
「はい、もう一息だよ。溶き卵をハケで塗りって、竈を熱くしたままで砂時計のこれに合わせて焼いていく。様子をみて仕上がったら終わりだよ。完成なんだ!」
個人的にはこの溶き卵を塗る贅沢感が堪らなく好きだ。卵を表現のために使うのかという点がだ。私もどこかの記憶で竈を使ったことがある。自宅の周りは全てぼやけていて思い出せないが、赤い電子レンジとオーブンを兼ね備えたものっだったな。これも喉に刺さる。
「中はふわふわ、表面は薄くパリッと仕上がりまーす!」
「ミシェル偉いわ。がんばったわ」
『ぱーぱに嫁ぎたいでちゅ』
「いや、シルちゃんはどこへも嫁いだらダメだ! 僕は立ちはだかる!」
「ミシェル、気が早いわ……」
砂時計には番号が振ってあった。きっと苦労して作ったんだろうな。研究して。
『食べたいでちゅね』
「ふふふ……」
「くく……」




