ぷぴ13 しあわせな家族へ
「ぐす、おかあさんやお友達もいない、誰とも話すことがないまま亡くなったら、真っ暗な世界で暮らすと思っていたんだからね」
ぼんやりとだが、水たまりの中に潜む者を認めた。
「あなたは? 赤ちゃんではないわ」
<ピンクのリボンはないかい>
【精霊の長】様が真犯人を教えてくれた。
「異世界では赤ちゃんの姿のはずよ。十七歳位の綺麗な少女へと大きくなっているわ。急に羽化したの? もし、現実世界だとしても二十三歳よ。ノーメイクで嘆いている様子しか思い浮かばない。それより若く見えて、欄干へ立ったときのパンツスーツを着ていたわ」
夢幻はどこまでなのだろう。水たまりと会話していた。
「はじめまして、お嬢さん。この顔はまーまと違うわね。誰の子かしら」
「ルイーズとそっくりだぞ。おかしなこというと、まーまが泣いちゃうだろう」
「大丈夫よ、それくらい。嫌でも似てくるんだから」
押し寄せる波は、私の胸底をさらった。背筋を獣が走ったような痺れがあった。
「おかあさん……。おかあさんと子どもって似ているものよね」
ゆりかごを揺らす手を感じる。元の世界か異世界のおかあさんかは分からない。ゆっくりと想い出に繋がっていった。子どものころの大切な宝物、海岸で拾った貝殻、短く削った鉛筆、旅行のお土産らしいパンダのハンカチなんて、大きくなったら忘れてしまう。地に落ちる雫が水たまりよりも段々と広がっていった。
「私は自分の幼いころを覚えていないの。おかあさんやまーまは、赤ちゃんの私をつぶさに覚えているから親なんだわ――」
どうしてか現実世界の両親の前でも、異世界の両親の前でも涙で訴えたり泣いたりすることはなかった。まさか、【精霊の長】様の杖一振りで吐き出すとは。ようやく自身との対面に冷静になれそうな感じだ。
「あ、手の下がおかしい……?」
地からはっと片手を上げた。
「手の下がもぞもぞするの」
「シルヴィーちゃんは魔法にかかっているんじゃないの? さきほど【精霊の長】様が唱えていたわ」
もう片方も上げてしゃがんだ形になる。
「自分の名前を思い出せないなんて、悲劇的だな。でも、僕はシルヴィーちゃんって気に入っているんだよ。元の形はシルヴィアで『森』という意味があるんだ」
森、実にぱーぱらしい素敵な贈り物だ。名前を大切にしたい。だからって、転生前が森さんだったらどんな突っ込みを入れたらいいのか分からない。
<哀れな娘にひとときの祝福は、楽しめたようだの>
「私の元の名前や年齢は未だ分からないけど、転生の切っ掛けになったことは分かったわ。悩みは深刻だったとも分かったの。しかし、忘れるという技で抜けきったことと振り返りを少なくしたいよ」
三人で肩を寄せ合った。あたたかい。
<では、術を解いてもいいかの>
「はい」
「ありがとうございます。【精霊の長】様」
「本当にありがとうございます。【精霊の長】様」
じめじめしていた自分がからっと晴れた。
「私には『おかあはん』と呼んでいたおかあさんと上手くいかなかったけど、ロゼ島で『まーま』と呼ぶルイーズ・アモンがいるわ。まーまの夫は几帳面だが誠実で、実母のカトリーヌ・デュフールと実父のシャルル・デュフールのところでも違和感もなく過ごせたの。伯父のマチュー・デュフールも優しい方だわ」
【精霊の長】様が杖を高く振りかざした。気配で分かるというもの。
「恵まれているまーまの周囲に嫉妬さえ覚えるわ。――よく考えてみてよ。私はまーまになりたがっているのか?」
ぶっ。
「ぱーぱ笑わない!」
「僕ひとりにしないでくれよ」
個々の思い遣りがあたたかく、家族関係のバランスがとれているので、踏み込んで新しい家庭を台無しにしたくない。異世界で幸福になることは、大切なことなのだろう。
<はああああ――! 哀れな娘へのひとときの祝福よ、ご苦労であった。これからは儂も見守っていく>




