ぷぴ12 おかあはんとまーま
『本気でちまちた。絵に描いた梅干しを見て得る食欲で、お米を食べたこともあったんでちゅよ。母は悔しかったんでちゅかね。父はおかずなど見ないでちゅから、白菜の漬物だけ出していまちた』
決してお行儀がいいともいえない。栄養の面からも謎なご飯を食べていた。
『卵かけご飯はお手軽メニューなのでちゅが。父は卵をかき混ぜられないので黄身を先に自身の茶碗にかけるんでちゅよ。ちゅると、残った白身を私が食べる構図になるんでちね。子どもの扱いはコレが当たり前だと思っていまちたので、大学の誰かから全卵を食べてもいいとの真相を聞きまちて、俄かには信じられまちぇんでちた』
栄養の面を調べると、たまごの黄身は半分が水分でタンパク質がややあり脂質は少な目とあった。一方の白身は水分だけと言っても過言ではなく、一割程度のタンパク質しかない。成長期の私は筋張った感じを拭えない痩せ方だった。成長期でもない父は肥満高血圧へまっしぐらでも食生活とアルコールを改めることはなかった。
『よく噛んで食べる娘が正しいのに叱咤されるんでちゅ。父が大瓶ビールの時間になると、こんのヤローねこまんまかけてくっちめえと怒鳴られて恐ろしかったでちゅ。美味しいと思ったこともないし栄養面も無視の食事で育ちまちた。時計も読めるのに、いつも鯖読みタイムを教えられて、追い払われたんでちゅ』
私の知っている私なのだろか。すらすらと出てくる。こんな家は本当のできごとなのか。
『母は家事をちまちぇん。父に八つ当たりされて気になったら、私にやるように指図するだけでちゅ。機嫌が悪いと、四角な座敷を丸く掃くなの決まり文句がやってきまちた。娘は従うという一択しかなかったでちゅね』
気に入らなかったのは、私を母と娘を混在していた点だった。それくらい花を持たせてやればいいのに。狭量な私だ。大学を首席で卒業し、意気揚々として新入社員の研修を終えたところだった。
『大きくなって懸命に働いておりまちた。戸惑いはあってもがんばりまちたが、トラブルに巻き込まれて失職いたしました。そこで川を見詰めていたのでちゅ』
「シルヴィーちゃん、よくぞそこでとどまってくれた」
「偉いわよ……!」
まーまもぱーぱも涙の止め方を忘れたようだった。いやあ、どうしよう。一度は天へ召されていたのだが。
『その様子を知った【女神】様が、ロゼ島で新しく幸福な道を歩まれるように転生させてくれまちた。――まーま、ぱーぱ』
「え? シルヴィーちゃんは誰なの?」
「僕も分からないよ」
【精霊の長】様の方から衣擦れと杖を頼りに近付いてくる様子が分かった。
<可哀そうな呪縛にあっているようだな>
直接は触れられなかった。【精霊の長】様が杖を振るったのを感じたときだ。
<はああああ――! 哀れな娘にひとときの祝福あれ>
靄のすぐそこにまーまがいたはずなのに、別の人物のシルエットがあった。まーまでないのか? いや、そんなことはどうでもいい。溢れ出る感情は止まらなかった。
「う、うわあ――! 自分や家族の名前も分からないけど、ひたすら呼びたくってね。おかあさん、おかあさん! あああ、おかあさん、おかあさん……。おかあさん、おかあさんって名前だけでいいよ。もういいの……」
涙が流れているとかお構いなしに自分がとろけて話が止まらない。会いたかったから。
「顔も思い出せないけど、私に似ているんだろうね。お正月だけでもいいから、のんびりしておこたであったかくしてほしかった。みかんが好きだったよね。私はストーブで焼きみかん屋さんをすると、あっついけど美味しいって言ってくれたわ。小さな幸せが、ささやかな幸せがほしかっただけなのにね、おかあさんも私も道化だわ」
掌でお椀を作るが、手にはぽつぽつと溜まっては落ちていった。赤ちゃんの手にしては大きいような気もする。雫のゆく先々で想い出が一つ二つと浮かんできた。マッチを売って倒れそうなイメージだけど、シルヴィーとしての存在もある。容易に崩したくなかった。
「私なんて勉強しかできない、道を間違えちゃったかな。勉強なんかで喜ぶとは思わなかったから、それを褒めてくれたんだね……。おかあさんは褒め名人だよ。どうして元気な内におかあさんを褒められなかったのだろう。どうして、大好きな気持ちを隠してしまい、おかあさんを真っすぐに愛さなかったのだろうか……。悔やまれる、悔やまれてならないから、苦しいんだわ」
私はまだ子どもを持ったことがない。だから、ロゼ島のまーまは尊敬できる人物だし、前世の『おかあはん』と呼んでいたおかあさんも大きくなるまで育ててくれた。愚痴を沢山零してはいても。ここへきてやっと気たついたのは、私のシルエットがまーまの傍にあったのではないか。赤ちゃん姿ではないから分からなかった。そこだ! いつから?
「うわあん、うわあん、あ――! だって、つらかったんだもの。沢山つらかったんだよ? 愚かだから命とお別れして……。あああああ!」
「シルヴィーちゃん、今の自分を見詰めていきましょうね」
「そうだぞ、シルヴィーちゃんは僕らを護ろうとして、マチュー伯父さんと闘ったじゃないか。相手は違ったけど勇敢じゃないとできないんだよ」
前世でちょっと嫌なことがあったくらいで、愚かだった。仕事なんてどうでもよかったのに。おかあさんを喜ばせたかっただけなのに。これじゃ本末転倒だ。地に手をついて、湧き水のように流れる雫を落としていた。




