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【完結】銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第二章 教授との再会

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②父親の自覚

「ナーデルのお父さんだから……、バルーお兄さんの『お義父さん』ってことになるよね! そう呼んでいいでしょ?」

「はあ……、どうやら久しぶりに顔を見せてくれたのが、随分と嬉しいみたいね」


 マイペースな二人に圧されているマルクに、ナーデルは毛糸と編み針を籠に入れながら軽く微笑みを向ける。


 教授は、頭を掻きながらため息をついた。


「まあ……好きなように呼べ」


「やった! これで親公認だね!」


「ナーデルの恋人気分か……」


 バルーが嬉しそうに拘束された手を動かす音を聞いて、周りの修道士たちが緊張している。


 その光景を見て、マルクはあまりいい気がしなかった。


「その……体調はどうだ?」


「体調?」


 バルーは少し斜め上を見上げて考えごとをし始めた。



 見たところ、椅子に座らされた状態で拘束されているにも関わらず、そこまで顔色は悪くない。

 態度に関しても、彼らしくざっくばらんとしている。


 それはつまり、彼がこの状態で過ごす時間が長く、慣れきってしまっているということでもある。



「最近は保護された後天性吸血種たちが積極的に血を分けてくれるから、料理を食べ過ぎずに済んでるよ」


「そういや、……お前だいぶ食うしな」


 マルクは以前バルーと会った時、山盛りのソーセージを五皿程綺麗に食べていたのを思い出した。


「うん! そうしないと、自分が誰かを傷つけちゃうんじゃないかって怖いんだ」


 さっぱりとした言い方だった。

それでも、マルクはバルーの苦しみに気がついてしまう。



 ナーデルを製作するにあたって、以前はよく彼に会いに来ていた。


 その度にバルーの純粋な性格と、どこか危なっかしい不安定さを心配してしまった。


 情が移るのが嫌だった。

 仕事にも支障が出てしまう。


 だからこれまで避けてきたのだ。



 マルクは下唇を噛んだ。

 バルーは教授の葛藤など知りもせず、楽しそうに話し続ける。


「外に出ると、人間の血の匂いが充満してるから、誤魔化すためにどうしてもたくさん食べちゃうんだ! でもご飯を食べるのは楽しいよ!」


「……『ダンピール』は人間じゃなくて、『吸血種の葡萄みたいな匂いの血』が好きだって話じゃなかったか?」


 バルーはにっこりと微笑んで頷いた。


「でも『人間の血の林檎の匂い』にも、強烈とは言えないけど惹かれちゃうんだ。だから、後天性吸血種の血から、林檎と葡萄両方の匂いがするのは特に困っちゃう。保護対象だからね……」


 マルクはその言葉を聞いて眉根を寄せた。

怒ったからではない。


「それは辛いだろう。日常生活は大丈夫なのか?」


 そう心配するマルクに対して、バルーは目を丸くする。


「お義父さんは、バルーお兄さんのことが怖くないの?」


「怖い?お前は理性さえ働いていれば、蚊も殺せないような性格だろう」


 当然のように答える。

 それを聞いたダンピールの青年は、少し泣きそうな顔をした。


 マルクは照れ隠しに咳払いする。


「……それに、抑制剤も飲んでいるはずだ。何を心配する必要がある?」


「そんな風に言えるのは多分お義父さんだけだよ……」


「そうか?」


 二人のやり取りを聞いているナーデルは、どこか満足したような表情を浮かべている。


「まあ、そう自分を恐れるものでもないわ。『ダンピールは血呪いに抵抗力がある』から、後天性吸血種の治療薬開発に使えるかもしれないって、バルーの血液も役に立っているの。おまえは人間にとっての希望でもあるんだから。」


 バルーは上を向いて、うーんと唸った。


「そうは言っても、やっぱり気になっちゃうよ……」


 弱音を吐く彼を残し、ナーデルが一人で牢屋から出てくる。


 これはバルーだけが自由に行き来出来ないようになっている特別仕様の檻なのだ。


「少しお父さまと話をしてくるわ。いい子にしていなさい」


「はーい」


 ナーデルはマルクに付いてくるように言い、先導した。



 通されたのは、修道士たちが休憩に使っている狭い部屋だった。

使い古された机と椅子が設置されてて、二人は対面で席につく。


「それで、何故俺を呼んだ?」


「……先日、ゾーネンで吸血種と交戦して、後天性吸血種を一人保護したのは知っているわね?」


「当然だ」


 ナーデルがやけに落ち込んだ表情を見せていることに、マルクは少々戸惑っていた。

彼女は製作者のマルクからしても、気が強すぎると感じることがある。

しかし、今はそれが鳴りを潜めているようだ。


「吸血種と戦闘になった時、わたしはバルーから一時的に離れていたの」


「おま……っ……」


「あの時は後天性吸血種の方が狙われていたから、彼女を守ることを優先したのよ」


 結果オーライではあるが、ナーデルとバルーが物理的に距離を空けるのは非常に危険な行為だ。


 バルーは元々ハイスペックな身体能力を持っているが、血が減って飢餓状態になると、ダンピールとしての本能に目覚め、更に身体能力が飛躍的に向上する。

しかし、その代償に理性を失って暴走してしまうのだ。


 その時は人間だろうが吸血種だろうが、味方だろうが敵だろうが、彼を抑え込める者は居ない。


 だからこそマルクは、自律行動可能な銀弾、ナーデルを製作した。


 吸血種やダンピールの特効武器である銀製の髪と、擬似的な心を持つ球体関節人形。


 バルーの武器であり、飼い主であり、処刑道具。

 それらを理由に、ナーデルは常に飼い犬の傍にいなくてはならない。


「……まあいい。続けろ」


 マルクは問題点に気づきつつも、四の五の言うのをやめた。


 過ぎたことは仕方がない。

本人たちも悪いことをした自覚はあるだろうし、既にこの件に関しては叱られているはずだ。

今まで彼女らを放置していた自分には、何も言えることなどない。


「今回初めて一人で戦ってみて、いかにわたしがバルーに頼りきりなのかを痛感したわ」


「自分だけでは勝てないと判断したのか?」


「ええ」


 彼女が誰かに対して負けを認めるのは、マルクが知る限り初めてのことだ。


「わたし自身が強くならないと、バルーが暴走した時に止められなくなってしまうかもしれない」


 ナーデルの不安は最もだ。

もし、バルーが保護対象とされている相手を殺しでもすれば、彼女自身がその手で処刑しなければならないのだから。


 マルクも内心、娘に対して共感していたが、父として敢えて冷たい視線を投げる。


「間抜けめ。俺はお前をそんなに弱く生んだつもりはないぞ」


「そうね……」


「俺がお前に()()を埋め込んだ理由を、考えたことがあるか?」


 マルクはそう言いながら横を向いて、ナーデルから逃げるように視線を外した。


「バルーを殺す時に、躊躇いが無くなるように?」


「……ああ、そうだ。アレがあれば、お前がバルーを憎んでくれると思ったんだ」


 ナーデルは小馬鹿にするように笑った。


「目を抉られたのに、嘘をついてまで庇ったおまぬけなお父さまには、バルーを殺すなんて到底出来ないことだものね。でも残念。わたし全然あの子を憎む気にはなれないの」


 何も返せない。

マルクが押し黙ったのを見て、少女人形はスッキリしたような表情を浮かべた。


「安心して。わたしは教会の為に作られた道具だから、やるときはやるわ。でも、出来ればそれは避けたいことだし、役割を果たす前にあの子に壊されるのもごめんよ」


「……そうだな。それで、具体的にどう協力すれば、お前は納得する?」


 ナーデルは少し困ったような表情を浮かべた。


「わたしはまだまだ経験不足だし、自分でも何が足りないのか分からないから不安なの。まるで人間みたいね」


 そう言いながら手をぎゅっと握る娘の頭を、父はそっと撫でつけた。


「それなら何らかの形で戦闘記録を取って、足りない部分を補うように機能拡張しよう」


「……あら、簡単に言うのね」


「俺は『銀弾の父』だぞ?」


 他人からその技術を称賛されるのはあまり得意ではないが、今はこういう言い方をした方が、この子も安心するだろう。


「あいつは戦わなくても鼻が利く。無理に戦わせる必要はないし、ナーデルが事件を解決出来るなら、それに越したことはないからな」


 そんなマルクの言葉に、ナーデルはまた笑った。


「そうね。わたしは修理すれば何とかなるけど、バルーは替えが利かないもの」


「間抜けめ。曲解するな」


「分かってるわよ。バルーのことが可愛いくて仕方ないんでしょう? そんなに必死に守ろうとするなんて」


 マルクはサッと頬を赤らめた。


 バルーには『息子』のような愛嬌がある。

だから絶対に死んでほしくないという私情が、仕事の邪魔をする。

 ナーデルに図星を突かれ、恥ずかしい気持ちになった。


 だから関わりたくないのに。


「と、とりあえずだ。戦闘を記録する方法を考えてみるから、あいつの予備の装備を借りるぞ」


「ええ。お好きなだけどうぞ」


 半笑いの娘が小憎たらしい。

 マルクが立ち上がって部屋のドアを開けようとすると、ナーデルは堪えきれなかった笑い声をあげた。


「さっきの話、バルーには言うなよ?」


「どの部分のことかしら?」


「とぼけるな間抜けめ」


 おまぬけなのはどちらかしら、と言う声が聞こえてきた気がするが、マルクはそれを無視して、部屋の外にいる修道士に声を掛け、バルーの装備を持ってこさせる。


 待っている間、少し疲れたような表情を浮かべるバルーに目が止まった。


「お話終わったの?」


 ナーデルは自分ばかりが後れを取っていると感じて不安なのかもしれないが、バルーこそ自分自身を信じられず、仲間たちたちからも恐れられ、且つ利用されている。


 疲れないわけがない。

 不安じゃないわけがない。

 悲しくないわけがない。


「アンヒューラー教授! いけません!」


 マルクはカツカツと靴音を鳴らして、檻の扉を開いた。


「教授!」


 拘束されているダンピールを、男はしっかりと抱き締め、その頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「お義父さん……?」


「なかなか会いに来てやれなくて悪かったな」


 『娘』が生きていれば、バルーと同じくらいの年齢だ。


 だからだろう。

自分の中に眠る父性を、彼の前ではいつも封じることが出来ない。


 この子は、

 吸血種に殺されるかもしれない。

 教会に処分されるかもしれない。

 それが分かりきっているから、関わりたくなかったのに。


「お前らの不安。俺が解決してやる」


 彼のためにナーデルを生み出した時点で、既に手遅れだったのかもしれない。

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