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銀と血のダンピール  作者: 岫住胡乱
第二話 教授との再会

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 マルク・アンヒューラーは難しい顔をしながら、白いチョークで黒板に板書している。


 その様子を真剣な表情で見ているのは、メルクール神学校に入学したばかりの、十五歳の子どもたちだ。


 マルクは振り返り、若く、未熟な彼らを見回した。


 五十六歳の彼は、白髪混じりの黒髪をオールバックにしており、その眉間には年季の入った深い皺が寄っている。

豊かな口髭も合わさって、生徒からすればとても厳しい教授に見えるだろう。


 彼が昔、吸血種討伐の前線に立っていたというのは、この学校でも有名な話だ。

その時に負傷したという右目には、銀の女神ジルヴァラインの御姿を象った装飾付きの眼帯を装着しており、グレーの瞳を覆い隠している。


 鍛え上げられた筋肉質な身体には、他の聖職者と同じように黒いカソックを纏っていて、襟元には銀色の口と、銀色の手のピンが付いている。

 そのピンは彼が教鞭を執っていることと、技術開発者であることを表していた。


「『先天性吸血種』……、まあ一般的には『吸血種』とそのまま呼ばれているから、これ以降は略すぞ」


 物わかりの良い何人かの生徒たちは頷いた。


「『吸血種』と、その吸血種から『血呪い』と呼ばれるウイルスを植え付けられてしまった人間がなる『後天性吸血種』。彼らの明確な違いを述べられる者はいるか?」


 生徒のうち、数人が挙手する。

 マルクはそのうちの一人、生真面目そうな男子生徒を指し示した。


 多くの生徒が居る講義室で、立ち上がって発言するのは、その生徒にとってはかなり緊張するようで、深呼吸して心を落ち着かせようとしているのが、周囲の生徒たちにも丸分かりだった。


「『吸血種』は『血呪い』を使用し、人間を『後天性吸血種』に変えることが出来るであります!」

「それさっき教授が言ったくね?」


 他の男子生徒が笑ったのを、マルクは鋭く睨んで諌めた。


 勇気を持って発言したのに笑われてしまった生徒は、目をぎゅっと閉じて座ろうとした。


「続けろ」


 マルクの鋭い声に驚いた彼は、背筋を伸ばして「はいっ!」と返答し、顔を赤らめたまま口を開く。


「『吸血種』は『血呪い』と『自分の血』を融合させることで、身体能力を強化したり、変形させ、自在に操ることが出来るでありますっ!」


 マルクは先程笑った生徒に教鞭の先を向けた。


「お前は、『血呪い』を使用して何らかの身体強化や変形を行った際、『目で見て分かる変化』について説明出来るか?」


 指された少年は、縮こまって首を横に振った。


 立ったままの少年は、何か言いたそうにムズムズしている。

 マルクは答えるよう、視線で促した。


「血呪いと血を融合させて使うことから、必ず『能力を使用している箇所に、血を纏う』……であります!」

「よく学んでいるじゃないか。その血がどこかに付着することで、事件解決の糸口になることもある。よく覚えておけ」


 少年はホッとしたように肩の力を抜いた。

だが、まだ話し足りないと言った様子で息を吸い込んだ。


「『後天性吸血種』は『血呪い』を使用することが出来ないであります!また、『自分を吸血種にした者』や、『更に強い吸血種』から身体に触れられた状態で命令されると、それに逆らうことが出来ないとも言われております!」

「よく答えたな。座って良いぞ」


 マルクは彼の解説に満足したのか、少し眉間の皺を緩めた。

 一見厳しそうな彼だが実は面倒見のいい性格なのが、その表情に顕れている。


「吸血種はどちらも『人間の血液』を主食としている。後天性吸血種には人間としての血液も流れていることから、吸血種にとっての『保存食』にもなる。よって、彼らが仲間を増やしているのは『繁殖』と『食』の為であるという説が有力だ」

「『繁殖』ってさ、人間みたいなことは出来ないんすかー?」


 そう発言した生徒はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。


 明らかに教授を困らせようと下品な話題を持ち出したのが見え見えで、周囲の生徒も笑ったり、顔をしかめたりしている。


 だが、マルクはその悪意に屈することなく、淡々と「可能だ」と答えた。


「その場合、ほんの少しでも『血呪い』の影響があれば……、要するに、『片親だけが後天性吸血種』だったとしても、産まれた子どもは必ず『先天性の吸血種』となる。親は血呪いを使えないが、子どもは使うことが出来るということだ」


 マルクは生徒全員が理解しやすいように、話しながら黒板に板書する。

若者たちは興味深そうにそれを眺めたり、ノートに写したりしている。


「ある女性のパートナーが『吸血種』だった。しかし、出産前に彼が蒸発した為、妊婦は自分の子どもが人間の血液を飲む生き物だとは知らずに出産した」


 何人かの生徒は、まるで怖い話を聞いているかのように、不安からか、唾を飲み込んだ。


「赤ん坊は乳ではなく、母親の血を吸った。母親は死に、赤ん坊はその現場にいた看護師に対して『血呪い』を使った。このことで看護師は『後天性吸血種』となってしまった」


 女子生徒の一人が震えているが、マルクは語り続ける。


「看護師は抱き締めた赤ん坊に洗脳され、同僚や他の赤ん坊たちを殺して回った。院内の託児所には自分の実の娘も居たが、手に掛けてしまった」


 女子生徒の多くが軽く悲鳴を上げた。

それでもマルクは依然として、淡々と事実を語り続けている。


「看護師は命令のせいで、『吸血種』を自分の子どもだと思いこまされたが、同時に実の娘を殺した自覚もあり、絶望で泣いていたとの目撃証言がある」


 教授は一拍置いて、生徒たちに視線を向けた。

皆、悲痛な表情を浮かべている。


「吸血種の赤ん坊は、哀れな看護師のことも血を吸って殺し、どこかへ消えた。二十年以上も前の事件だ」


 生徒たちはとうとう絶句し、何も言えなかった。

教授をからかおうと話題を持ち出した生徒ですら、完全に口を閉ざしてしまっている。


「今後、この『技術開発科』に入ったお前たちには、吸血種を殺すための武器、『銀弾』の開発方法を学んだり、後天性吸血種にされてしまった人間たちを治療し、元の生活へと帰すためのサポート機器の開発方法を学んでもらう」


 マルクはまだ戸惑っている生徒たちを見渡した。


「先程の粗末な()()()()が、随分と教訓になったようだな」


 静寂に包まれた講義室で、喪服のような黒衣を身に着けた教授は、呟くようにそう言った。





 講義が終わり、落ち込んだ様子で出ていく生徒たちの後ろ姿を眺めながら、自身も講義室から退出する準備をしていると、教卓の近くに一人の女子生徒が近づいてきた。


「教授は、『銀弾の父』と呼ばれているマルク・アンヒューラー先生でお間違い無いですか?」


 期待の籠もった視線でこちらを見てくる彼女に、マルクは居心地の悪そうな表情を向けつつも、「一応そう呼ばれることもあるな」と肯定した。


「吸血種の弱点が『銀』だとお気づきになられたんですよね!昔の伝承だと日光が苦手なんじゃないかとか、匂いの強いものを避けるとか言われていたけど、本当は目立たないようにすることで勢力をのばそうとしていると――」

「おい……」


 矢継ぎ早に話され、マルクは彼女を相手にしたことを後悔し始めた。


「それから!アンヒューラー教授が聖職者たちの体質や性格に合った『銀弾』の開発方法を編み出し――」

「話を聞け……」


 時折こういった人物に絡まれることはあったが、称えられたくて仕事を遂行してきた訳では無いし、自分ひとりで成し得たことでもない。

 こういう風に接されるのはあまり気分の良いものではなかった。


 だが、彼女は止まらない。


「アンヒューラー教授は、世界でたった一人しか見つかっていない『ダンピール』が装備する為の『銀弾』も開発したんですよね!」


 その言葉に、彼はピクリと反応した。


「敵か味方か、不確定要素の多いダンピールですから、吸血種を殺す為の機能とは別に、ダンピール自身を殺すための――」

「まだそれらを教える段階ではない」


 マルクは女生徒に冷たく言い放った。

 その言葉にショックを受けたらしい彼女に対し、教授は何のフォローも入れず、その場を立ち去った。





 廊下を歩きながら、さすがに自分を慕う相手に対して、ひどい態度を取ってしまったのではないかと、後悔の溜息をつく。


「お疲れかな?」


 後ろから声を掛けられて振り向くと、そこにはメルクール神学校の学長であり、この第二教区を治める教区長でもある、ヴァイスハイト大司教が立っていた。


「ヴァイスハイト大司教座下!」

「何、そんなに固くならなくてよい。丁度アンヒューラー教授への伝言のために、研究室に向かっていたところだったのだ」


 マルクは緊張しつつも、眉根を寄せた。


「お部屋の通信機器の調子が悪いのであれば、私が見ましょうか?」

「え?……いやいや、機械に問題はない。老人の散歩ついでの伝言だよ」

「それにしたって、わざわざお越しにならずとも他の者に頼めば……」


 大司教は微笑みながら首を横に振った。


「校内の様子も見ておきたかったのでな。それに長年の習慣なのだ」


 確かに、ヴァイスハイトの頭は白髪で真っ白だが、腰は曲がっておらず、老人にしてはかなり足腰がしっかりしている。


「本題だが、ダンピールの『銀弾』が君を呼んでおる」


 マルクは失礼にならないように溜息を堪えた。


「ナーデル……」

「大司教からの伝言であれば、無視できないだろうと笑っておったよ」

「……っ!本当に申し訳ございません!」

「よい。君こそもっと『娘』を気にかけてやれ」


 そう笑いながら、老人は去っていってしまった。


「……はあぁ」


 マルクは堪えていた分、大きな溜息をついた。





「面会だ」


 第一教区にあるジルヴァ教本部の地下施設には、吸血種に関する研究を行う設備や、後天性吸血種の保護設備が整っている。


 その地下施設の奥。

修道士が見張る牢獄の中、ダンピールは両手足を拘束された状態でも、穏やかに微笑んでいた。


「会いに来てくれてありがとう。バルーお兄さん、とっても嬉しいよ」


 彼の隣に座って編み物に興じる少女人形も、静かに来訪者を見上げる。


「やっと来てくれたわね。お父さま」


 鉄格子を隔てた先。

マルク・アンヒューラーは苦虫を噛み潰すような表情を浮かべていた。

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