⑥ジルヴァ教
ナーデルはこれまで戦ってきた血呑みの貴族たちの能力を思い出していた。
彼らから得た血呪いを全て利用してでも、絶対にこの戦いを終わらせなければ。
咆哮を上げながら、決意を固める。
周辺に血をばら撒き、巨人の首や手足に巻き付くようにして硬化させる。
銀が混ざったダンピールの血に繋ぎ止められたリサは、身動きが取れなくなった。
しかし、彼女には上位種の肉の能力がある。
近づいてくる二人に向かって肉を飛ばし、連続で爆発させた。
そしてその隙を見て、鎖で繋がれている部分を別の場所に逃がそうとする。
何度も爆発が起こる。
ナーデルはわざとその爆撃を髪で食らい、血呪いを使って自身の身体を繋ぎ止めると、バルーの首から口を離し、アイレン城の黒豹が使っていたのと同じカウンター技の光線を、リサに向けて放った。
光線を食らったところから、徐々に上位種の肉が灼けていく。
「げほっ……」
「なー……でる……!」
「大丈夫よ」
光線にはダンピールの血の飛沫も含まれているが、見た目通り熱もある。
火だ。
「ぐうううっ!」
光線を当てたところから燃え広がるようにして、リサの身体の穴が大きくなっていく。
ここでナーデルは眼を動かして、第一教区の状況を見た。
集まってきていた吸血種たちの群れは、ダンピールの血の池の中で藻掻き苦しみ、死にかけている。
人間たちはこの辺りから完全に避難している。
遠くにはまだ、後ろにある夕陽と同じ色の炎が残っている。
「レオ、おまえの力を借りるわよ」
ナーデルはまた髪を地面に垂らして、余った髪から血呪いを幾つも、弾丸のようにリサに向けて放った。
血の池で苦しんでいる吸血種たちにも、血の波が襲いかかる。
上位種の肉をひとつひとつ、放たれた血呪いが包み込んでいく。
「な、んだ……! これは……!」
女王は状況は飲み込めず、声を上げた。
「いやだあああ!」
「ぎゃあああっ!!」
地面で蹲っている吸血種の身体をも血呪いが覆っていき、やがて強制的に改造され、蛾のような姿になった。
「ぎゃあああああああっ!!」
「痛いっ!痛いぃいいいいいい!!」
ただでさえダンピールの血に包まれているのだ。
猛烈な痛みを感じているだろう。
加えて意図しない肉体の変容。
悲鳴を上げずにはいられない。
第一教区は一気に、不協和音に包まれた。
リサの肉体もどんどん蛾の形に変形していく。
辺りがどんどん暗くなっていき、炎の明るさが増していく。
「やめっ……!」
「なんだ……!?」
無数の蛾が、本人の意思を無視して飛び立った。
遠くの方にある火の中に、迷うことなく直進し、次々に身投げしていく。
「あづいいぃいいいっ!!」
「いやだぁああっ!!」
リサはやっとナーデルの目的に気がついたが、既に手遅れだ。
蛾は明かりに向かって飛んでいく。
その性質は血呪いであっても変わらない。
教会を半壊にしたせいで、建物には光が灯っていない。
リサは自分で自分の首を締めてしまったことを、ここで認識する。
それから、自分が血呑みの貴族に称号を与えてしまったからこそ、ナーデルがこうして彼らの能力を集めやすい状況を生んでしまったことにも気がついた。
随分昔の時点で、この運命は決まっていたのかもしれない。
「お前たちの進化には、いつも驚かされますねぇ」
身投げしていく吸血種と上位種の肉を見つめながら、女王は素直に負けを認め、抵抗を止めた。
ヘルターに会いたかったのかもしれない。
エヴェリンに会いたかったのかもしれない。
ただ、ずっと、ずっと昔から、寂しかった。
仲間が、友だちが、家族が、欲しかった。
肉片が一欠片、地面に落ちる。
ほとんど使われて減ってしまった血の上で、美しきダンピールが脇に降り立ち、その肉片を持ち上げた。
そして、口の中に放り込まれる。
吸血種を殺す怪物の身体の中は熱く、灼熱地獄のようだった。
でも少しだけ、孤独感は癒えたような気がした。
「お義父さん……」
バルーはひび割れだらけのナーデルを抱えて、保護区域の中に入ると、掛けられる声を全て無視して階段を上がっていく。
少しずつ早くなっていく足音が、彼の焦りを表しているようだった。
「レオくん!教皇聖下!パンテル!」
アドリッヒ枢機卿の部屋の隣の研究室は、ほとんど瓦礫で埋まっていた。
見渡す限り天井や壁の巨大な破片に押し潰されて、目も当てられない。
「いやだ……っ、いやだ……!」
バルーとナーデルの二人で、何とか瓦礫を掻き分けていく。
あの残酷な機械が出てきた。
機械の蓋は壊れているが、中身は押し潰されていない。
一縷の望みを掛けて蓋を開ける。
真っ赤なインクの中、教皇も、レオも、静かに目を閉じていた。
二人とも呼吸はない。
心臓も、動いていない。
ただ安らかに、眠るように、息を引き取っていた。
機械の脇にはサプナの遺体が寄り添っている。
瓦礫に一部潰されてしまって、そのことが二人の胸を締め付けた。
もう少し瓦礫をかき分けていくと、パンテルの破片が見つかった。
主人の最期を見届けたかったのだろうか。
身体を引きずるようにして機械の近くまで来た形跡が残っていたが、身体のほとんどが破壊され、既に動かなくなっていた。
「遅くなって……ごめんね……! 全部、バルーお兄さんのせいだ……」
「違うわ……。わたしだって……」
「僕は……、ほとんど何も出来なかった……! もっと、色々なことが出来ていれば……」
ナーデルは嘆き悲しむバルーを抱き締めた。
やれることはやった。
それでも、やるせない結果しか残せなかった。
「お義父さん……、お義父さんはどこ……?」
ダンピールの血の匂いが濃すぎて、マルクの匂いが辿れない。
バルーもナーデルも、当てのない捜索を続ける。
何度も何度も破片を動かし、ただマルクの無事を祈る。
「ダンピールだな?」
突然後ろから声を掛けられた。
そこには聖職者たちが立っていて、研究室の入口からこちらを見ている。
「あっ、お願い! 一緒にアンヒューラー司教を……」
数人の聖職者が、一斉にこちらに向けて武器を構えた。
「……えっ」
「どういうつもり……?」
聖職者が他の仲間に視線で合図をすると、一瞬の間で近づいてきて、バルーとナーデルの二人を一気に拘束してしまった。
バルーにとってはすぐに解除できるようなものだったが、ショックが大きいのと、何が起きているのか分からず、抵抗できなかった。
「ダンピール推進派の教皇聖下と、アンヒューラー司教座下が亡くなった。アウザーヴェルテ氏とシスター・アートマーも死んだ今、ダンピールを人間に戻す方法も、後ろ盾もない。危険な怪物を世話する程の余力も、今の教会には残っていない」
「そんな!お義父さんが死んだなんて!」
「現実を見ろ。この状態から生還出来ると思うか?」
バルーは過呼吸になりかけていた。
人間を助けるために、みんなが命を掛けて戦ったのに、全てが無かったことのように言われ、辛かった。
「血呪いを使用可能な銀弾も危険だ。ここで死んでもらう」
「な……、ナーデルは何も悪くない! 彼女が戦いで力を尽くしてくれていなかったら、みんな死んでいたんだよ!」
バルーはどうにかナーデルのことだけは助けようと、吠えるように反論した。
「どのみちただの道具だろう? 何をムキになっている」
「……は?」
なんでこんな生き物の味方をしていたのか、バルーにはもう、分からなくなっていた。
相変わらず、みんなのことは子どもに見えている。
だからこそ許せていたものが、限界を超えかけていた。
「待っていただけませんか」
聖職者たちの後ろから、二人の男たちが声を掛ける。
「俺たち、ダンピールと一緒に仕事してきましたけど、人を傷つけるどころか、いつも惚気話聞かされるだけでしたよ」
「は?」
彼らは、地下牢の牢番をしている者たちだった。
怯えているのか、声を震わせながら話している。
「そうですよ。アンヒューラー司教座下とか、その人に抱きついても傷ひとつ付けられたこと無かったっすよ」
「黙れ」
「仲間悪く言われて、黙るわけないですよね!」
彼らは酷い汗を掻きながら、勇気を出して抗議している。
それを見たバルーの目に、涙が浮かんだ。
彼らはいつも怯えていたが、それでも自分たちのことを見てくれていたのだ。
「こんなことして……、アドリッヒ枢機卿猊下も推進派のはずですよね?」
「他の枢機卿猊下が、処分に賛成されているのだ」
牢番たちは、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「全ての吸血種を倒したかも分かっていないのに! それに……ダンピールの血がないと治療が……」
「我々にも銀弾はある。残った者たちを制圧するくらいわけもない。採取した血の成分を増殖させる技術も、完成に近づいてきている」
牢番たちは言い返す言葉を探そうとするが、何も思いつかなかったのか、口を噤んだ。
「それなら、教区民たちの信頼を取り戻す為にも、みんなの前で処刑すればいいわ」
そう言ったのはナーデルだった。
「なんだと?」
「おまえたちは教会が怪物を飼っているという疑いを払拭して、権威を取り戻したいのでしょう?」
聖職者たちはその言葉に反論できず、口を引き絞っている。
「既にわたしたちは女王を民衆の目の前で倒している。どのみち、教会とわたしたちが協力関係にあったことは明白でしょう」
「ちょっ、ナーデルさん……、何言ってんすか」
「ここでわたしたちを殺しても、誰が死んだと信じてくれるのかしら? また教会が隠し事をしていると勘ぐられるだけよ」
中心に立っている男はその意見に対し、しかと頷いた。
「確かに一理ある」
周りの者達はその反応に目を丸くして驚いているようだ。
「ジルヴァ教がダンピールを殺せることを証明できれば、堕ちた信用を取り戻せるかもしれない」
他の者達も少し考えて、武器を降ろした。
リーダーの男は牢番二人に向けて「地下牢に連れて行け」と指示をする。
「一晩だけだ。お前は教区民たちに処刑のことを知らせろ」
「はっ!」
そう言って彼らは去っていった。
牢番は見張られながら、やはり怯えつつも、拘束されたバルーとナーデルの身体を支え、階段を進んでいく。
「お願いです……。お願いですから……」
そう祈るように呟く声は、死刑囚たちしか聞いていなかった。




