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銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
最終章 銀と血のダンピール

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④リサ

 マルクは通りすがりの修道士に、機械を守るよう頼みながら階段を降りていった。


 保護区域にいるパンテル村の人たちが、不安そうに上を見上げている。

きっとレオのことが心配なのだろう。


 バルーは居てもたってもいられず、彼の身に何が起きているのか説明しようとするが、ナーデルがそれを制止した。


 パンテル村の人たちは、レオのことをとても大切に思っている。

だからこそ、自ら死にに行ったなんて話をするのは、あまりにも残酷だ。


 それに信心深い彼らだからこそ、説明を聞いてしまえば何としてでも、レオのところに行ってしまうだろう。


 足を切り刻まれている姿なんて見てしまったら、耐えられるはずがない。

自分たちですら、それを見ないようにして出てきたのだから。


 罪悪感を抱きつつも、一同は彼らの横を通り過ぎることしか出来なかった。


「エリーゼにも……ダンピールの血を使って、後天性吸血種の治療が出来る機能を追加してある」


「そう……。それは助かるわ。パンテルも一緒にみんなのことを治療してくれるわね?」


 灰色の豹が可愛らしい鳴き声を上げる。


 バルーは「そう言えば」と顎に手をやった。


「お義父さんは吸血種と後天性吸血種の区別は付くの?」


 その疑問に対し、マルクは残念そうに首を横に振った。


「……その機能が完成する前に、あの機械の依頼が来ちまったんだよ……」


 バルーはそれを聞いて、いつものように明るく微笑んだ。


「大丈夫、確認しただけ。僕が口頭で伝えるから安心して」


 マルクは申し訳なさそうに頷いた。


「本当に気にしないでね。そういうのをフォローするのが仲間、なんでしょう?」


「ああ、……そうだな!」


 保護区域の外に出た一同は武器を構える。


「思い切り暴れてやれ!」


 マルクの掛け声とともに、全員駆け出した。





 マルクは既に五十六歳だが、ブランクを感じさせることもなく、全力でエリーゼの機能を利用して、周りの吸血種を圧倒していく。


 マシンガンのように正面の敵に弾丸を飛ばしていたかと思いきや、エリーゼに格納されている拳銃を取り出し、後ろから飛び掛かってくる三体の吸血種の額を、ノールックのまま順番に撃ち抜く。


「お義父さん。あそこの二人は後天性吸血種だよ」


「サンキュー!」


 エリーゼから直接管のようなものを飛ばして突き刺し、チューブを通じて血清を流し込む。


 その間もバルーの声を聞きながら、吸血種の頭を的確にぶち抜いていった。


 飛び道具ありきで考えれば、バルーさえも圧倒してしまうような戦闘力。


 乱れたオールバックが、大人の魅力を限界まで押し上げている。


「カッコよすぎる!」


「おまぬけ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」


 そう窘められたバルーは真面目な顔に戻りながら、人間の救助を始めたマルクから離れ、噴水の近くまで来た。


 この位置からでも、いくつかの噴水が壊れているのが見える。


 水が噴き出している部分は破壊されているが、先程よりも濃い色の液体がわずかに出ていた。


 レオが頑張ってくれている。


 バルーもナーデルも気を引き締めた。


 巨大なリサが三人、まだ無事な噴水へと近づいていくのを、遠目ながら見つけた。


 液体を浴びた影響か、身体の大きさは噴水よりも小さくなっている。


「ナーデル! あの水を掛けてみよう!」


「了解!」


 二人はその噴水に接近し、ナーデルの髪の毛を受け皿にして液体を貯め、一気にリサに浴びせかけた。


 掛かった部分から、上位種の肉が溶けていく。


 効いている。


 目が溶け出す様は非常に恐ろしかったが、二人は目を逸らさず、水を何度も浴びせ続けた。


「やめろ」


 地の底から響くような、低い、少女と老婆が混ざったような声。


 三体のリサはその場で一気に爆発し、噴水を粉砕した。


 ナーデルの身体も一瞬爆発に巻き込まれて粉々になったが、ラファエラから得た血呪いの能力を利用し、破片を一気に繋ぎ止め、すぐに元の姿へと戻る。


「バルー!」


 辺りを見渡すと、身体が穴凹だらけになった状態の彼が倒れているのに気がついた。


「バルー!!」


「うわー……、今のはかなり焦った。……お義父さんが離れてて良かったよ」


 トランクに入っている血液バッグを飲むことで、半分欠けてしまった顔が少しずつ戻っていく。

外見は凄まじい状態だが、本人は特に問題ないといった様子だ。


 ナーデルはホッと胸を撫で下ろす。


「大丈夫か!」


 爆発音に気づいたマルクが近寄ってくる頃には、バルーの身体はすっかり元の姿に戻っていた。


「お義父さん、リサの個体には近づかない方がいいかもしれない」


 先程の爆発の影響で、周りにいた吸血種も、後天性吸血種も、人間も、敵味方関係なく巻き込まれてしまったようだ。


「向こうもなりふり構っていられなくなったようね」


 バルーの鼻を、上位種の肉の匂いが掠めていく。


 空が影で暗くなった。


 大量の虫が飛ぶように、無数の白い塊が空中を泳ぐようにして集まってきている。


 上位種の肉が石畳の上で蠢き始め、一気に収束する。


 上位種の肉が集合して完成したリサの身体は、噴水よりもかなり巨大な、教会と同じくらいの大きさになっていた。


「な……」


 これでは噴水による攻撃が意味を成さない。


 また、吸血種の軍勢がここに向けて近づいてきているのが、匂いで分かった。


「……っ!」


 周辺に上位種の肉の匂いがしない。

そうなると、全ての肉の破片をこの巨大なリサに集結させた可能性がある。


 この巨人を倒せれば、すべてが終わるかもしれない。


 なのに、打つ手がない。

バルーはその事実に直面し、この場で立ち尽くすしかなかった。


 マルクは下唇を噛みながら、バルーの肩に触れる。


「さっきの機械の中にある機能で、まだ一つ使ってないものがある、今なら効果的に使えるかもしれない」


「……え、どうするの?」


「説明してる時間がねえ。急いであの機械のとこに戻る。パンテル借りるぞ」


 マルクの足元で、パンテルが身体を巨大化させた。


「わたしたちはどうすればいいの?」


 灰色の豹の背中に乗ろうとしている彼に、ナーデルが声を掛ける。


「足留め……、出来るかどうか分からないが頼む。後はここに居てくれれば、俺が何をしたいかすぐ理解るはずだ」


「……分かった。頑張ってみる。気をつけてね」


 バルーが突き出した拳に、マルクも同じように突き出して、こつんとぶつけた。


「お前たちもな」


 マルクはパンテルの背に乗って、颯爽とこの場を後にする。


 バルーとナーデルは、後ろに立っている巨大な少女を見上げた。


 肌が蠢いているのを見て寒気を覚えつつも、彼女が教会に向かって拳を振り上げるのを、ナーデルの髪で縛って止める。

案の定、髪はすぐにすり抜けてしまった。


 だが、リサは教会から視線を外し、こちらの方へと意識を向ける。


「やっぱりあれじゃ死にませんかぁ。頑丈ですねぇ」


 巨大な少女は、そう楽しそうに笑った。





 攻撃が全て無効化される。


 予想通り、真っ向からの勝負では勝てる見込みがない。

長期戦になれば、確実にこちらが負けるだろう。


 バルーが噛み付いても、上位種の肉はどんどん分離していき、攻撃が効いている気がしない。


 眼前で小規模な爆発が起きたりして、こちらばかりがダメージを受けている。


「ぐぅ……っ!」


 バルーは襟首を晒し、ナーデルに視線で合図した。


「お父さまの考えが分からない以上、まだ駄目よ!」


 飢餓状態になれば間違いなく、火力や速度が上がる。

攻撃パターンも増やせる。


 だが、それにはマルクが何をするのか見ておかなければならない。


 ぽつ、ぽつ。


 唐突に、何かが落ちてきた。


「あ、め……?」


 バルーは空を見上げた。


 巨大な砲口が天に向かって伸びている。


「!?」


 その砲口から薄紅色の液体が大量に、こちらに向けて落ちてくる。


「ナーデル! あの柵のところに! 早く!」


 少女人形はガシッとバルーを掴むと、髪を教会に設置されているバルコニーの柵に伸ばして引っ掛けた。


 そのまま髪を縮めて、二人揃って飛び上がる。


 二人が逃げる前に立っていた場所に、滝のように血混じりの水が落ちてきた。


 ダンピールの血が、リサの頭から爪先まで、しっかりと全身に染み渡っていく。


「あああぁ!」


 巨大な咆哮。

確実に効いている。

やっと勝機を見出だせたかもしれない。


「バルーはダンピールの血も飲める?」


「問題ないと思う。ちょっと嫌な気分だけどね!」


 ナーデルはバルーの首に噛みついた。


「……あッ!」


「それなら、その血で回復しながら、確実にあの女をぶっ殺すわよ!」


 バルーは恍惚の表情を浮かべた次の瞬間にはもう、飢餓状態へと達していた。


 ナーデルは彼の口輪と腕の拘束を外し、笑った。


「思う存分暴れなさい!」


「グウウウゥウッ!!」


 リサはそんなバルーの姿を見る。


「お前は、ヘルターによく似ている」


 そう呟くように言った。





 今から五百年前、リサの仲間や家族が人間に虐殺された。

それからはたった一人で、森の奥で静かに暮らしていた。


 魔女と呼ばれたことがある。


 妖精と呼ばれたこともある。


 ヴァンパイアと呼ばれたこともある。


 生き血を啜る者として、それが最も彼女に近い存在のように思えた。


 彼があの小さな小屋を訪れたのは、虐殺から五十年程経った頃のことだった。


 それはそれは美しい男性で、普段であれば食料として保管していたはずだが、この時ばかりはすぐに魅了されてしまった。


 怪我をしていた彼を介抱し、しばらく家に泊めてやることにした。


 彼はヘルター・アウザーヴェルテと名乗った。

その名前すら美しいと思った。


 彼の怪我が治り、ここにいる理由がなくなった頃、リサは彼を自分のものにしてしまいたいと考えた。


 この頃は『血呪い』のやり方が確立されていなかったが、直接血を与えることで仲間を増やすことが出来るのは知っていた。


 あの時、彼は眠っていた。


 その唇に自分の血を流しこむと、何だか高揚した。


 この人が自分と同じになる。

それが嬉しくてたまらなかった。


 しかし、予想していた反応と違った。


 彼はベッドの上で藻掻き苦しみ、飢えた獣のように暴れた。


 野犬のようになった彼に噛まれ、そのまま血を吸われたリサは、驚きと恐怖で、住んでいた小屋から脱兎のごとく逃げ出した。


 何か、やり方を間違えてしまったんだ!


 リサは泣きながら、もうあの小さな家には戻れないのだと、後悔していた。

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