表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
最終章 銀と血のダンピール

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/57

②人間の狂気

 困惑しながら立ち尽くしているバルーの横に、ナーデルが近づいてきて、その背中をぽんと叩く。


「あの液体は何かしら?」


「人間の血の匂いを感じたけど……」


「……」


 噴水から血が出るなんてことが、偶然起こるはずがない。

これは誰かが意図して作った機能だ。


 そして、こんな大規模な機械を作るなら、『銀弾の父』と呼ばれている天才――、マルクも関与しているだろう。


「お父さまと通信が繋がらないの……」


 ナーデルが焦り声を出す。


 噴水から出てきた人間の血。

何故それで吸血種を撃退出来たのかは分からないが、それでも、娘達の不安を掻き立てるには十分だった。


 幻覚に囚われ続けているレオは、サプナの遺体を乗せたままのパンテルを引き連れて、こちらのことなど気に留める様子もなく歩き始める。


「待って!」


 二人は焦ってその背中を追う。

不安定な状態の彼をこんな危険な場所で、一人にしてはおけない。


「血だ。こちらにある……。サプナもそう言っているじゃないか」


 レオは二人がサプナを無視しているように見えているのか、怒った口調でそう言った。


 バルーとナーデルは顔を見合わせつつも、手掛かりを得るため、彼についていくことにした。





 町中、阿鼻叫喚の渦に呑まれている。


 人間たちが吸血種や後天性吸血種に噛み殺されて、息絶えているのが見える。


 炎から立ち昇る煙を吸ってしまった人たちも多く。

聖職者たちはそちらの救助で手一杯のようだ。


 道中に点在している噴水の全てから、例の林檎の匂いを感じ、やはりその周りでは吸血種たちが死んでいた。


 たった一日で様変わりした第一教区を見て、バルーはダンピールとしての責任を感じ始めていた。


「あれは……何……?」


 この位置から噴水が二つ見える。

その隣に、噴水よりも大きな身体をした影が立っている。


 リサだ。

巨大なリサが二人、噴水を壊そうとしている。


「な……」


 彼女が複数体存在しているのも不気味だが、身体の大きさが人間のそれではないにも関わらず、二人とも全く同じ服装で、掛けている眼鏡も同じように巨大だ。


「ぐっ……、あの身体は……!」


 レオは彼女の姿を見ながら、口を押さえて呻いた。


「噴水が破壊されたらまずいんじゃないの……?」


「いや、それはそうなんだが、自分(ジブン)が言ったのはそのことではなくてだな……」


 震える手で近い方のリサを指さしながら、レオは小さな声で言った。


「あれは……『上位種の肉の塊』ではないか?」

「えっ」


 リサの動きをよく観察する。


 振り上げた手に水が掛かり、一部分だけ溶けたように見える。


 その溶けた部分は、上位種の肉と同じ白い塊となり、蛆虫そっくりに身体をくねらせてから、やがて動かなくなる。


 肌、服、眼鏡、髪。

よく見ると彼女の肉体も、装飾品の一部も、表面が忙しなく蠢いている。


 巨大な虫の集合体。

それが表現として最も近いだろう。


「き、気持ち悪い!」


 バルーはゾワッと全身に鳥肌が立つのを感じた。

ナーデルも頷いて賛同する。


「わたしが人間だったら嘔吐していたところよ……」


「噴水壊すの止めたいけど、今のままだとまた、さっきと同じように攻撃を避けられるだけだよね」


 リサに攻撃が当たらなかったのは、あの蛆虫のように連なる上位種の肉が、バルーの攻撃に合わせて避けていたからだろう。


 彼の攻撃は火力が高いが、速度も別段遅いわけではない。


 むしろレオが居た古城で、血呪いの黒豹たちと戦って以降は、火力だけでなく、速度も間違いなく上がっている。


 それを避けられているということは、普通の戦い方では絶対に突破出来ないだろう。


「そうだろうな……」


 レオの分析でも同じ結果らしい。


 パンテルが急かすように、レオの服を噛んで引っ張っている。


「対抗手段が無い以上、まずはこの噴水に流れる血を辿るべきだ。サプナもそう思うだろう?」


 その言葉に対し、ナーデルは懐疑的な態度を見せている。


「……血を辿って何かが見つかる確証はあるの?」


「もちろんだ。サプナはヘルターに選ばれた予言の子なのだからな」


 レオがそんな風に言うのを聞いて、ナーデルはため息をつく。

その代わり、バルーはしっかりと頷いてみせた。


 少女人形は眉を顰め、恋人の耳に口を寄せる。


「レオの言葉……本当に信じてもいいの?」


「ナーデルオネエサン。自分(ジブン)のことはいいが、サプナのことは信じてやってくれないか?」


 レオの耳がかなり良くなっているのを忘れていたナーデルは、あまり納得していない様子で何度か頷いた。


「分かったわ。とりあえず、何があるのか見てみましょう」


 その返事を聞いたレオは、先導するように教会に向かって歩き始めた。





  バルーとナーデルで、襲われている人間たちを救出しながら、少し時間を掛けて教会の保護区域まで来ることができた。


 ここは広場のようになっており、医療班である銀の心臓のメンバーが、逃げ込んできた人々の治療の為に右往左往していた。


 そこにはパンテル村の人たちも避難しに来ていたらしい。

彼らはレオを見るなり、安堵した表情で駆け寄ってきた。


侯爵(マーキス)さま……! ご無事で……」


 彼らは灰色の豹の背に、トランクと一緒に遺体袋が乗っているのを見た。


 バルーとナーデルの他に、一緒にいるはずの彼女が居ないことに気づき、みんな動揺している。


「その遺体は……まさか……」


 村人の一人が、遺体袋の顔の部分を開けた。


「サプナ……!」


 人形のように美しい顔で、永遠に眠り続ける彼女を見たその村人は、膝から崩折れてしまった。


 彼らは、彼女が赤ん坊の頃からよく見知っているのだろう。


 サプナの変わり果てた姿を見て、項垂れる者、泣き出す者、怒りの声を上げる者、反応は三者三様だった。


 レオはそれを見て困惑の表情を浮かべている。

そんな彼の隣に、バルーが近寄った。


「……レオくん、噴水の血はどこから来てるか分かる?」


「あ、……ああ、あれは恐らく、アドリッヒ枢機卿がよく出入りしている部屋の、隣辺りだろうな」


 彼はその鋭敏過ぎる感覚で、いつの間にか建物の構造まで把握していたらしい。

事もなげに答えた彼を見て、バルーは微笑んだ。


 パンテル村の人たちの方に身体を向ける。


「みんなにレオくんのこと、任せてもいいかな?」


「えっ……、侯爵(マーキス)さまを……ですか?」


「サプナさんが亡くなってから、少し……調子が悪いみたいなんだ」


 レオが何もない空間を眺めているのを見た村民たちは、バルーが言っていることを何となく察したらしい。

静かに頷いて返事をした。


「レオくんは、ここでサプナさんと、パンテル村のみんなと一緒に待っててね」


「……自分(ジブン)が案内しなくてもいいのかね?」


「うん、大丈夫。アドリッヒ枢機卿猊下のお部屋の場所なら、バルーお兄さんでも分かるから」


 レオは急に不安そうな顔になった。

バルーが先に進むのを止めようとするが、逆にレオの方が村民たちに止められてしまった。


「さ、行こうか。ナーデル」


 そう言いながら近くの階段へと向かう。


 少し登ってからレオの方を見ると、まだ心配そうな顔をしてこちらを見ていた。

バルーとナーデルは、妙に不安な気持ちになってしまった。


「お父さまが心配だわ。早く行きましょう」

「うん」


 二人は駆け足で階段を上っていった。





 アドリッヒ枢機卿の執務室のドアをノックするものの、誰も出てくる気配はない。


 近くに他の扉は無く、不自然な空間が続いているのを見て、二人はこの部屋の中から、隣の部屋に入れるのではないかと察した。

仕方なく目の前の扉を蹴破る。


「すみません……」


「お邪魔するわよ……」


 罪悪感を抱きつつ、そろりそろりと歩みを進めていく。


 部屋の中には誰もいない。

しかし、強烈な林檎の匂いが辺りに充満している。


「バルー。見て」


 ナーデルが指した先に、いくつも鍵が付いた厳重な扉が鎮座している。


「多分レオが言っていたのは、この部屋のことじゃないかしら」


「開けてみよう」


 バルーが蹴り上げると、扉はあっさりと開いた。


「お邪魔しま――」


 目に飛び込んできたのは、巨大な機械の脇に座り込み、頭を抱えているマルクの姿だった。


「お義父さん!」


 バルーは急いで彼に駆け寄る。


「お父さま! 何があったの!? 無事なの!?」


 マルクは虚ろな目をしたまま二人を交互に見て、目に涙を浮かべながら、抱きついてきた。


「うああ……、ああぁ……! なんで、こんな、ことに……!」

「落ち着いて、もう大丈夫だよ。何があったか教えてくれる?」


 バルーは子どもに言い聞かせるようにそう言いながら、機械の方に視線を移した。


 中に何かいる。


 血の匂いの発生源がこの中にあると分かったバルーは、ナーデルに視線で合図した。


 彼女は機械から離れるように、マルクを誘導する。


「こんなことは……、おかしいって……、何度も何度も……止めたのに……! 狂ってる……!」


 ポジティブな明るさと、技術者らしい冷静さの両方を併せ持つ彼が、この世の地獄を見たかのように取り乱している。


「俺が……、こんな機械……、完成させなければ……!」


 バルーはごくりと生唾を飲み込みながら、その機械の蓋を開けた。


 一瞬、そこに何が入っているのか分からなかった。

辺り一面真っ赤なインクで染められていたからだ。


 しかし目が慣れてくると、その全容が次第に分かってきた。


「な……、これ……は」


 バルーはもう見たくないとばかりに目を背けてしまった。

ナーデルが代わりにその機械の中身を見る。


 両足の辺りに、常に回転し続ける刃があった。


 青年は、その刃に両足を切断され、そこから血を、下に流れる水の中へ流し続けている。


 両腕は鎖で繋がれ、ガチャガチャと音を立てながら、痛みに耐え続けているようだ。


生きている。


 猿ぐつわのように噛まされているチューブから、無理矢理点滴のように繋がれた血を飲まされ、ギリギリのところで生きている。


「レオ……?」


 その青年の顔は、レオ・アウザーヴェルテとほとんど同じだった。


「違う……」


 マルクがナーデルの言葉に対し、首を横に振る。


「ティーゲル・アウザーヴェルテ教皇聖下だ……」


 教皇は、ふーっ、ふーっ、と息を荒げ、痛みに耐えながら頷いている。


 狂気めいたその光景に、バルーもナーデルも絶句するしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ