⑤怪物神父
「おまえ邪魔だわ。下がっていなさい」
ナーデルがミオに向かってそう言うと、何故かリーベンの幼い顔に青筋が立った。
「……っ! ミオはオレのものだ! 命令するな!」
今にも飛びかかってきそうな少年姿の吸血種に、少女人形は髪針を突き刺そうと、髪を伸縮させて素早く連撃を繰り出した。
しかし、彼はしゃがんでそれを避けて、そのまま脚をバネに、ミオのいる方へと飛びかかる。
ナーデルは後ろで三つ編みにしている分の髪を使って、狙われている少女の身体を、リーベンから守った。
「子分は、親分が身体に触れた状態で命令されると逆らえなくなるわ。そうなったらおまえのことも殺さなければならない」
そう言われてゾッとしたミオは、更に後ろの方へと下がった。
リーベンは自分の言う事を聞いてくれないミオに対して、心底信じられないといった様子だ。
それを隙と見たナーデルが、彼の腕を貫こうと銀の針を飛ばす。
「なんでそいつの言うことなんか聞くんだよ!」
逆上するリーベンはナーデルの攻撃を避けながら、飛び蹴りを喰らわそうと跳躍する。
少女人形はそれを腕で防御するが、身体が小さいせいか、後ろに軽く下がった。
何とか態勢を整え、真っ直ぐ相手を睨みつける。
少年は怒りのせいか、大きく呼吸を繰り返している。
「邪魔するな!」
リーベンの爪の先が赤黒く染まり、先が尖っていくのをミオは遠目で確認した。
その状態でナーデルを引っ掻こうと俊敏に跳躍する様は、まるで猿のようだ。
「あらっ!」
青年の声。
そこには能天気な顔をしたバルーが突っ立っている。
「お前……!」
リーベンはバルーを目線で捉えると、間髪入れずに突撃していった。
「危ない!」
ミオは咄嗟に叫んでいた。
と、同時に小さな少年の身体が、庭の隅まで思いっきり吹き飛ばされる。
「え」
バルーがリーベンの顎を、下から凄い勢いで蹴飛ばしたのだ。
それを見ていたミオは、普段の優しそうな彼からは考えられないギャップに面食らってしまった。
「坊や、葡萄の匂いがするね」
「吸血種よ、バルー」
「なるほど。だからお兄さんの前に姿を現さなかったんだね」
二人はミオにはよく分からない会話を繰り広げている。
蹴飛ばされた当の少年は、怒り心頭といった様子でバルーを睨んでいる。
「あの女を庇いながら戦うのは無理があるわよ」
「……そうだね。あれは使いたくなかったけど」
バルーはカソックの首付近の紐を緩め、襟を広げて首元を晒した。
「ナーデル。後は頼むよ」
「分かったわ。……ミオ。バルーの視界に入らないところまで下がっていなさい」
命令の意味は分からなかったが、言われた通りに建物の陰へと隠れる。
「ぐ……うっ……」
バルーが苦しそうなうめき声をあげる。
不安になったミオは、こっそりと彼らを覗き見た。
ナーデルが司祭の白い喉に噛み付いている。
驚愕したミオは口を押さえた。
「えっ……、何して……」
「ぐぅ……あああああっアアアッ!」
美しき司祭の瞳が、妖しげな緑色から鮮血のような赤に変化し、獣のように唸っている。
彼の装飾品のいくつかが、その唸りに呼応するように、ぐにゃぐにゃと液状化した。
掛けている丸眼鏡が、付いているチェーンと共にぐにゃぐにゃと動きだし、犬の口輪のような形に変形した。
場所も目の辺りから変わり、今度は口を覆う。
次に修道士の制服とも言えるカソックに付いていた、不自然なほど多い紐が動きだし、腕を縛り付けて上半身を拘束していく。
あの独特のデザインは、カソックのような見た目をしているが拘束衣になっていたのだと、ミオはやっと理解した。
首元にはナーデルが相変わらず噛み付いている。
その銀色の髪が、バルーの血を吸って赤黒く変化していき、同時に硬質化していく。
髪は最終的に長剣のような形になった。
リーベンが恐怖からか、腰を抜かしているのが見える。
「あ……、そんな……、噂には聞いてたけど……」
ミオには彼らが何者になってしまったのか理解が及ばなかったが、リーベンは知っているのかもしれない。
バルーの茶色くうねるような髪が顔に陰を落とし、野性味を帯びさせている。
口輪に覆われた口からは涎が落ち、歯は剥き出し。
まさしく獰猛な野犬のような姿。
普段の穏やかで優しげな雰囲気など、どこかに捨て置いてしまったような司祭の姿に、ミオも恐怖で固まってしまった。
「グルルッ……」
「よしよし、バルー。獲物はあいつだけよ」
「ウゥ゙ッ」
「わかったわね?」
ナーデルはバルーに噛みついたままだが、人形だからか口ではなく、別のところから普通に発声している。
普段よりも落ち着いた優しい口調で、母親が子どもに向かって言い聞かせるように、優しくバルーの首を撫でている。
リーベンが先に動き出した。
「くそっ」
少年の姿をした吸血種は、彼らが危険な存在だと判断したらしい。
地面を蹴って庭の外まで跳躍しようと、バルーに一瞬背を向けた。
「グゥッ……!」
その瞬間、
何かが赤い液体と共に宙を舞った。
「あっ……」
髪で作られた長剣に血が滴っている。
ぽとりと地面に堕ちたのは、ミオにとってはよく見知った友人の頭だった。
ミオは悲鳴を上げそうになるのを手で押さえて堪える。
今のバルーは敵味方の判別がつかないだろう。
気づかれたら殺される。
そう本能で理解したのだ。
バルーは縛られた腕をガチャガチャ動かしながら、吹き飛んだリーベンの身体の前に屈み込んでいる。
「ガルルルッ……グウッ……」
犬のように吠え、涎を地面に撒き散らしながら、頭を失った首から滴る血を舐めようと、無理矢理舌を伸ばしている。
しかし、それは付けられた口輪に阻まれて叶わない。
「落ち着きなさい」
ナーデルの髪が一部銀色に戻り、バルーが常に持ち歩いているトランクの中身を探っている。
少しして血液バッグを持ち上げ、器用にキャップを外した。
「グゥウ」
別の髪束が無理矢理バルーの頭を上向きにし、口輪の外から血液バッグの中身を注ぎ込む。
「ハ、ハウッ……、ゴキュ……」
赤く染まっていた瞳が、緑に戻っていく。
「はぁ……、はぁ……っ、はぁ……」
目を見開いて喘ぐ司祭の拘束が解かれていく。
犬の口輪もチェーンが繋がった丸眼鏡に戻る。
ナーデルの髪の赤い部分も解け、ひとりでに銀色の緩い三つ編みに戻った。
「大丈夫よ……。もう大丈夫」
片手で額を抑えながら地面で丸くなる青年の身体を抱きしめ、少女人形は優しく彼の頭を撫でている。
ミオは、もしかしたら彼が泣いているのかもしれないと思った。
そんな風に小刻みに震えているから。
「おまえ、もう顔を見せても大丈夫よ」
ナーデルから言われた通りに建物の陰から出ると、バルーは疲れたような表情を一瞬見せた後、すぐいつものにっこりした顔へと戻った。
ただ口周りが血だらけで、少し怖い。
「……ごめんなさい」
ミオは頭を下げた。
それに対してバルーが小首を傾げる。
「……その……、リーベンを助ける方法は、なかったの?」
ミオのその質問を聞いて、ナーデルが表情を歪める。
「なんて……! ……おまぬけな!」
ミオの問いは、命を助けてもらった者としては、あまりにも残酷だった。
しかし、怒っている少女人形を、一番この発言で傷ついたであろう司祭本人が、手で制止する。
ミオ自身もこの問いかけが、リーベンを殺した張本人である彼らを傷つけることは分かっていた。
それでも、自分は助けてもらえて、何故友人はその道が閉ざされたのか、知らなければいけないと思ったのだ。
「……吸血種は成長速度が人間と違うんだ。彼は子どものように見えるけど心はもう大人で、自分が何をしているのかちゃんと分かった上で町長さんを殺したり、ミオさんを子分にしたんだよ」
普段の子どもらしい振る舞いは演技だったのか、とミオはショックを受けて俯いてしまう。
「親分は、子分と違って病気ではないから治してあげられないし、仲のいい人間でも突然殺してしまう。あのまま放置していたら、町長さんの奥さんや、ミオさんのお父さんとお母さんも被害に遭っていたかもしれない」
「そんな……」
「ごめんね。……仲良くできたら一番いいのにね」
謝罪されて、胸が苦しくなる。
「ううん。助けてくれてありがとう。ひどいこと聞いてごめんなさい」
「いいんだよ」
ミオは真っ直ぐ司祭を見た。
「……二人は、何者なの?」
バルーはゆっくりと微笑んだ。
「お兄さんは、吸血種を狩る吸血種、――ダンピールだよ」
町長の葬儀が始まろうとしている。
しかし建物の裏で、ミオは修道士に拘束されていた。
意外だったのは、バルーも同じようにされていることだ。
彼は拘束されたままでも、ナーデルが入ったトランクの持ち手をしっかりと握りしめている。
少女は隣に立っている無愛想な修道士を見上げた。
「あの……あたしが縛られるのは分かるけど、どうして神父様まで……?」
修道士はその質問に、あからさまに面倒くさそうな表情を浮かべる。
「ダンピールは飢餓状態だと誰彼構わず襲いかかるんだとよ。……ある意味お前らよりよっぽど危険かもな」
品のない修道士は、そう言いながら舌打ちした。
この修道士は、吸血種やダンピールを、人の姿をした怪物だと決めつけているようだ。
ミオは悲しくなってしまった。
「この人殺し!」
突然、そう泣き叫ぶ声が庭に響いた。
声の主の足元には、頭と身体が離れた小さな遺体が、布を掛けられて寝かされている。
「リーベン! リーベン!」
町長の妻は愛する養子の身体を、両腕で包み込みながら名前を叫んでいる。
この短期間で夫と息子を失ったのだ。
正気でいろと言う方が酷な話だ。
「人殺し! イヤァアアアアッ!!」
捕縛されたままのバルーが、その声を聞いて苦しそうな表情を浮かべている。
ミオの隣に立っている修道士が、ひときわ大きなため息をついた。
「守られてる自覚のないやつが一番厄介だなホント」
彼の言葉は被害者に寄り添う優しさを一切含まない冷酷なものだったが、確実にミオにも刺さった。
胸がチクリと痛む。
やがて教会の専用馬車がやって来る。
ミオは連行されながら、俯いて涙を堪えているバルーの背中を眺めた。
いつか、彼のしていることが報われる時が来るのだろうか。
そんなことを思いながら、ジルヴァ教本部に向かう馬車へと乗り込んだ。
◇◆◇
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次章では新キャラのイケオジが登場予定!お楽しみに!
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