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【完結】銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第七章 喪失のベッサー

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⑧終わらぬ後悔

「何を言っているのよ!そんなこと出来るわけ……」


 ナーデルは必死に抵抗するように、バルーから口を離して首を横に振った。


「早く! 逃げられて……しまいます! 私は、もう……手遅れ、だから!」


 サプナは今にも死にそうな顔色をしながら、必死にナーデルに懇願した。


 レオもサプナを止めようと手を伸ばす。


「ダメだ……! 離すんだサプナ!」


「……私は……!」


 修道女は精一杯叫んだ。

立っているのもやっとだと言うのに。


「もう二度と、こいつらに……、誰かの人生を……壊させたくない……!」


 その魂の叫びを聞いたナーデルは、ガタガタと身体を震わせ始めた。


 このまま躊躇っていたら、確実に公爵(デューク)は逃げてしまうだろう。


 現に公爵(デューク)は身体を変形させて、ワイヤーの隙間から出ようとしていた。


 サプナの身体から落ちる赤は、もう彼女が助からないことを残酷に指し示している。


「なー、でる……」


 バルーが切なげに呼ぶ。


 理性を失って、何が起きているのか分からないにも関わらず、ナーデルの悲しみを一緒に背負うように、涙を零していた。


「ああ……」


 自分はただの人形なのに、こんなにも、胸が苦しい。


「あぁ……っ」


 涙の代わりに、吸っていた血が目から溢れ、頬を伝って流れていく。


「うあああああああああッ!!」


 ナーデルは公爵(デューク)の身体中に髪で作った針を飛ばし、串刺しにした。


 何本かサプナの身体にも届いてしまったらしく、口から更に血が溢れる。


 公爵(デューク)は全身穴凹だらけになったが、まだ余裕の表情で、火傷になったところを引き千切りながら、ワイヤーから逃れようとしている。


「いい加減、し……ね!」


「リサ、後は頼みますよぅ」


 サプナは銀弾を振り上げた。

それは真っ直ぐ公爵(デューク)の首に突き刺さり、直接血管に水銀が流し込まれた。


 水銀は即座に心臓へと到達する。


 自分の死すら恐れない公爵(デューク)は、楽しそうな笑顔のまま、力を失って倒れる。


 ワイヤーで縛られていたサプナも、それに釣られて倒れ込んだ。


「サプナ! サプナ!」


 レオは巻き付いていたワイヤーを退け、彼女を抱え込みながら、持っているトランクの中に適切な治療薬が無いか探す。


 しかし、人間に与えられるような血液も、輸血を施す為の道具も揃っていない。


 もし自分がまだ吸血種で、サプナがダンピールの血清を打つ前だったら、ここで後天性吸血種にして救えたのに。


 そんな考えに至ったレオは、あまりの絶望に頭が真っ白になってしまった。


 全ての最悪が、今この瞬間に形となって、襲いかかってきているようだった。


「お願いだ。逝かないでくれ……。まだ伝えてないんだ。お願いだから……」


 最早懇願するしかないレオの手を、サプナが虚ろな目のまま、そっと握った。


「ヘルター様、ありがとう……、ございます……。死ぬ前に……話す、時間を……下さって」


 彼女は、何もない虚空に向かってそう言った。


 サプナにしか見えない何かが、そこに居るのかもしれない。


「レオさ、ま……。愛して……い、ます」


 血混じりの涙が、彼女の顔を汚す。

そんな光景すら、まるで絵画のように美しい。


「……遅くなってすまない……。君と出会った瞬間から、ずっと……自分(ジブン)も、サプナのことだけを……愛している」


 その愛の告白を聞いたサプナは、本当に嬉しそうに、ぜーぜーと息を吐きながら、穏やかに微笑んだ。


 本当なら痛みでそんな余裕など無いはずなのに、それでも、彼女はレオから目を離さなかった。



 血を飲んで理性を取り戻したバルーも、サプナのことが大好きなナーデルも、彼女に掛けたい言葉がたくさんあった。


 でも、話さなかった。


 サプナの幸福を望んでいるからこそ、話さなかった。



 レオは身を屈め、サプナの唇に自分のそれを、ゆっくりと重ねた。


 二人の涙が混ざり、床に落ちていく。

どくどくと流れる赤が、二人の身体を汚していく。


 唇を離す。

赤い糸が、運命を示すように、口から落下して、切れた。


 サプナは目を閉じて、微笑んでいた。


 心から、幸せそうな、顔だった。


「なんで……、自分(ジブン)は……」


 レオは、サプナの脇に蹲って、どくどくと流れ落ちる血を、必死に飲み始める。


 その光景はあまりにも異様だったが、誰も止められなかった。


「失いたくない……、彼女の何もかもを……、何ひとつ……、それなのに……」


 そう言いながら、まだ血に口をつけている。


 顔中、真っ赤に濡らしながら、現実の何もかもを突き放すように、狂ったように床を舐め続けている。


「何故、自分(ジブン)は……、もっと早く、たったひとことを言えなかったんだ……! 彼女を、守れなかったんだ……!」


 レオはサプナが死んだのを自分の責任だと感じているようだった。



 もっと早く好きだと、正直に言っていれば。


 本物の公爵(デューク)が近づいてきた時、もっと早く身体が動いていれば。


 何か変わっていただろうか。

いや、何もかも、既に手遅れだっただろう。


 血呑みの貴族として囚われていたことも知らず、教会に打撃を加えるための傀儡として生かされていたことも知らなかった。


 この世に生まれてきた瞬間から、何も知らないまま、利用される為だけに生きていた。


 その結果、運命の人を失った。


 自分が存在していなければ、彼女も、彼女の家族も、誰も、死なずに済んでいたのに。



 微笑みながら息絶えた愛する人の隣で、レオは、ずっと、ずっと、自分を責めながら、その血を啜り続けていた。





 バルーとナーデルは捕らえられていた後天性吸血種に対して、気が動転しているレオの代わりに血清を打ち、人間へと戻していった。


 最初は怖がっていた様子の彼らも、お礼を言いながら裏口から出ていく。


 そこには彼らを保護するために、近場の教会から応援が来ている。



 バルーとナーデルは、公爵(デューク)との戦闘前に教会に連絡を取っていた。

主な目的は人身売買オークションに参加していた者たちを逮捕するためだったのだが。


 参加者の中には吸血種も居た。

彼らを倒した後にサプナの出血を壁越しに感知したため、突き破って本物の公爵(デューク)との戦闘に入ったのだ。


 もっと早く駆けつけていれば、サプナは無事だったかもしれない。

そう思うと本当に居た堪れない気持ちになってしまう。



「……お父さま?」


 長い時間の沈黙の後、突然ナーデルが声を上げた。

マルクから通信が来たらしい。


 彼女の声は明らかにいつもより暗かった。



 当然だ。

最後の攻撃は、サプナにトドメを刺してしまったようなものだった。

それなのにレオに責められないことが、かえってナーデルの心を締め付けている。


 サプナは自分の命を使って、パンテル村の人たちの仇討ちを完遂したのだろう。


 でも、他に出来ることは無かったか、誰だって考えてしまう。



「そう……、人間の洗脳は解けたのね……」


 バルーはナーデルの言葉を聴きながら、教会の状況を確認していた。


 血呪いは、掛けた吸血種が亡くなっても残ることが多いが、今回はすぐに消失したらしい。


 バルーはこの手のことに詳しくないが、公爵(デューク)が人間に掛けている血呪いは基本的にごく僅かだったからか、討伐したことでその効果が消えたのかもしれないと思い至った。


「ええ、ええ……。倒したわ。でも……」


 ナーデルがサプナの遺体を見下ろす。


 彼女の周辺はかなり荒れていた。

レオがほとんどの血を舐め取った痕が床に残っている。


「ああ、サプナ」


 侯爵(マーキス)は頭がおかしくなったように、虚空に向けてその名を呼んでいる。


 ナーデルはその光景を見ていられないとでも言うように、目を背けた。


「サプナが、殉教……したわ」


 マルクは孤立気味だったサプナに対しても、親身に寄り添っていた。


 こちらに声は聞こえないが、きっと泣いているだろう。


 マルクの声が唯一聞こえているナーデルが、顔を両手で覆っている。


「……もっと早く、何か、出来てたら、こんな……」


 そんなことを言っていても、何の意味もない。

過去に戻ることは出来ないのだから。


 それでも、ダンピールも、人形も、()()()を持っているから。


 後悔することを、やめられない。


 静寂が訪れる。



 やがて、少女人形の表情が険しくなった。


「……え、お父さまは大丈夫なの?」


 バルーはそれを聞いて、嫌な予感がした。


「なるほど、分かったわ。すぐに戻るから」


 そう言って通信は終わったようだ。

ナーデルがひどく取り乱しているように見える。


「お義父さん、なんて?」


 焦る顔を見て、バルーの表情も険しくなった。


「教会が危険な状態よ。急いで戻らなくちゃ……。お父さままで失いたくない」


 バルーは苦しそうに、下唇を噛んだ。


「レオくん。公爵(デューク)の血を取ったらすぐに行こう」


「サプナは、ここに居ると言っている」


「レオくん!」


 レオが虚ろな顔のまま、サプナの隣を見上げている。

当然そこには誰も居ない。


自分(ジブン)たちはこれから、ここで幸せに過ごすんだ。家を建てて、それから……」


 バルーは自分が養護施設で子どもたちを殺してしまった後の自分と、今の彼を重ねてしまった。


 ダンピールは精神的に不安定になると、自己防衛の為に幻覚に囚われるのかもしれない。


「レオ! おまえ何を言って……」


 バルーはナーデルを制止して、レオの傍に寄り添うように座った。


「そしたら、バルーお兄さんと一緒にサプナさんを説得して、みんなで一緒に帰ろうか」


 そう言われたレオは、焦点の合わない目をバルーの方に向けながら、笑顔で頷いた。





 涙を拭う。


 サプナが死んだ。

その事実を受け入れられないまま、窓の外を見る。


 第一教区のあちこちで、火の手が上がっている。


 教区民たちの洗脳は解けたが、既に放たれた炎は消えない。


 与えられた恐怖の火も、同様に。


「教皇聖下、どうか考え直しては、頂けませんか」


 マルクの後ろに、彼は立っている。


「これが正答である。吸血種に対抗するには、この手しか有り得ぬのだから」


 銀弾の父は、初めて自身の技術力の高さに絶望しながら、その場に崩折れ、床を拳で殴りつけた。


「俺は……、こんなことを、する為に……」


 そう呻きながら、これから間違いなく起こる悲劇に、誰よりも早く、絶望していた。

◇◆◇


ここまで読んでくださってありがとうございます!

これにて7章は終了となります!

次章、最終章となります。

この苦悩を乗り越えて、彼らは勝つことができるのか――。


もしよろしければ、下にある☆☆☆☆☆にて、正直なご評価を頂けますと幸いです!


また、ブックマーク登録もして頂けますと、大変励みになります!


どうぞよろしくお願い致します!

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