⑦残酷な願い
パンテルの目が光り、辺りを照らすことで、室内で何が起きているのか分かりやすくなった。
レオは自分の目で、サプナを刺した吸血種を見た。
プラチナブロンドを肩まで垂らした、赤い目の美少女。
右手は真っ赤に染まっている。
「どうもですぅ。あ、初めて会ったときは、この話し方じゃなかったっけ。まぁいいや、あれ飽きてたし」
パンテル村を襲撃された時、公爵一行の中にいた唯一の女性。
あの時の軽薄な様子から考えると、かなり可愛らしい雰囲気にイメージチェンジされていて、同一人物だと一瞬分からなかった。
彼女はサプナの血を軽く舐めながら、無邪気な笑顔を浮かべている。
「うわ、やだぁ、この人ダンピールの血が入ってるじゃないですかぁ。喉がイガイガしますねぇ」
「な、何者なんだ……」
「え?言わないとだめなんですぅ?」
十代後半くらいの姿をした怪物が、こちらを馬鹿にするような顔で笑っている。
「あたしがホントの公爵ですよぅ」
レオは困惑の表情を浮かべた。
追撃されたらまずいと思った彼は、サプナを護るように間に挟まるような形で座る。
パンテルに傍で控えるように指示を出し、真っ直ぐ本物と名乗る公爵を見た。
「さっきこの人が殺したのは、あたしが血呪いを貸してあげてただけの一般吸血種ですよぅ?」
「なん……だって……」
そんなことが可能なのか試したことはなかったが、事実この女からは、強い血呪いの匂いを感じる。
信憑性はある。
「冷静に考えてくださいよぅ! 吸血種を操ることが出来るのに、わざわざ自分が表に出てどうするんですぅ? 危ないじゃないですかぁ」
彼女はさも当たり前のように、そう言ってのけた。
しかし、彼女が自身の命に執着しているように見えない。
矛盾している。
「……愚かな。今目の前に姿を晒しているのは打つ手が無くなったからではないのか?」
わざと煽るように質問すると、目の大きい美少女は豪快に笑い出した。
「あっはっは! ほんと面白い人ですねぇ! ……侯爵は世間知らずだと聞いていましたけど、血呑みの貴族の一人なのに、本当に何も知らないんだぁ!」
彼女の笑い声はまだ続く。
レオは不快な気分を隠すことなく、眉間にしわを寄せた。
「……あたしたちは、女王の計画の駒でしかないんですよぅ? そんなの、あたしがここで死んでも問題なくなったからに決まってるじゃないですかぁ」
「何を、言っているんだ」
自分の命ですら軽視している。
サプナが先程殺害した偽物の公爵と同様に、この少女にもまともな感情が無いようだ。
「あー、そう言えば侯爵は特別なんでしたっけ。『血呑みの貴族』にすることで、人質として捕らえていたとか何とか?」
人質。
何の話をしているんだ。
本当に彼女が何を言っているのか、全く理解が出来ない。
レオを煽る為にわざと知っている情報を小出しにし、反応を楽しんでいるように見える。
「あたしたちは前教皇と現教皇であれば、あなたを見つけても殺さないと踏みました。なので、アウザーヴェルテの血を継ぐ吸血種の存在を、彼らに匂わせたんですよぅ」
教皇がレオと協力し、吸血種を倒そうと考えたこと、それ自体が公爵や女王と名乗る存在の思惑だったという意味か。
「自分たちの接触が、君たちの計画内の出来事だったと?」
信じたくなくて、改めて口にする。
その反応が面白かったのか、吸血種は楽しそうに頷いた。
「分かりきったことを言いますねぇ?」
少女はスキップしながらレオとサプナの近くに寄ってきた。
パンテルで攻撃するが、さらりと躱されてしまう。
「……ああ、安心してくださいねぇ。そこの方が見たという『ヘルターの予言』とか言うのには関与していませんよぅ?」
こちらの情報を何もかも知っているのは、操っていたエイブが、レオの知らない間に漏らしていたからかもしれない。
サプナがヘルターから授かった予言のことすら漏れていることに、レオはショックを受けていた。
「まあ、それが本当にヘルターの亡霊なのか、彼女のただの盲言なのかは知りませんが」
予言の子――、サプナを見下ろしながら、女はそう言った。
愛する人を小馬鹿にされたレオは、彼女を抱きしめながら公爵をきつく睨む。
少女は「怖い怖い」と笑いながら、スキップで少し距離を取った。
「話を戻しますけどぉ、要はあなたをこちらで掌握し、機を見て『教会に不利な状況を作れる人物』を身内に忍ばせたんです」
「……それがエイブか……」
公爵は人差し指を立てて、御名答とでも言うようにニッコリと笑った。
「そんな名前でしたねぇ、あの人。教会に保護してもらえれば、後は勝手に暴れてくれるので、それに便乗するだけで良かったんですけどぉ、思ってたより役に立ってくれたみたいで良かったですぅ!」
エイブが利用されたのは、やはり自分のせいだった。
彼は侯爵の狂信者で、その強すぎる独占欲と執着を、吸血種に利用されていたのだ。
しかし、レオは項垂れることなく女を睨みつけている。
心が折れそうになりながらも、逃げない。
自分一人ではここから、サプナを連れて逃げることが難しい。
だからこそ、死んででも真相を全て聞こうと、覚悟を決めている。
レオはパンテルを見た。
この灰色の豹には、ずっと記録を取らせている。
自分に何があっても、必ず他の者にこのことを伝える。
「さっき君は『ここで死んでも問題なくなった』と言ったな?」
「言いましたねぇ」
「つまり、計画はもう最終段階まで来ている……ということかね?」
ニィ、と彼女の口角が上がる。
「ダンピールの血を、全人類に与えるなんてことは、不可能ですもんねぇ?」
「!」
レオは女王の計画の全貌が見え、恐怖に身体を震わせた。
公爵と女王は、この国を中心に人間を完全な支配下に置こうとしている。
食事用の人間は家畜として残しつつ、大多数を吸血種にして、他の国にまでその手を伸ばし、病のように侵食するつもりだ。
吸血種が戦争を仕掛ければ、確かに世界の掌握も可能かもしれない。
『世界征服』
チープな言い方だが、それが最も彼女たちの目的を表すのに、丁度いい表現だった。
「隠してたことを話す時が、一番すっきりしていいですねぇ」
長年誰にも明かすことがなかった真相なのだろう。
ストレスが無くなったかのような晴れやかな顔が、死体や血が滴るこの空間とアンマッチしている。
捕まっている後天性吸血種たちは、怯えて縮こまったまま、牢の中でぶるぶると震えている。
サプナが重症を負ってしまったことで忘れかけていたが、彼らのことも、この少女から救わなければならない。
レオは下唇を噛んだ。
自分が上手く戦えれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
「じゃあ、そろそろネタも尽きてきたので、死んでくださいねぇ」
少女はレオに向かって硬化した手を突き出した。
避ける余裕など無かった。
いとも簡単に、頭の半分が吹き飛ぶ。
息をつく暇さえなく、無情に。
その時だった。
真横の壁が瓦解し、影が突っ込んでくる。
「ぐぅっ」
唸り声を上げたそれは、飛ばされたレオの頭を掴んで、倒れそうになる身体にくっつけるように押し付けた。
レオの身体がビクンと跳ね、意識が戻ってくる。
影は少女に向かい、目にも留まらぬ速さでタックルすると、向こう側の壁へとその身体を吹き飛ばした。
「バルー、オニイサン……」
口からだらだらと血を流しながら、レオは影の名を呼んだ。
頭が徐々ににくっついていき、何事もなかったかのように傷が塞がった。
「レオ! サプナを連れて逃げなさい!」
ナーデルが叫ぶように言う。
バルーは公爵がレオの方に行かないように、壁に向かって足で連撃を繰り出し、食い止めている。
「しかし……」
「早く! 治療するのよ!」
サプナの呼吸音はどんどん小さくなっている。
レオはパンテルを呼び寄せ、その背にサプナを抱えながら乗った。
大量の血が床に落ち、危険な状態であることを再認識させられる。
「うあぁああっ」
出血多量で死んでいてもおかしくない状態なのに、突然目覚めたサプナは、身体を無理矢理起こした。
「だめだ! 動くな!」
「殺す! 殺す! 殺す……!」
「落ち着いてくれ! 頼むから!」
怒りに支配され、愛する侯爵の言葉さえ届かない。
サプナはパンテルの背から飛び降り、よたよたと戦闘中の公爵の方へと近づいていった。
「そんなに死にたいんですぅ?」
「ダメだ! 止まるんだサプナ!」
公爵は壁に埋もれながらも、恐怖の色すら見せない。
レオもパンテルから降りて、何とか立っているサプナの身体を支えた。
「……おまえ、どこかで見た顔ね」
バルーの首に噛みついたまま、ナーデルは戦闘中の公爵に声を掛ける。
「そうですかぁ?」
「おまえ、『エヒト』の記者ね……?出版社の爆破テロの時、教会内で写真が出回っていたわよ!」
公爵は隙を見て足蹴りを躱し、床に降り立つ。
今度はナーデルの髪で作った大砲を避けながら笑った。
逃さないといった様子で突撃してくるバルーの攻撃は、ギリギリで躱される。
「ああ、それ違う方ですねぇ!」
彼女は笑顔のまま腕を変形させ、梁に巻き付こうと腕を伸ばした。
上から逃げる気だ。
ナーデルがそう判断した瞬間。
伸ばされた公爵の腕に、銀で出来たワイヤーが巻き付いた。
「すごい胆力」
公爵の身体は無理矢理引っ張られ、何とか根性で立っているサプナの身体へと引き寄せられた。
サプナはレオを後ろに突き飛ばし、ワイヤーを力強く握る。
「あたし、あなたみたいな人好きですよぅ」
「私、は、大嫌いだッ!」
サプナはその女と自分の身体をワイヤーでぐるぐる巻きにした。
「……ナーデル……!」
名を呼ばれ、嫌な予感がした少女人形は眉を顰めた。
「私ごと、この者を、殺して……下さい!」
サプナは大切な親友に向かって、残酷な願い事をした。




