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銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第七章 喪失のベッサー

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⑤サイコパス

 レオはサプナの父親と、その周りに立っている者たちの顔を見て、苦悶の表情を浮かべた。


 バルーも困惑した様子で彼らを見渡している。


「パンテル村の人たち? なんだか妙な臭いがする……」


「ああ、そうだろうな……」


 侯爵(マーキス)は、貼り付けたような笑みを浮かべている公爵(デューク)を、刺すような冷たい視線で睨みつけた。


「既にみな、亡くなっている」


「……えっ」


 バルーのその声を聞いて、ナーデルはハッとした。


 つい忘れがちだが、彼は人の姿を正常に認識することが出来ないのだ。


「村民の、皮を剥いで……被って、いるようです」


「なんだって……!」


 サプナから真相を聞かされたバルーは、気分が悪くなったように口を押さえた。


 あまりにも残酷な所業。

バルーもサプナも、元凶である公爵(デューク)を思い切り睨みつけた。


「あはっ、そんな怒んないでよー。勿体ないから死んだ後も有効活用してあげてるんじゃん。エコだよエコ」


 彼は、確実にレオとサプナがここに来ることを知っていたのだろう。

だからわざと、二人の故郷であるパンテル村の村民の皮を仲間に被せたのだ。


 ただ煽ってこちらの反応を見たいだけ。

この殺人に、吸血種の本能である吸血欲求も、繁殖欲求も関係ない。

あくまで趣味の殺しだ。


 そして確実に、間違いなく、この所業は精神的なダメージを与えることに成功した。


 今にも泣きそうなサプナに向かって、父親の姿をした吸血種が真っ直ぐ突っ込んでくる。

それに続いて、他の者たちも脇から飛び掛ってきた。


 サプナの前にバルーが躍り出て、攻撃を全て受け止める。

そして、わざと弱い力で受け流した。


「何をしてるのよ!」


「……ダメなんだ!反撃できない!」


 ナーデルはわけが分からず、困惑している。

それを見かねたレオが、戦っているバルーに代わって口を開いた。


「この者たちの中に、操られた状態の『人間』が含まれている」


「なんですって……! そんな……!」


 少女人形は絶句する。


 人間を殺せば、ダンピールは処刑されてしまう。

迂闊に手出しできない。


 バルーがナーデルの前に歩み出る。


「僕たちの血を使おう」


 そう言いながら首を晒す。


「ナーデルの髪と、パンテルの爪の新機能を使って、相手に血を注入するんだ」


「……確かにそれなら」


 人間であれば洗脳が解け、吸血種であれば倒すことが出来る。


 飼い主はその意見に賛同しながら、飼い犬の首に噛み付いた。


「あぁ……」


 バルーは一瞬恍惚の表情を浮かべる。

緑の瞳が赤く染まってきた。

掛けている丸眼鏡は口輪の形に変形し、上半身が拘束される。


「な……ーでる……」


「!?」


 普段飢餓状態の時は、一切言葉を話せなくなるバルーが、ナーデルの名を呼ぶのを聞いて、全員驚愕する。


 しかし、今はそこに反応している余裕がない。


「……とりあえず、レオも同じようにやってみて頂戴!」


「分かった。パンテル、頼むぞ」


 灰色の豹が躊躇なく主人の腕に噛みつき、そのまま血を飲んだ。


 失血していくレオの黒い瞳も赤く染まり、上半身が拘束される。

しかし、戦闘能力に特化していない彼は、飢餓状態になっても強さに変化は無いようで、そのまま床に突っ伏してしまった。


侯爵(マーキス)!」


「大丈夫だ。……パンテル、やることは分かっているな?」


 普通の状態と変わらぬ口調で話しながら、相棒に指示を出す。


 サプナはレオを心配しつつも、向かってくる者に銀弾を投げたり、ワイヤーを使って応戦する。


「行くわよ!バルー!」


 指示を受けたバルーは、壁に向かって跳躍した。


 ナーデルは髪の先端を幾つも尖らせながら、高い位置から敵目掛けてそれを飛ばした。


 阻止しようと前に出た公爵(デューク)に向かって、パンテルが飛び掛かる。

しかし、それは避けられて、後ろに居る吸血種にその鋭利な爪が刺さった。


 ナーデルの髪とパンテルの爪の効果はてきめんだ。

悶え苦しむ吸血種と、我に返り、皮を捨てて逃げ出す人間に二分化されていく。


 公爵(デューク)は我に返った人間に向けて、再度操ろうと血呪いを指先から発射したものの、ダンピールの血の影響で意味を成さず、そのまま逃げられてしまった。


「なるほど、そうやって対策してたのか。ダンピールの血って思ってたより便利だなー」


 追いこまれている状況にも関わらず、楽しそうに笑っているのがかなり不気味だ。


 仲間たちがどんどん倒れていくのに、気にする素振りが一切見られない。

他人への共感力が皆無に等しく、自分が楽しければそれでいいのだろう。


 公爵(デューク)は飛んでくる髪の毛を避けながら、「今の惜しかったじゃん!」などと囃し立てた。



 ナーデルとパンテルの活躍により、公爵(デューク)以外の者たちは完全制圧出来た。


 地面に倒れている人々を見ながら、サプナは下唇を噛んでいる。


「ナーデルオネエサン! 周りに操れそうな人間はいない! 頼む!」


 身体を支えられながら叫ぶレオの声を合図に、ナーデルはバルーの口輪を外した。


 一瞬で距離を詰める。

男はその速度についていけず、避けられない。

バルーはそのまま公爵(デューク)の腕に噛み付いた。


「……やばっ」


 さすがに焦ったのか、身体を軟体化させて、近くにあった排水口の中に退避しようとする。


「卑怯者!」


 それを見たサプナは叫びながら、銀弾を公爵(デューク)の脚に突き刺した。


「痛ってー!」


 悲鳴はあがるものの、相手は動きを止めること無く、そのまま排水口の中へと完全に入り込み、この場を去ってしまった。


「……」


「なー、でる、なーでる……」


 バルーがヨタヨタと揺らめきながら、自分のトランクへと近づいていく。


 ナーデルはその中から髪の毛を使って血液バッグを取り出し、そのまま彼に飲ませた。


 喉仏を上下させながら中身を飲み干したバルーの瞳の色は、赤から緑に戻り、服の拘束も同時に解除される。


「……なるほど。この様子だと、公爵(デューク)に逃げられたみたいだね……」


「どうして飢餓状態なのに話せたの?」


 ナーデルに尋ねられたバルーも完全には理解できていないのか、首を傾げて考えている。


「血呪いの蓄積が関係してる……のかな? まあ、ナーデルのことしかまともに認識できてない気がするけど」


 そう言われたナーデルは、少し恥ずかしそうに顔を伏せた。



 そんなやり取りの脇で、サプナは父の皮を被ったまま倒れている吸血種の隣に座り込んでいた。


 指先でその遺体に触れる。


 いつも優しい、手先が器用なお父さん。


 彼を救う為に身を尽くし、ジルヴァ教に潜入までしたのに、結果はあまりにも無情だ。


 母も父も、あんな快楽殺人犯に弄ばれて殺される為に、この国に移住してきたわけではない。


 かといって、銀細工師として成功していたわけでもなく、貧乏暮らしの中、サプナを育てあげることに人生を捧げていた。


 そんな娘のサプナも、両親の敵討ちのために長年教えてもらっていた銀細工師の仕事を辞めてしまった。


 彼らが教えてきたことはどこにも、何も残っていない。


「両親の……、人生は、なんだったのでしょう」


 エイブもそうだ。

公爵(デューク)に操られて、恋心を利用され、人格まで破壊されて、多くの者から勘違いされたまま死んでいった。


 村民たちもそうだ。

殺された者は何も残さず、誘拐された者は尊厳を破壊された上に生皮を剥がされてオモチャにされ、生き残った者は故郷に帰れず、何を信じればいいのか分からなくなっている。


 彼らが、何か憎まれるようなことをしたのか?

誰かを傷つけたのか?

こんな風に弄ばれる正当な理由があるのか?


「うっ……ああぁああああああぁああッ!!」


 地の底から響くような慟哭。

あるわけがない。

あるはずがない。


 連中はただ面白がっているだけだ。

蟻を踏み潰して笑っている子どものように。


「お父、さん! ……お母……さん……! エイブ……! もう、いやあぁああああっ!」


 発狂するのに理由が必要なら、もう十分だ。


 いっそのこと頭がおかしくなってしまった方が気が楽になれるかもしれない。


 サプナはただ、大声で吠えた。



 感情表現が乏しい彼女が泣き叫ぶ姿を見ていたバルーの頬にも、涙が流れた。


 今は何も言えない。

彼女に掛けられる言葉がない。

サプナのことが大好きなナーデルですら、何も言えなくなっている。


 そんな彼らの横を、レオが風を切るように通った。

そのままサプナの隣に腰を下ろし、肩を抱き寄せる。


自分(ジブン)は、君のご両親が作るアクセサリーが好きだった」


 どこか遠くを見るような視線。

彼はサプナの両親のことをよく知っている。


「……銀製だから、普段身につけることは叶わなかったが、ずっと部屋に飾っていたのだよ。……見たことがあるかね」


 修道女は首を横に振った。


「許される時が来たら、いつか一緒に見に行こう」


 落涙と身体の震えは、少しだけ治まった。


「それから、……二人が居たから自分(ジブン)は君に会えたんだ。……彼らの人生に、何の意味もなかったかのような言い方はしないでくれ」


 その言葉を聞いて、何度も頷く。


 両親のことを、息子や娘のように感じているレオの言葉だからこそ、胸に沁みた。


「すみません……。もう、大丈夫……です」


「無理をすることはない。この後のことは自分(ジブン)たちに任せたまえ」


 サプナは首を横に振って、親の仇が逃げ去った排水口を睨みつけた。


「行かせて……下さい。あの男を、この手で、殺したいのです」


 その物騒な宣言を、誰も咎めることが出来ない。


「……そうだな。自分(ジブン)も……、同じ気持ちだ」


 地面に横たわる、皮だけの遺体を見る。


 レオは、まるで我が子を失ったかのような、痛烈な表情を浮かべていた。


 ヘルターに関する儀式を取り仕切っていた厳格な僧侶。


 小さな定食屋を経営していた気立てのいい夫婦。


 子どもたちに勉強を教えていた優しい教師。


 一年掛けて様々な野菜を作っていた朗らかな老人。


 彼らが何をしたというのか。


 ただ偶然パンテル村で生まれ、平和な日常を何気なく過ごしていただけなのに。


 どうして死んでまで、辱めるようなことが出来るのか。


「倒そう。絶対に」


 バルーは涙を流しながら、力強くそう宣言した。

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