④父との再会
馬車が停車し、終わりの合図をする為に恋人の額へと唇を落とす。
バルーは自分のシャツのボタンを、慣れた手つきで閉め始めた。
それを名残惜しそうに見ているナーデルに微笑みかける。
「もう着いちゃったの……?」
「そんな顔してたら二人にバレちゃうよ」
ナーデルは緩みきった自分の顔を両手で叩き、乱れたドレスの裾を直した。
「そっか。まだ足りないか」
悪戯っ子のようにそう言うバルーに、ナーデルは髪を撫でつけながら睨みを利かせた。
「続きは帰りに、ね」
ちゅっと音を立てて口付けすると、彼女は顔を真っ赤にして眉を寄せ、コクコクと恥ずかしそうに頷いた。
馬車を降りる。
先に降りていたレオとサプナの距離が、いつもより近い。
「あらっ!二人もいい感――、」
「おまぬけ!」
ナーデルは髪でビシバシとバルーを叩き、無理矢理黙らせた。
顔中火傷まみれになる彼を見たレオは、口角を引き攣らせている。
「こうなるから銀には触らない方がいいよ」
「……それに関しては問題ない。吸血種も触れれば火傷をするから、昔からよく気をつけている」
「それは、とっても偉いね!」
「偉いかね? 確かに自分は『侯爵』だが……」
掛けられた言葉について考え過ぎる男と、話し相手を子ども扱いしてしまう男。
別方向に天然気質の二人を見て、女性陣はジト目になってしまった。
気になるものでも見つけたのか、レオが首を傾げる。
「ところで、随分とネクタイが歪んでいるぞ」
「え」
バルーが自分の服を見下ろす前に、ナーデルが即座に飛びついて直す。
「ありがとう!」
「この……っ、迂闊にも程があるわ……」
二人の不自然な態度を見て何かを察したサプナは、更に目を細めて、呆れるようにバルーとナーデルを交互に見た。
そのことに全く気がついていないレオは、マイペースに周辺を見回している。
「ところで、今夜オークションが行われるという会場は、この近くなのだろうか」
「……ええ。ダンスホールがある大きめの施設みたいね。表向きは社交パーティーということになっているそうよ」
レオは初めての任務に緊張しているのか、何処となく不安そうな顔をしている。
「大丈夫……ですか?」
「あ、ああ」
どぎまぎする二人を見ながら、バルーはにっこり笑った。
「バルーお兄さんの鼻だけじゃ、吸血種を見つけるのでやっとだ。レオくんの力を見せてくれるかな?」
そう言われたレオは自分のトランクを開いて、子猫のようなサイズのパンテルを抱き上げた。
「ええっと……、探せるか?」
公爵を探したいという気持ちが伝わったのか、パンテルはすごい速さで駆け抜けていってしまった。
「……これでいい、のか?」
「目を閉じたら、パンテルと感覚を共有出来るんだって」
「試しにやってみたら?」
機械に疎いレオは戸惑いながらも、言われた通り目を閉じた。
小さな身体が街を駆け抜けていく。
レオの索敵能力まで共有されているのか、パンテルが嗅いでいるであろう香りや音も、全てこちらに伝わってくる。
目を開ける。
頭が揺れるような感覚がした。
「これは……、慣れないと酔いそうだ」
「まあ、ずっと見ていないといけないものでもないから、休み休み使っていきましょう」
「そうだな……」
レオは大きく息を吐いて、自分たちの周辺の状況に集中した。
「……集団が……近くにいるな」
「吸血種?」
「いや……、人間だが……」
曲がり角から複数の男女が現れ、こちらの方に向かってくる。
バルーはナーデルを隠しながら、何事もないふりをして彼らが通り過ぎるのを待った。
「おい。見慣れない顔だな」
集団の中から、一人の男がこちらに向かって声を掛けてくる。
「こんにちは」
笑顔で挨拶すると、男が前に出てきて、手に持っていたキーホルダーとバルーの顔を見比べ始めた。
「お前」
「じゃ、お兄さんたちはこれで」
バルーはトランクを掴み、レオとサプナを手招きしつつ、この場を去ろうと一歩踏み出す。
「ちょっと待て。お前ダンピールだろ?」
その質問に対して首を横に振ろうとしたが、彼らが持っているボードの方に視線が吸い寄せられてしまった。
『ジルヴァ教は人間を化け物に食わせている!』
『ジルヴァ教は人間の敵!』
『ダンピールは兵器だ! 排除しよう!』
バルーは悲しげに目を伏せた。
どれだけ怪物扱いを受けようと耐え続けてきた彼にとって、これらの言葉は心を傷つけるのに十分だった。
ダンピールになってしまった二人ほど、人間に対する愛が深い者はいないだろう。
『兵器』だと糾弾されている彼らが、誰よりも命を張っていることを、一般人は知らないのだ。
「ただの人違いですよ」
作り笑いを浮かべ、彼らの前を通り過ぎようとする。
「!」
突然脇腹に痛みが走った。
視線を下ろして見えたのは、赤。
「……ディートバルト……司……祭!」
「バルー!」
サプナとナーデルが声を上げる。
ナイフが深々と刺さっているその姿は、あまりにもショッキングだった。
バルーは少し悲しそうな顔をしたまま、刃物を身体から引き抜いた。
傷は即座に再生し、出血も止まる。
「こいつ……やっぱり……!」
バルーは落ち着いた様子でナイフに付いた血を自身の服で拭い、持ち主に手渡した。
「人生は一度きりなんだから、もうこんなことをしてはいけないよ」
「この……化け物……!」
彼らはナイフを受け取ることなく、脱兎のごとく逃げ出した。
いつになく暗い顔で地面を見ているバルーに、コートの中に隠れたままのナーデルが頬を寄せる。
バルーは急に笑い出した。
「あはは! マジックみたいでしょ! バルーお兄さんはこの通りへっちゃらだから、気にしないで!」
サプナとレオが互いの顔を見合わせる。
「いや、辛いなら辛いと言えばいいのではないか?」
真正面からしか物事を考えられないレオは、真っ直ぐバルーを見据えながら、事もなげにそう言った。
「……あー……、うん。そうだね」
美しき司祭は彼らに背を向けて、流れる涙を袖で拭った。
「僕、頑張ってるつもりなんだけどね……。伝わらないのは、結構寂しいよね……」
泣いている姿を見せないようにしているが、涙声のせいで全く隠せていない。
「お義父さんがいつも優しくしてくれるから。世間での僕への評価、勘違いしちゃってたみたい」
ナーデルも泣きそうな顔をしながら彼にしがみついている。
「……バルー。わたしたちはおまえが頑張ってること、全部知ってるわよ」
「うん。ありがとう」
鼻をすすり、サプナとレオに笑顔を向ける。
まだ目や鼻の辺りが赤いが、気持ちの切り替えは出来たようだ
「自分が思うに、公爵の洗脳能力が絡んでいると思う」
「そうなの?」
「本当に僅かだが、先程の者たちから薄く血呪いの香りを感じた」
バルーはそれを聞いて少し笑った。
「なんだ。じゃあ仕方ないね」
「仕方あるだろう。ダンピールでも刺されたら痛いからな」
レオの真っ直ぐすぎる言葉に、一拍置いて吹き出してしまう。
事実を並べられただけなのに、何となく救われたような気がしたのだ。
「ありがとう。レオくん」
バルーの礼に対し、彼は疑問符を浮かべる。
「それは何に対する礼かね?」
「侯爵さま……、明るい……空気に、して下さった……お礼でしょう」
代わりに答えたサプナの言葉も上手く伝わらなかったようだが、レオはそれ以上突っ込んでこなかった。
「ワウッ」
足元に突然駆け寄ってきたのはパンテルだ。
探索から戻ってきたらしい。
「どうした?」
尋ねると、レオの頭の中に映像が流れ始めた。
上位種の肉の塊が、地面に落ちている光景が見える。
「パンテルが上位種の肉を見つけたようだ」
「じゃあ、やっぱり人身売買に公爵が絡んでる可能性が高いかもね」
「その場所まで連れて行ってくれるか?」
パンテルはレオの指示を聞いて、颯爽と走り出す。
一同もその後ろからついていく。
豹は時々立ち止まって、主人たちがちゃんと付いてきているか確認し、また走り出した。
彼らは細い道に入り、建物の間を通っていく。
「……確かに、近いな」
「匂う?」
「ああ……、しかし、これは……」
気になることが起きたのか、レオは後ろを振り返った。
「まずい!」
「えっ?」
後ろから何者かの手が伸びてくる。
近くにいたサプナが鷲掴みにされ、腕をギリリと強く握られた。
「……サプナ!」
敵の手の爪先は赤黒く、血呪いが含まれていることが一目で分かる。
しかし、サプナは即座に自身の銀弾を握って、相手の腕に突き刺した。
「……なぜ……効かない!?」
「だから言ったじゃーん。対策されてるってさ」
軽薄そうな口調。
ダークブラウンの短い髪に、青い瞳の、背が高い男が立っている。
サプナは彼を見て、激しい怒りの表情を浮かべた。
「もしかして、あの時の女の子? 喉治ったんだ! よかったね!」
「公爵!」
素早く接近し、注射器型の銀弾をその皮膚に突き刺そうとするが、すんでのところで避けられる。
「……あれ、侯爵? 前と匂い変わってんね。何かした?」
「……」
レオはパンテルに指示を出し、公爵の横に居た男の頭に噛みつかせた。
その素早さに対応出来なかった男は、血を噴き出しながらその場に倒れる。
「すごいすごい! よく出来た機械だ! おじいちゃんなのによく使いこなせてるね!」
「どういうつもりだ……」
拍手をしてこちらを賞賛する公爵。
この後どう出るか分からず、全員身動きが取れない。
相手は人間も吸血種も操ることが出来るのだ。
盾にするために人間を呼ぶ可能性もあることから、バルーも安易に動けない。
「公爵。お呼びですか?」
彼の後ろからぞろぞろと、十人程の男たちが現れる。
「ウッ……」
「なんだ……この臭い」
バルーとレオが鼻を押さえるのを見たナーデルが、代わりに臨戦態勢を取る。
「お父さ……ん?」
サプナが声を震わせながら呟くように言った。
視線の先に、男が立っている。
「サプナ」
父は真っ直ぐサプナに向かって近づいてくる。
「その人は……!」
レオの叫びを聞いた彼女は、一歩後ろに下がった。
「誰……ですか。あなた……」
男はにんまりと、不気味に口角を上げた。




