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銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第七章 喪失のベッサー

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②彼らなりの密事

「あら、何かしら?」


 ナーデルが声を上げ、自動筆記タイプライターに駆け寄る。

千切り取った紙に書かれた内容を見て驚いたのか、目を丸くしている。


「どうしたの?」


「お父さまったら、銀弾の製作依頼が入ったから、第八教区(ベッサー)に行けないんですって」


「あらっ、珍しいね。地下牢配属になってからは、全然依頼来てなかったのに」


 ナーデルは口元に手を添えて、何かを考えるような仕草を見せた。


「どうしたの?」


「……あ、いいえ。何でも無いわ。緊急時はわたしから遠隔で映像を飛ばせるようにしてくれたから、それで連絡しろって。頻繁には出られないみたいだけれど」


「そっか。人気者は大変だよね」


 そんなバルーの言葉に対し、彼女は取り繕った笑顔を向ける。


 嫌な予感がする。

そんな考えを隠すように。





 ダンピール専用の、監獄仕様の馬車が二台彼らの前に停まった。


 四人は珍しく、ジルヴァ教の制服を着ていない。


 第八教区のベッサーは、上流階級層がよく来る観光地だ。


 オペラ座や舞台、ダンスホールなど、品のある演目を楽しめる施設が多くある。

建物にも深い歴史があり、世界遺産として登録されているものもいくつかあるくらいだ。


 ジルヴァ教へのデモ活動が盛んな今、いつもの服では目立ちすぎる。

任務地であるベッサーの雰囲気に合う、上品な服を着ることになった。

もちろん二人のダンピールの服には、飢餓状態時に拘束する機能が搭載されている。


 バルーとレオは、シルクハット、スーツ、フロックコートに革靴といった、定番の紳士服を上手く着こなしている。


 スーツの色はそれぞれ違い、バルーは茶色い髪色と緑の瞳に似合うカーキ色。

レオは猫のような黒い髪と瞳に似合うグレーだ。


 サプナは丈が短い上衣とロングスカートが分かれたネイビーカラーのドレスで、ショールも付けている。


 細い腰が顕になっており、彼女の両親が元々住んでいたという国の、エキゾチックな雰囲気が感じられるデザインだ。


 この服はデザイン性のみでなく、戦闘にも適応する為、タイトなロングスカートには深いスリットが入っており、いつも太腿に付けている銀弾が手に取りやすい仕様になっている。


 ナーデルは普段トランクに入っている為、特に着替える必要は無いのだが、人形好きの修道士が彼女の為にドレスを繕っていたので、折角だからと着ることになった。


 バルーの服の色に合わせた淡い緑色のふんわりしたドレスには、白いフリルがふんだんに使われている。

同じカラーの可愛らしいボンネットも相まって、いつも以上に人形らしさが際立てられている。


「サプナさんはどこに乗るの?」


「シスター・アートマーは、アウザーヴェルテ氏が乗る方の馬車に仕切りを付けておきましたので、そちらにお乗りください」


 それを聞いたレオは、頬を赤く染めながら小さく手を挙げた。


「それは、大丈夫なのかね? 一応自分(ジブン)もダンピールなのだが……」


「問題ありません。力に関しては普通の人間と変わりありませんから」


 そう言われたレオは『非力』扱いを受けたと考えたのか、少しショックそうな顔をした。

サプナの前で格好が付かず、恥ずかしくなったようだ。


侯爵(マーキス)さま、よろしくお願い、致し……ます」


 淑やかな優しい声で挨拶するサプナを、レオは夢見心地な表情で眺めながら、小さく頷く。


 視線が重なり、互いに頬を赤く染めながらモジモジした。


「なんかダブルデートみたいだね!」


 楽しそうにそう言うバルーの帽子を、ナーデルがバシッと叩いて、無理矢理自分たちの馬車まで引っ張っていく。


「最近よく叩くね! 僕おばかになっちゃうよ!」


「それならもう手遅れよ! おまぬけ!」


 そんな声を聞きながら、レオは恥ずかしそうにしつつも、サプナの手を取った。


「その……、自分(ジブン)たちも行こうか」


「……はい」


 エスコートしながら、馬車に乗り込む。


 この甘ったるい空気をこれ以上吸いたくないといった様子で、牢番はさっさと二組の馬車の扉を厳重に閉めた。





「まったく……、もう少し空気を読みなさいよ!」


「だってあの二人、こっちが仕掛けていかないと、らぶらぶな雰囲気にならないんだもん!」


 それを聞いたナーデルは、分かりやすく大きなため息をついた。

これは、あまりにもお節介が過ぎる。


「おまえには二人が可愛いらしい子ども同士のカップルに見えているのかもしれないけれど、実際は大人なのよ」


「うん! それは知ってるよ!」


 あっけらかんとした返答。

再度ため息が漏れる。


「わたしたちが何かしなくても、本人たちの方で上手くやるはずよ……」


「えー?そうは見えないけど……」


 バルーはそう言いながらトランクを脇に置き、ナーデルを膝に乗せた。


「じゃあ、()()()()()のナーデルさんならどう上手くやるのか、参考までに見せてくれる?」


 耳元に口を寄せ、囁くように言う彼に、少女人形は硬直した。


 彼のスイッチはよく分からない。

自由奔放で子犬のような性格の彼は突如として鳴りを潜め、大人の男性の色気を放ち始めている。


「ん……、んぅ」


「おまえ……何し……」


 はむはむと耳を甘噛みされ、舌でなぞられる。


「こ、の……、やめ……」


「ふぅ……」


 息を吹きかけられ、くすぐったさに身体が硬直した。


「ほらほら、どうしたの?」


「こういう時だけ……、積極的なんだから……!」


 バルーは蠱惑的に微笑みながらも、愛おしそうにナーデルの頭に頬ずりした。


 銀で出来た髪が触れ、肌に火傷が出来る。


 それでも躊躇うことなく、頬ずりしながら彼女の顔のあちこちに、何度も唇を寄せた。


「危ないから、もうやめなさい」


「意地悪」


 鼻先にキスしながら、バルーは手で火傷の痕を揉んだ。

傷はすぐに消え、綺麗な状態へと戻る。


「……久しぶりに手足を動かせる状態で二人きりになれたんだよ? そろそろお利口にしてたご褒美を貰ってもいい頃でしょう?」


 その言葉を聞いたナーデルは口を尖らせつつも、恥ずかしそうに小さく頷いた。


「ふふ。嬉しい。……その服も、よく似合ってるよ」


「あ、ありがとう」


「でも、すごく腹が立つよね」


 バルーがドレスの中に右手を差し入れると、いつも強気な彼女が可愛らしく「ひゃっ」と声を上げた。


「これを作った人は、ナーデルに着せたら可愛いだろうな、って妄想してたんだよね?」


 左手で彼女の小さな顎をクイッと上げる。

うるうるする大きな瞳と目が合った。


「あーあ……」


「バルー……?」


「妬けてくるよ」


 執着心に支配された野性的なキス。


 人間だったら呼吸困難になってしまうような苛烈さに追い立てられて、身体が震える。

それでも彼女は一切抵抗しない。


 溺れているのはナーデルも同じだから。


 こんな自分勝手な恋人の、醜い独占欲を全身で受け止めている健気さが、どうしようもなく愛おしい。


「はぁ……」


「ん、ちゅ……」


 舌を離すと、ナーデルは即座にそっぽを向いた。


「妬くこと……ないじゃない」


「……ん」


「わたしはおまえのもので、おまえはわたしのものなんだから」


 そう言われたバルーは暫し沈黙し、にっこりと微笑んだ。

しかし、その額には青筋が立っている。


「ねーえ、ほんとにさ……人がどれだけ我慢してるか、分かってる?」


 怒っているような口調に驚いて、少女人形は真っ直ぐ彼を見上げた。


「え? な、何を……」


「言わないと分からない?それとも分かってて虐めてるの?」


 バルーはナーデルを抱え、再度膝の上に座り直させた。


「!」


 ぐりぐりと身体を押し付け、まざまざと理解らせる。


 ナーデルの体内にある血呪いが反応して、全身真っ赤に染まった。


 バルーが男であることを忘れていたのか、そもそも詳しくないのかは分からないが、たった今恋人の身体の変化に気がついたようだ。


「大丈夫、僕はナーデルを穢したくない。その気持ちはずっと変わってないよ」


 そう言いながら、ゆっくりと優しく抱え直す。

しかし、彼女はどこか切なげな、心配そうな表情を浮かべていた。


「ナーデルが人間じゃないってこともちゃんと理解してるし、怖いことはしないから安心して」


「バルー……」


 少しだけ期待するような顔をする彼女の額に、優しく唇を落とす。


「もう……、煽ったらダメだよ」


「だって……、よく分からないけれど、辛いんじゃないの……?」


「僕のことはいいの。こうしてるだけで幸せなんだから」


 先程までとは打って変わった様子で、バルーは優しくナーデルの頭を撫でた。


「いっそのこと、ダンピールになった時に、こういう機能も消えちゃえば良かったのにね。余計な本能は残してくれちゃって、何だか困っちゃうよね……」


 バルーは自身の中に眠る情欲を一旦は受け入れたが、それでも完全には恐怖を拭えていなかった。


「ダンピールとしての本能は……、何を求めているの?」


「え?」


 折角降ろしたのに、今度は自分から膝の上に乗ってくる。

真剣な顔でこちらを見ている彼女と目が合い、彼は口を噤んだ。


「だから……、『人間』としてが無理なら……、『ダンピール』は何を……してもらえたら嬉しいのかしらって……」


 基本的にこういった行為に関しては、完全に受け身のナーデルの方から、進んでそう言ってくれたのが嬉しくて、興奮のせいか呼吸が荒くなる。


「はぁ……、はぁ……」


 頭がおかしくなりそうだ。

ナーデルのことが好きで好きで好きで好きで好きで、まさか、彼女の方から触れようとしてくれるなんて。


「……噛んで……っ」


 余裕のない声が出てしまった。

でも、もう取り繕えない。



 僕はナーデルの犬だ。



「お願い……!」


「どこを噛んでほしいの?」


 形勢逆転。


 指先が喉をツー、と艶めかしく辿る。


 ナーデルは身体が小さく、人間ではないかもしれないが、中身は完全に大人の女なのだ。


 愛する人の懇願する姿が愛らしくて、ついつい意地悪したくなる。

そんな顔だ。


「色んなところを……、全部……! 早く」


 今までしてやられてばかりだった飼い主は、舌なめずりして口角を上げた。


「……食べて……!」


「お父さまの忠告通り、激しくはしないからね」


 そう言いながらナーデル自ら、バルーのネクタイを緩め、シャツの襟を寛げる。


 飼い犬はその光景を、期待と興奮が綯い交ぜになったような表情で見下ろしていた。

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