①新しき銀弾
自動筆記タイプライターが独りでに動き、チーンと音を立てて止まる。
マルクは手に持っていた工具を置き、千切った紙に書いてある内容に目を通しながら、冷めたコーヒーを啜った。
例のキーホルダーに入っていた白い物体の正体が、おおよそ特定出来たという文章を見て、背筋を伸ばす。
『例の物質は、上位種の肉体の破片とみられる。以降、『上位種の肉』と表現する。これを吸った吸血種及び後天性吸血種は、直接触れられた時と同じ状況になる為、強制的に吸血種の命令を聞くことになるが、これはダンピールの血で対処可能である』
マルクは二枚目の報告書に視線を移した。
『このことから、保護下にある後天性吸血種に対し、強制的な血清接種が決定した。また、ダンピールの血に含まれる抗原からワクチンも完成した為、聖職者にはこれを接種してもらう』
「まあ、それがいいだろうな」
マルクはまたコーヒーに口を付ける。
『保護施設内で発生した事件については、上位種に操られていたことが明確になった為、処分はしない運びとなったが、先日の報道の影響で、世間では教会に対するデモが発生している。この件を知られれば、どのような反応があるか分からない。また、吸血種や後天性吸血種に対する恐怖感も増している』
眉を顰め、指で額を揉む。
エイブの死は、ジルヴァ教に痛恨の一撃を与えた。
問題が山積みで、頭が痛くなる。
『例のキーホルダーの出処であった出版社にて、聖職者四人が爆破テロにより殉教したことは記憶に新しいだろう。各自、より一層気を引き締め、警戒を怠らぬよう』
マルクはこんな時もバルーのことを考えていた。
吸血種への恐怖だけではない。
世間ではダンピールへの恐怖も増している。
対吸血種では最強の彼でも、人間が敵に回れば何も出来ない。
もし、あの子が殺されるとしたら――。
そんな考えを否定するように頭を横に振り、報告書を机の上に置く。
「あともうちょい」
そう言いながら作業台に戻り、火花を散らしながら、銀弾の調整を進めていく。
「そろそろ来るだろう」
「そう……ですか」
「次の任務は、一緒に行けるだろうな」
「……は、はい」
顔を真っ赤にしたまま会話をする二人のもとへ、銀弾を運んできたマルクは、気まずさで苦笑した。
「マルクオジサン。早かったな」
「まあな。俺は天才なんでね」
そう言いながらウインクすると、レオがふむ、と顎に手を添える。
「天才。生まれたときから機械に詳しかったのだろうか」
「ん?」
「自分は年寄りだから最新機器のことはよく分からん。マルクオジサンの技術がどう凄いのかもよく分かっていないが、周りの者はよく褒めているようだな」
レオは生真面目であるが故に、どこか少し抜けている。
マルクがジョークのつもりで言った『天才』という言葉について真剣に考えているようだ。
少し笑いつつも、そのまま突っ込まずに素直に受け入れることにした。
「それは、まあ、嬉しい話だな」
「先日も近くの研究室で――」
「侯爵さま……、アンヒューラー司教が、困って……おいでです」
サプナに止められ、レオは口を押さえた。
マルクは照れたように頭を掻く。
「いや、良いんだ。褒めてくれてありがとうな」
礼を言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「銀弾が完成したぞ。バルーとナーデルにも見てもらおう」
「移動するのか?」
「いや、映像を繋ぐ機械を試験的に作ってみた。あまり映像が綺麗じゃないし、外じゃまだ使えないんだがな」
そう言いながら、マルクは折りたたまれた小さめの機械を三脚のような器具を使って立てた。
「おーい、聞こえるか?」
『えっ、これ、ここ?』
あたふたしている二人が見え、つい口元が緩む。
『おまぬけ! ここを見て話すのよ』
『お義父さーん、見えてるー?』
バルーはいつも通り椅子に拘束されながらも、そのことを気にする様子もなく、ニコニコしながらこちらを見ている。
映像は粗いものの、ちゃんと機械は作動した。
『あらっ、レオくんは座らされてないんだ!』
「お前は怪力だからな……」
『あっ、ごめんね! 困らせるつもりじゃないんだ。僕はナーデルと一緒に居られて幸せだし、言うほど辛くないよ』
ナーデルが照れ顔のまま、彼をバシッと叩く音がこちらまで伝わってきた。
「……本題に入るぞ」
『そうね。そうして頂戴』
マルクは持ってきていたトランクを開いた。
その中には灰色の猫のような形をした機械が入っている。
「レオが血呪いで黒豹のような生き物を作っていたのを参考にした」
よく見ると猫よりも耳の先が丸く、顔が細い。
豹の特徴が当てはまる外見だ。
『わあ! かわいいね!』
「ありがとう。こいつは牙と爪が銀製だ。レオの血を吸うことで硬化したり、相手の体内に血液を注入出来るようにした」
『ああ、その機能、わたしの髪にも付けてくれてたわよね』
ナーデルの言葉にマルクが頷く。
「ダンピールの血が吸血種に有効だと判明したからな。レオの血にもちゃんとバルーが蓄積した分の血呪いが含まれていたから、同じように扱うことができるぞ」
レオは真剣な顔でその説明を聞いている。
灰色の豹はまだトランクの中に横たわっているが、撫でたくてうずうずしているようにも見える。
「レオの能力が戦闘向きじゃないこともあって、こいつもどちらかと言うと索敵や移動向きだ」
マルクはそう言いながら、みんなが見やすいようにトランクを少し持ち上げる。
「限度はあるが、身体の大きさを変えられるようにしてあるから、背中に乗ったり、影に潜ませることが可能だ。レオと感覚共有もしておいたから、目や耳を借りたり、考えたことが直接伝わるようにもなっているぞ」
抱きあげる。
灰色の豹は驚いたのか、目を丸くして正面にいるレオのことを見た。
「ほら、触っていいぞ」
外見は動物に近いが、やはり身体に触れてみると、その硬さから機械であることはすぐに分かる。
しかし、毛を撫でるレオの顔は穏やかで、少しだけ心が落ち着いたように見えた。
「名前はレオが決めていいからな」
彼は少しだけ考えるように目を閉じ、口を開いた。
愛する人々。
生まれ育った故郷のことを忘れないように。
「パンテルだ」
レオに抱きかかえられた豹型の機械は、猫のようにのんびりと欠伸をした。
「話は変わるが、次の任務の説明をしても問題ないか?」
『もちろん』
「お願い、しま……す」
マルクは持ってきた書類がみんなに見えるように広げた。
「第八教区のベッサーで、人身売買が行われているらしい」
「なんだと……」
人間を愛するレオは、マルクのその言葉に眉を顰めた。
「『クランプス』と呼ばれる犯罪組織が関係していると言われている。人身売買オークションが行われた後、購入者周辺で失血死事件と行方不明事件も頻発しているようだ」
その説明を聞いたバルーが悲しそうな顔をする。
『もしかして、捕まえた人を後天性吸血種にして売ってるってこと?』
その質問に頷くと、全員の表情が固くなった。
「公爵が関係なくても、被害の拡大を抑えるために討伐しないとな。被害者の救出もしないと」
『うん。サプナさんのお父さんもいるかもしれないし、がんばろう』
それを聞いたサプナが小さく頷いた。
「レオとサプナは公爵に顔を知られているから、目立たないように気をつけてくれ」
「了解した」
「かしこ……まり、ました」
そこまで説明したマルクがおもむろに立ち上がる。
「俺はアドリッヒ枢機卿に呼ばれているから、ちょっと行ってくる」
『この機械は?』
「このまま置いとく。電源は切ってていいぞ」
マルクは画面の向こうの娘たちに手を振り、そのまま機械の電源を切った。
「んじゃ、若い者同士仲良くなー」
「!」
「あ、アンヒューラー司教……!」
顔を真っ赤にして慌てふためくレオとサプナを尻目に、地下牢を後にする。
からかわれたと思ったサプナがジト目で怒ったようにその背中を睨みつけるのを見て、レオはしょんぼりするような表情を浮かべた。
そんな光景を見ていた牢番は、面倒くさそうにため息をついた。
アドリッヒ枢機卿の執務室にて、マルクを出迎えたのは部屋の主だけではなかった。
「教皇聖下!」
ベールで顔を隠している彼を見た瞬間、反射的に頭を垂れる。
「面をあげよ」
「はっ」
銀色の薄い布の向こうから、慈悲深い微笑みが覗く。
「ワクチンを、一足先に接種した」
「左様でございますか」
「試しに研究用の血呪いに触れてみたが、後天性吸血種にはならずに済んだ。とても良い出来だな」
隣に立っているアドリッヒ枢機卿がそれを聞いて冷や汗をかいている。
マルクも同様に汗が吹き出してきた。
国家元首たる教皇が血呪いに触れるなど、常識的に考えてあり得ないことだ。
「バルーとサプナにも……伝えておきます」
「それは難しいかもしれぬ」
「?」
教皇は枢機卿に指示を出し、一枚の大きな図面をマルクの前に広げさせた。
「そなたの見立てで良い。これを製作することは可能か」
「は、はい。しかし、これは一体どういう用途で……」
教皇の口元が引き絞られた。
「それは、そなたが知る必要のないことだ」
「……」
マルクは額に浮かぶ脂汗を拭うこともせず、じっと教皇の顔を見た。
「人間を守る為に、これを完成させなければならぬ」
鋭く、厳しい口調だ。
彼の考えが分からず、マルクは混乱していた。
「この機械を短期間で製作可能な者は、世にそなたしかおらぬのでな」
マルクはこの図面から、ひとつの答えに辿り着いていた。
これは殺人兵器だ。
相手がダンピールであっても、一瞬で殺すことが出来るような。
「アドリッヒ枢機卿、案内を」
「かしこまりました」
アドリッヒは隣接された部屋へ、戸惑う彼を案内する。
天井はかなり高く、石壁で出来ている。
開発室らしく、工具や土台、材料など、必要なものは全て揃っているらしい。
「例の機械が完成するまで、ここを出ることは許されない」
「なっ……」
「聖下は本気だ。命が惜しくば、反抗しないことだな」
そう言ってアドリッヒは、立ち尽くすマルクをその場に残したまま、分厚い扉を閉め、外側から何重にも鍵をかけてしまった。
その残酷な音を聞きながら、マルクは何も出来ないまま、しばらく呆然とそこに立っていた。




