⑥ダンピール
マルクがミオの方に振り返る。
「ミオちゃん。せっかく人間に戻れたばかりなのに、こんな事件に巻き込んじまって、本当にごめんな」
それを聞いたミオは驚いて目を丸くした。
「いや、これはおじさんのせいじゃないじゃん!」
「でも本当なら、今頃みんなでお祝いしてただろう」
ミオは首を横に振った。
そんなことは全く重要じゃない。
「あたしのことなんかよりも、シスターのことを気にしてあげてよ! お友だちなんでしょ!」
そう言われたマルクは驚いたような表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。
ミオは自分の胸に手を当てて、決意を固めたように口を開く。
「みんながちゃんと血清を打って人間に戻れるように、あたしが説得してみる。……そうなれば簡単に処分なんて出来ないでしょ」
「賢い子だな」
「だから、早く行ってあげて」
その言葉を合図にして、マルクは踵を返した。
地下牢に向かう前に、研究室に立ち寄る。
キーホルダーの中から検出された白い塊を、吸血種研究に携わる聖職者に渡す為だ。
「これの分析と、ミオちゃんのことを頼む。まだ廊下にいるだろうから……」
「アンヒューラー司教」
研究室の奥の方から、いくつか書類を手にした修道士が駆け寄ってきた。
慌てた様子で、息を切らしている。
「公爵と思われる者の居場所が判明したんです」
「……!」
マルクは開かれた書類に、視線を移した。
地下牢に到着した頃、床で呻きながら寝転がっているレオを見たマルクはギョッとした。
「お父さま!」
「何が起きたんだ?」
「……」
サプナが戸惑うような表情でマルクを見上げている。
「聞いてよお義父さん!」
子犬のような無邪気な笑顔で、目の前に飛び出てきたバルーに驚きつつ、彼も牢に近づく。
「……あ、う」
「え?」
サプナが慣れない様子で声を上げている。
「えっ、ええ!?」
彼女は恥ずかしそうに、今まで口を隠していた黒い布を下げた。
口元に付いていた傷痕が薄くなり、潰れていた喉がだいぶ正常の状態に戻っている。
「本当に何が起こったんだ!」
サプナが口をパクパクと動かしている。
「ア……ンヒュー……ラー……司、教」
「いや、無理して話すな」
完全に治ったわけではないようで、吐き出される空気と共に、音が出ているといった状態だ。
心配になったのか、バルーが彼女に微笑みかけて口を開いた。
「バルーお兄さんから説明してもいい?」
サプナは頷いた。
「レオくんが以前、エイブくんから御香を吸わされていたのは間違いないと思う。……さっき操られてしまって、サプナさんを後天性吸血種にしてしまったんだよ」
それを聞いたマルクは、サプナの方を見た。
彼女は痛みを感じるのか、片手で頭を押さえている。
「記……憶、な、いんで、す」
「どうやらこの地下牢に来た後のことを、忘れてしまっているみたいね」
ナーデルがフォローを入れるが、サプナは不安そうな表情を浮かべている。
自身の身に起きたことを理解出来ないのは恐ろしいだろう。
「エイ、ブが死ん……だこ、とは」
その疑問に対し、バルーが優しく頷く。
「ちゃんと伝えられていたみたいだよ。バルーお兄さんと話した時に、レオくんが言っていたからね」
「よかっ……た、で、す」
サプナはそう言って噎せた。
その背中をナーデルが軽く叩く。
マルクはまだ全容を理解出来ていないからか、片眉を上げて続きを促した。
それに気がついたナーデルが口を開く。
「わたしが血清を打って、サプナを人間に戻したの」
そう言いながら、不満げな表情でバルーを指差す。
「レオはバルーの血を飲んだせいで、ああやってぶっ倒れているってわけ」
「……それ、大丈夫なのか?」
レオを心配するマルクの前に、へらへらとした笑顔を浮かべたバルーが近づいてきた。
「ほら!毒をもって毒を制すって言うしー」
マルクは思いっきり、能天気に笑うバルーの頬をつねった。
「イヒャヒャヒャヒャ」
「お前ってやつは!だいぶ正気に戻ってきたと思ったのに、めちゃくちゃなことばかりしやがって!」
マルクは本気で怒っているのか、今度は両手でバシバシとバルーの両頬を叩き始めた。
「いたいよー! お義父さーん!」
「俺は! 保護施設で血をばらまいたことについても怒ってるんだからな!」
ナーデルは、自分とマルクの怒り方がよく似ていることに気づいて少し笑った。
バルーが痛がっているだけなのはバレバレなので、少し腹が立つが、自分まで参加することはないだろう。
「ところで、お父さまは何か収穫があったかしら?」
「ああ、……そうだな」
マルクは『バルーの血を以前吸っていた子どもたちは、バルーへの吸血欲求も出なかった』こと、『エイブから『人間を洗脳する』能力の血呪いが検出された』こと、『キーホルダーからは血呪いではなく、御香の匂いがする謎の白い物体が検出された』こと、『オカルト雑誌記者の名刺が床に落ちていた』ことを一同に伝えた。
それを聞いたサプナが小さく挙手をする。
「御香、先日、廊下で……匂い、しまし、た」
「そうなのか?」
彼女が頷くのを見て、マルクは何かを考えるように、口髭を撫でつけた。
「あのキーホルダー、流通品か?」
「そうか……他の職員が買うなりして、その匂いをサプナが嗅いだ可能性もあるのね」
マルクとナーデルの会話を聞いていたバルーは、先ほどとは打って変わって、真面目な表情を浮かべた。
「それって、外の吸血種たちが手に入れててもまずいよね。レオくんみたいに忍んでた吸血種や後天性吸血種たちも、人間を襲うようになるかも」
全員がバルーを見た。
それに焦った彼は、きょろきょろとみんなの顔を見回し始める。
「え? お兄さん変なこと言った?」
「……お前が言ってることが狙いの可能性が高くて、絶望してんの……」
そう言いながら、マルクは両手で顔を覆った。
「それが本当なら、奴ら本気で人間を殺しに来てるぞ」
みんながその言葉に、バラバラに頷く。
「バルーの血が特効薬だと分かった今、後天性吸血種だけじゃなく、人間たちもバルーの血を体内に取り込んでおいたほうがいいかもしれないな」
「ええ……、さすがに僕、出血多量で死んじゃわない?」
「これに関しては『銀の心臓』の方で、何か対策を考えてもらおう。俺は畑違いだ」
マルクは銀の心臓の一人であるサプナに目配せし、彼女も理解したように頷いた。
「この計画を立てたのが公爵と仮定して動くしかないが、奴らの居場所がおおよそ特定できたと、先程報告が上がった」
「ほんとに?」
しっかりと頷くマルクを見て、一同は表情を引き締める。
「軽く内容だけは聞いてきたが、詳細を聞いた後に任務として受諾する。だから今は――」
「マルクオジサン……?」
レオがのそりと起き上がる。
それを見たサプナが、慌てて彼の元に近づこうとしたが、本人は彼女を傷つけまいと、壁の方に這うようにして逃げた。
「サプナ! 無事なのか!」
「あ、あ、侯爵……」
声を発している彼女を見て、レオは驚いたようにあんぐりと口を開けた。
「レオくんが一時的にでも後天性吸血種にしたから、再生能力で少し治ったんだよ」
「自分が、治した……?」
レオはそう言いながら、サプナにキスしてしまったことを思い出し、耳まで真っ赤になってその場に蹲った。
事情を分かっていないマルクと、記憶を失っているサプナは、それを見て怪訝そうな顔をしている。
直接状況を見てはいないが、察してはいるバルーとナーデルは、この空気を誤魔化す為に斜め上を見た。
「何、あった、か。覚えて、なくて」
「へぁっ! そそそ、そうなのだな! あ、すまない! 何というか……すまなかった!」
これは今後も、二人揃って拗らせそうね。
と内心思っているのはナーデルだけではないだろう。
「……?」
「サプナさん。レオくんの血液検査ってすぐ出来る?」
「は、い」
理由が分からないながらも、サプナは素直にバルーの言葉に従い、レオの腕から採血した。
指が少し触れるだけで真っ赤になる侯爵にどぎまぎしながらも、手際よく作業を済ませ、持ってきていた器具を机の上に広げる。
血液の動きを確認している間も、背中に突き刺さるような視線を感じる。
集中出来ずに振り向くと、完全に蕩けきった顔の男と目があった。
失ってしまった空白の時間に一体何があったのか、何も分からないサプナも、顔を真っ赤にしながら作業に戻る。
すっかりサプナのファンになってしまっているナーデルは、そんな二人のやり取りを見て、床の上で悶えていた。
「……! 血、が」
サプナの声を聞いたバルーが微笑んだ。
全員が彼女に注目する。
「ダ、ンピール……と、同じ、動き」
「……!」
「じゃあ、レオは」
マルクがガッツポーズを作る。
ナーデルが飛び跳ねる。
バルーは静かに微笑みながらレオを見ている。
「ダンピールになったのか……?自分は」
半ば放心しながら、吸血種の能力である『血呪い』を出そうとする。
「出ない……」
ダンピール。
危うい存在であることに代わりはないが、吸血種よりはマシだ。
何よりも、教会の武器として利用価値がある。
サプナが後天性吸血種から人間に戻れたお陰で、レオがしたことについても、一旦は不問にしてもらえるだろう。
「『ダンピール』は、もしかしたらヘルターの特異体質を受け継いだ者がなるんじゃないかと思ったんだ」
バルーがそう言って、ナーデルは驚いた表情を浮かべた。
「もしかして、バルーは自分のルーツが『アウザーヴェルテ』にあると思っているの?」
「うん。母は男遊びが酷かったようだし、僕が誰の血を引いているのか、よく分からないからさ」
笑いながら言うような話ではないが、バルーは全く気にする様子もなく、そう言ってのけた。
「バルーお兄さんの話はどうでもいいんだ。調べる気も無いし、興味もない。今大事なのは、レオくんがダンピール仲間になってくれたことが、嬉しいってこと」
レオは戸惑いながら、差し出されたバルーの手を握った。
「『嬉しい』……?」
「うん。レオくんはとても良い子だから」
卑屈で頑固なレオだが、バルーの言うことなら、素直に受け入れられるような気がする。
握る手に少しだけ、力を込めた。




