⑤子どもたちとマルク
ミオは事件を解決する為に、何でも協力しようと気合十分だ。
そんな彼女の真剣な顔を見たマルクも、その気持ちを素直に受け取ることにした。
「俺からも協力をお願いしたい。……さっきは俺の妻が驚かせて悪かった」
ミオはその言葉に対して、にっこり笑ってみせた。
「全然大丈夫だよ! おじさんこそ怪我はない?」
「全然大丈夫だ! バルーが助けてくれたからな!」
この男は本当にバルーのことを大切に思っているのだろう。
ミオは少し胸が熱くなった。
機械腕を当たり前のように妻と呼んでいることに関しては、あまり突っ込んではいけない気がしたので、スルーしておく。
「とりあえず……、あの死んでる修道士様に噛みつこうと思わなかった子たち、呼んでみる?」
「ああ、助かるよ」
ミオは再度保護施設の方に近寄った。
辺り一面バルーの血で真っ赤に染まっている。
どうやら手首を切った後、みんなが血を飲めるように撒き散らしたらしい。
床に落ちた血を舐め取ったような痕跡も残っている。
「……あいつ……無茶しやがって……あとで説教だな」
ダンピールと言えども、失血すれば命が危ないのだろう。
マルクが険しい顔をするのを横目に、ミオは例の子どもたちを呼びつけた。
窓際にやって来たのは四人の子どもたちだった。
「あれ?お前たち、ルクス園に居た子たちじゃないか?」
「?」
「オッサン誰?」
四人の子どもたちに、マルクは見覚えがあった。
リーベンの母親であるアデリナと戦闘になった際に居合わせた、後天性吸血種たちだ。
子どもたちは、マルクが自分たちのことを知っている事実に困惑している。
「何でオレたちのこと知ってんの?」
「……ああ、あの時俺、現地に居なかったんだっけか」
「怖い……」
黒い短髪の少年グンターの後ろに、金色の癖毛を持つイザークが怯えるように身体を縮めながら隠れた。
その隣りにいる茶髪のお下げ髪の少女がロミー。
みんなの一歩後ろに立っているオリーブ色の三つ編みの少女がヴァネッサ。
自身で調べた情報だった為、よく覚えている。
「なるほど、これは納得だ」
「おじさん?」
「ああ、悪いなミオちゃん。この四人はバルーと戦闘経験があるんだ」
マルクがそう言うと、どうして彼がそんなことを知っているのか、怖くなったのだろう。
四人は少し窓から距離を取るようにして離れた。
「その時にバルーの血を……」
「オッサン怖……」
「ストーカーでしょ!」
「変態……!」
四人の発言を聞いた奥にいる子どもたちまで、ざわざわと騒ぎ始める。
マルクは全身で『違う違う』と否定したが、それが実に滑稽な動きだった。
ミオはそれを見てため息をつく。
「こうなったらみんな言うこと聞かないよ。おじさん、からかわれてる」
「うっそだろ……」
マルクが肩を落とすと、ヴァネッサが楽しそうに笑い出し、ロミーも釣られて笑い出した。
子どもというのは不思議なもので、瞬時にマルクはいじってもいい人だと認識してしまったようだ。
だが、時が悪い。
殺人事件の調査においてふざけられてしまえば、正しい情報を得られなくなる。
役に立たなそうな男を脇に置いて、みんなの知り合いでもあるミオの方が前に出た。
「ねえ、四人はさっき神父様が襲われてた時ってどうしてたの?」
「え? あ、何が起きたかよく分かんなくて、壁際で固まってたよな?」
「うん」
ミオの横にズイッと真剣な顔をしたマルクが並び立った。
「血を飲みたいって思わなかったのか?」
「おじさんは変態だから教えてあげなーい」
「……うそぉ」
完全に遊ばれてしまっている。
ここは全面的にミオに任せた方が良さそうだ。
「改めて聞くけど、吸血欲求は?」
「えっと……怖くて近づけないよ……。だって……、ダンピールはアデリナとモーリッツのこと……」
イザークがそう言って、残りの三人は暗い顔をした。
未だに知り合いの死を引きずっているのだ。
ミオは意を決して、厳しい表情を四人に向ける。
「みんなは、神父様に助けてもらったんだよ」
「分かってるよ! でも……、オレたちにとっては二人も家族だったんだ! ……アデリナがエルマのことを殺したってことも分かってるけど……、それでもさ……!」
グンターが言うことも分かる。
家族だと信頼していた人を殺されれば、その仇を憎むのは当然だろう。
それでも、もう事実を受け止めて先に進まないといけない。
「吸血種は、あたしたちを利用しようとしてる。あんたがよく言うアデリナって吸血種が、みんなを後天性吸血種にしたから死人が出たって思わない?」
ミオの言葉には説得力があった。
あのルクス園での事件の時、アデリナは前線に出ず、子どもたちに命令して時間稼ぎしようとしていた。
それを利用と言わずして何と言うのか。
吸血種がいたから、人が死んだのだ。
「こんな事件が起きたのも全部吸血種のせいでしょ!」
「あ……」
「あたしたちで、みんなが操られてただけなんだって証明しないと、今度はここで新しく出来た家族が殺されるんだよ」
全員が押し黙った。
後ろにいた子どもたちも、ひと言も発さない。
そんな中、一番気が弱いはずのイザークが、一歩前に出てきた。
「ぼ、僕っ……、そんなのやだっ……、何をしたらいいの……?」
ミオはマルクを見た。
「俺は、みんながどうして操られてしまったのか調べられる、すごい力を持ってるんだ」
スーパーヒーローの真似事のように、マルクは大袈裟に表現した。
それが真っ直ぐ子どもたちの心に刺さったのか、少しずつわくわくするような表情へと変わっていく。
「それで、そこの倒れてるお兄ちゃんの血を取りたいんだが」
「それなら、オレがコップかなんか使って、あのお兄ちゃんの首から出てる血を取ろうか?」
グンターが偉そうに胸を張りながらそう言った。
「出来るか?」
「うえぇ……、グンター大丈夫?」
「私も手伝うよ」
「僕も」
みんなが動き出した。
子どもたちはコップを持ってきたり、エイブの遺体を動かそうとしている。
「無理すんなよ!」
グンターがコップを構え、残りの三人でエイブの身体を支える。
首から血が流れ、コップの中に入った。
「オッサン! このくらいでいい?」
「ありがとう。おじさんは中に入ることが出来ないから、ドアの近くにそのコップを置いてくれるか?」
グンターが適当に置いたコップを、ロミーが気を遣って扉にぶつからない位置へと移動させた。
「エリーゼ。頼めるか」
扉をほんの少しだけ開くと、機械腕が室内へと入っていく。
手際よくコップを取って戻ってくると、しっかりと扉を閉めた。
マルクが何をするのか気になった子どもたちは、窓際の方に集まってきた。
受け取ったコップの中の血液を、エリーゼに付いている小さな蓋を開けて、中に注ぐ。
ぐるぐると内部の歯車が動き出し、ガチャンと音が鳴って停止した。
エリーゼの先端に赤黒い塊が現れる。
マルクの眼帯を通じて、再生された血呪いの性質が表示された。
「この動き方、精神系……『人間を洗脳する能力』の血呪いみたいだな」
「すげー! オッサンかっけー!」
「何したの! 今!」
マルクは『えっへん』と自慢気に鼻を鳴らし、ミオはそれを見て少し呆れたような表情を浮かべた。
群がっている子どものほとんどが男の子だった。
「エリーゼ。こっちの方も確認出来るか?」
頷くように動いたのを見て、マルクは同じように、エイブから回収していたキーホルダーを先程の蓋を開けて、中に入れた。
同じように歯車が動きだし、停止して、先端に白い塊が現れる。
「……これは、血呪いじゃない、のか?」
マルクはその物体をエリーゼに格納されていた試験管の中に収めた。
「今の白いのは何?」
「ごめんな。おじさんにもまだ分からない。研究室に持っていって調べてもらう必要があるが、あれが吸血種たちを操っている物質だってことは想像できる」
マルクはミオの頭に手を乗せ、安心するような笑顔を向ける。
この人に任せておけばきっと大丈夫だ。
「あのお兄ちゃん、誰かと一緒にいるところを見たか?」
「ううん! 一人だったよ」
「じゃあ、事前に植え付けられた血呪いに操られて、ここまで来たのか……」
マルクは顎に手を当て、考えをまとめ始めた。
「どうして操った人は、わざわざ保護施設に入らせたの? この人を死なせたいだけなら、もっと楽な方法があったはずだよね?」
「そうだよな……」
ミオも一緒になって考え始めた。
「このお兄さんは……、修道士様じゃないんだよね……? どういう人なの?」
「ああ、この人はジルヴァ教とは違う存在を信仰してるんだ」
「じゃあ、ライバルの女神様のところで問題を起こしたかったのかな? でも、操られてるなら関係ないか……」
マルクは閃いたように手を叩いた。
「いや、ミオちゃんの言う通りかもしれない。掛けられてた血呪いは『人間を洗脳する』ものだから、問題を起こしたいという気持ち自体が、吸血種によって作られたものだったと――」
そう言いながら、マルクは額を抑えた。
「植え付けられていたのか……、パンテル村を襲った時点で」
迷惑な問題児、エイブ・ハンギッヒ。
その人格すら、公爵によって仕込まれたものだとしたら。
後天性吸血種にするのではなく、敢えて人間として侯爵の側に仕えさせた理由は?
教皇とレオの繋がりを知っていた?
「……内乱」
マルクは慌てた様子で、近くにあったタイプライターに文字を打ち込み始めた。
「?」
ミオの視線の先に小さな紙が落ちている。
それを拾い上げ、マルクに見せる。
「おじさん、これ」
焦りながらも彼女の方に顔を向け、紙に書かれている内容を見る。
それは、オカルト雑誌『エヒト』の記者の名刺だった。
「……予想以上にまずいぞ」
マルクは文字を打ち続ける。
状況が理解出来ないミオを置いてけぼりにしつつ、文章を打ち終え、送信する。
「……突然驚かせて悪かった。情報規制を掛けるよう、偉い人にお願いしていたんだ」
「情報が漏れるとどうなるの?」
「そうだな……、怒る人がたくさん出てくるかもしれない」
子どもたちの表情が曇るが、マルクはそれを吹き飛ばすような笑顔を向けた。
「心配すんなよ。そういうのからみんなを守る為に、俺たちがいるんだから」
まるで皆の父親のように、彼は自信満々にそう言った。




