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銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第六章 白い檻と死

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④希死念慮と血

 レオは酷い後悔に苛まれ、床の上で頭を抱えながら唸り声を上げている。


 ナーデルとバルーが、レオとサプナの窮地に駆けつけてくれたのだと理解は出来る。

しかし、それを素直に受け入れることが出来ない。


 一番傷つけたくなかった人に危害を加えてしまった。

その事実がレオを苦しめる。


「どうか……、殺してくれ……。君なら……」


 レオは唸りながらナーデルに向かって懇願したが、彼女はわざとらしく視線を逸らした。


「断るわ」


 少女人形は突き放すようにそう言いながら、横たわるサプナの腕を取り、あまり慣れない様子で血清を打った。


自分(ジブン)は……怪物だ……。吸血種になんて、……生まれたくなかったのに!」


 レオは打ちひしがれつつも、今度こそ彼女を傷つけないようにと、サプナから距離を取る。


「すまない……。すまない……」


 バルーはレオが居る檻の中に入り、彼から香る葡萄の匂いに耐えながらも、宥めるようにそのみすぼらしい背中を撫でた。


 吸血種にしてはあまりにも細く、弱々しい身体。

それこそが、ずっと自身の中に眠る獣を抑え込んでいた証明だ。


「バルーオニイサン……、サプナは無事なのか……?」


「うん、大丈夫だから安心して。血清はちゃんと完成してたから、サプナさんもすぐに人間に戻れるよ」


 レオはまるで子どものように、泣きながらバルーに抱きついた。


 バルーの目からは小さな子どもに見えているのだろう。

慈しむような顔でレオの頭を撫でている。


「よりによって……彼女を傷つけるなど……、一番避けたかったことなのに……!」


「うん、よく分かるよ。……誰かが許してくれても、自分が一番自分を許せないんだよね」


 優しく頭を撫で続けながら、バルーは穏やかにそう言った。


「こうなっては……、自分(ジブン)は、もう死ぬべきだ……。ケダモノだ……」


 子どものようにボロボロと泣きじゃくりながら、男はバルーにしがみついた。


 しかし、ダンピールは彼を噛み殺したりはしない。


「そんなことを言ってはいけない。今回のことは、自分の意思でやってしまったことじゃないって、賢いあなたなら分かるはずだよ」


 そう言われて、少し頭が冷えてくる。

罪の意識が強すぎて、パニックに陥っていたらしい。


 確かに、サプナの血に誘引されてしまう直前。

得体の知れない声が聞こえた。


 その声は明らかに『サプナを後天性吸血種にしろ』と誘惑していたように思う。


 知らない間に、誰かに血呪いでも掛けられていたのか。


 しかし、それでも『サプナを自分のものにしたい』という醜い支配欲を顕にしてしまったのは、血呪いごときに引っ張られてしまった弱い心が原因だと、レオは自身をまた責め始める。


「そんなものは言い訳に過ぎんのだ……」


 この頑固さと生真面目さには、さすがのナーデルも呆れた声を出した。


 自分も比較的ネガティブになることはあるが、ここまで自罰的な考え方をしたことはない。


 レオは出会ったときからずっと、自分が死ぬことを想定した上での発言をしていた。

物事の解決策のひとつとして、『自身の死』を手段として組み込むのが当たり前になっているのだろう。


 死ぬのは容易い。

だが、それで遺された者たちが何を思うのかまで考えが至らないのは、あまりに自分勝手な話だ。

 これは彼だけでなく、バルーにも言えることだが。


「バルーオニイサンでも構わない……。自分(ジブン)をこの世から消してくれ……」


「ダメだよ」


「……耐えられないのだ! エイブを喪い……、サプナに酷いことをした自分(ジブン)のことが憎くて仕方がないのだ!」


 そんなやり取りを聞いて、ナーデルは深い溜息をつく。


 無限ループだ。

彼の説得には骨が折れるだろう。


「……きっと……、エイブが死んだのも自分(ジブン)が原因で……」

「それは違う」


 どこまでも暗い妄想に落ちていくレオに向かって、バルーは厳しい口調で咎めるように言った。


 生まれて初めて怒られた子どものように、レオは肩を落として静かになる。


 年齢はレオの方が何倍も上だろうに、城に閉じこもっていたせいか、村のトップにしてはあまりにも子どもっぽ過ぎる。


 いや、むしろこの性格だからこそ、村人たちも放っておけなかったのかもしれないが。


「そんなに死にたいのなら、バルーお兄さんの血に、命を賭けて欲しい」


 そう言いながら、バルーはレオの目の前に腕を差し出した。


「……一体……、何を……?」


 信じられないものを見るような目で、レオは顔を上げた。


「バルーお兄さんの血を飲んで。この状況を何とか出来るかもしれない」

「しかし……」


 バルーはフッと表情を柔らかくした。


「バルーお兄さんは人間に恋をした吸血種に何人か会ってきてる。お兄さんにも好きな人がいるし、レオくんの気持ちはよく分かるつもりだよ」


 レオは耳まで真っ赤にして顔を伏せた。

突然話題に上げられたナーデルも、離れたところで慌てふためいている。


「あなたが吸血欲求に耐えてこられたのは、好きな人に対する欲求と比べたら、何でもないものだったからでしょう?」


 男は顔を伏せながら、小さく頷いた。


「エイブくんがサプナさんをこれ以上虐めないように、自分の気持ちを犠牲に、引きつけていたんだね」


 レオはその言葉を聞いて、バルーをキッと睨みつけた。


「エイブのことを悪く言うな。ヘルター信仰が視野を狭くさせてしまっただけで、あの者も被害者だ」


 こういうところは一組織のトップらしい。

バルーは素直に頭を下げた。


「そうか、ごめんね。お兄さんの理解が足りていなかったみたいだ」


「いや、かまわん。外部の者が見れば当然の反応だろう」


 レオは咳払いをし、また肩を落とした。


「……自分(ジブン)が間に入ったところで、エイブの怒りは収まらなかった」


「……うん」


自分(ジブン)は手を尽くしたつもりだったが、人の心を制御することなど、出来るはずもなかった」


 エイブが他人を害していたことすら、自分のせいだというように、レオは自嘲する。


自分(ジブン)はどこまでも傲慢な怪物だ。偉そうに、皆の先導者のような顔をして」


 レオは倒れたままのサプナを見た。


 その表情は融けた蜂蜜のようで、どこまでも甘い。


 叶わぬ恋に向けられる顔。


「穢らわしい感情だ」


「ナーデルと同じ悩み方をするんだね」


 レオは驚いたようにバルーの顔を見た。


「そこでわたしが出てくるの?」


「心当たりある癖にー。案外吹っ切れた方が楽だよね。こういう時は」


 どこまでも楽観的な犬に、飼い主はため息をついた。

レオは首を横に振る。


「それは、ならん……。欲求に正直になるということは、世に後天性吸血種を増やしてしまうということだ」


「確かにそうだね。()()()()であれば」


 レオが困惑の表情を向けると、バルーはその悩みを吹き飛ばすように、にっこりと微笑んだ。


「何を、考えているのだ……?」


「いいからいいから」


 バルーはカソックの袖を捲って、レオの眼前に翳した。


 普通の人間よりも濃い林檎の匂いにあてられて、軽く唸る。


「お兄さんのことは気にしなくていい。あなたに噛まれたくらいでは死なないから」


 吸血種は子どものようなあどけない表情で、捕食者であるはずのダンピールを、真っ直ぐ見上げた。


 躊躇いながら、その腕に歯を立てる。


 人から直接血液を貰うのが久しぶり過ぎて、やり方が上手く分からない。


 溢れてきた血を、何とか舐めるようにして飲む。


 濃すぎる程の林檎の匂いが口の中に充満する。

嚥下すると、食道が焼けるように熱くなった。


「ぐうっ……!」


 胃まで熱いものが下りて、レオは床の上でのたうち回る。


「ちょっと……大丈夫なの……?」


「うーん、どっちに転ぶか分からないね」


 ナーデルが焦った顔でレオに駆け寄った。


「バルー……! 死ぬかもしれないと分かった上で血を飲ませたの……!」


「うん。だって、サプナさんを襲った時点で、レオくんは詰んでたよね?」


 その笑顔は、どこか恐ろしい。


「自分で死ぬことを選ばなかったとしても、教会から処分されちゃうよ」


「……処分って、レオは教皇聖下と同じ……」


「処分しなければ、教会への非難は避けられない。組織にとって邪魔になるものは、立場関係なく断ち切られるものだよ」


 ナーデルは悔しそうに下唇を噛んだ。

バルーを切り捨てる為に処刑道具を持たせているのも教会なのだ。

理解しているつもりだが、改めて言葉にされるのは辛いものがある。


「分かって、ナーデル。僕はレオくんがそうならない為に血を飲ませたんだから」


「どういうこと……?」


 いつも一緒にいるのに、彼の考えが分からない。

ナーデルのそんな不安に答える為に、バルーは続ける。


「確かに死ぬ可能性もあるけど、反対にこの絶望的な状況を打開出来る可能性もあるんだ」


「打開出来るって……、本当に何を考えているのよ……!」


 少女人形が恋人の膝を平手打ちしたが、彼はびくともしない。


 床で暴れているレオの動きが少し治まってきた。

ナーデルは彼の脈を確認し、問題ないことに安堵する。


「血呪いが蓄積したダンピールの血は、吸血種にとって毒みたいだけど、レオくんは『アウザーヴェルテ』の血筋だから」


「……バルー、まさか……」


 少しだけ、彼の狙いを理解出来たような気がする。


「この方法なら、教会はレオくんを簡単には殺せなくなる。逆に言えば、これ以外に彼を助ける方法もないと思ったんだ」


「……はぁ」


 ナーデルはため息をついてがっくりと頭を垂れた。


「……幻滅するかと思ったわ」


「うーん……。それは無理だよ?」


 そんな言葉を聞いた彼女は、バルーの太ももを思い切りつねった。


「イテテテテテ」


「おまえが『他人を愛している』のは分かっているけれど、だからといって助けるのに失敗したら、今度はバルーの命が……」


 彼はニヤニヤと惚けた顔をする。


「そういう時は、『死ぬような賭けはしないで、愛してるわ』って言うんだよ、ナーデル」


 少女人形は、かなり鋭利な視線で恋人を睨んだ。


「イテテテテテテテ」


 先程よりも強く太ももをつねる。


 その脇でレオがたまに唸りながら、汗をかいて寝返りを繰り返している。


 少し離れたところに倒れているサプナは、体調が良くなってきたのか、静かに寝息を立てていた。

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