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【完結】銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第六章 白い檻と死

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②初恋の死

 ミオは今後、医療機関の一室で経過観察を行うことになっている。


 しかし気にかけてくれている子どもたちに、治療の結果を直接報告したくて、検査の後すぐに保護施設へと向かうことになった。


 先程まではかなり体調が悪かったが、時間が経過するにつれてほとんど症状は消えてきている。


 体力を鑑みて、後日報告しに行ってはどうかとも提案されたが、少し頑固なところがあるミオはそれを断った。


「シスター、長い時間付き合わせてごめんね」


『大丈夫、元気』


 サプナはちっとも疲れた様子を見せることなく、文句も言うことなく先導してくれている。


「ずっと傍にいてくれてありがとう」


『気、しないで』


 保護施設の白い壁が見えてきた。


 ミオは歩きながらサプナの綺麗な顔を見ていた。


 何か雑談しようと思ったのだが、話題が見つからない。


 それで何となくそうしていたのだが、だからこそ保護施設の方を見ているサプナの表情がどんどん険しくなっていくのにすぐ気がついた。


 自分もそちらの方を見る。


 窓に、赤い液体が飛び散っている。


「えっ」


 近くにいる修道士が腰を抜かして床に座り込んでいる。

何か問題が起きたのは素人のミオから見ても明白だ。


「……!」


 サプナがその修道士に駆け寄る。

彼は何かを言いながら保護施設の中の方を指差した。


 ミオは嫌な予感に震えながら、立ち止まってその光景を見ている。


 子どもたちに何かあったのかもしれない。


 サプナは恐る恐る窓の外から中を見て、口に手を当てた。

そして大粒の涙を床に落としながら、慌てて施設の扉に駆け寄る。


「危ないです! 中に入らないで下さい!」


 サプナはその忠告を完全に無視し、建物の中へと入ってしまった。


 ミオは勇気を出して窓に近づき、屋内の様子を見た。


 一番奥の壁沿いに子どもたちが居る。

全員が何かに怯えながら、泣いていた。


 一部の子どもたちは口が真っ赤に染まっており、点々と床に赤い液体が落ちている。


 その先に、窓の近くに、一人の見知らぬ男が倒れていた。


 金色の髪に、少し開いた目から覗く碧眼。

口元には特徴的な傷がある。


「……ッ! ……ッ」


 サプナが必死に何かを言おうとしているが、声は出ない。


 よろよろとその場に崩折れた彼女の元に、外から他の修道女が入ってきて、その身体を無理やり立たせた。


 そして、保護施設の外まで引きずるようにして一緒に出てくる。


 あのまま中に居たら子どもたちの餌食になっていたかもしれない。

ミオはそうならずに済んで少しだけ安堵したが、サプナの様子が明らかにおかしいのが気になった。


 ミオは子どもたちの方をもう一度見る。

みんながあの男性に危害を加えたのは間違いなさそうだが、自分の意思でやったとは信じられない。


 今朝もちゃんと全員が抑制剤入りの血液を飲んでいた。

あの薬の効き目は、元後天性吸血種のミオ自身がよく実感している。


 だからこそ、人を襲ってしまった理由が分からないのだ。


「シスター・アートマー。彼は何者です?見慣れない者ですが」


 倒れている金髪の男は聖職者たちと同じカソックを着ているが、助けに入った修道女の知り合いではないようだ。


『幼馴染。エイブ・ハンギッヒ』


 サプナはそう言いながらふらふらと立ち上がり、壁の方に向かった。

そこには自動筆記タイプライターが備え付けられている。


『人間、調査、不可。ダンピール、要請』


 彼女の銀文字を見た修道女と、近くでまだ腰を抜かしていた修道士は、二人とも怯えたような表情を浮かべた。


「っ……分かりました。私たちは研究室の方に避難しますが、何か必要なことがあれば、すぐに連絡を」


 そのままタイプライターで協力要請を出したサプナは、もう力が入らないとばかりにその場に座り込んでしまった。


 ミオは恐怖を振り払いながら窓に近づき、ガラスを軽くノックした。


「ミオ……」


「あ……、治療、上手くいったんだね」


「匂いで分かる?」


「うん……」


 子どもたちがぞろぞろと集まってくる。


 人間に戻れたことを一緒に喜びたいのに、恐ろしい事件が起きたばかりで、何とも言えない複雑な気持ちを抱いているのが、窓越しでもよく分かる。


「何があったの?」


 自分のことを報告するどころではなかった。

出来ることは少ないかもしれないが、少しでもサプナの役に立とうと、ミオは気を引き締めた。


「あの修道士さんが突然、建物の中に入ってきたの」


 口元を赤くしている女の子がぽつぽつとそう言う。

隣に立っている男の子が、宥めるようにその背中を擦った。


「そしたら、なんか身体が勝手に動いて、噛みたくないのに噛んじゃって……」


 やはり自分の意思ではなかったようだ。


 大粒の涙が彼女の頬を流れていく。


「私は別にそういう感じしなかったよ」


「オレも!」


 他の少女と少年が手を挙げながらそう言った。


「みんなが急に動き出したから怖かった」


「……」


 どうやら、一部の子どもたちは何の影響も受けなかったらしい。


 彼らも状況を理解出来なかったせいで、かなり困惑しているようだ。


「処分されちゃうのかな……私」


 血みどろの女の子が、悲しそうにそう言って、空気が明らかに重たくなる。


 みんなが血清を打てば、抱えている問題をすぐに解決出来ると思っていたミオは、この状況に軽く絶望していた。


 でも、人間に戻れた自分だからこそ、何かやれることがあるかもしれない。


「あたし、誰も処分されないように、神父様と話すから」


 彼の一存で後天性吸血種たちをどうにか出来ると思っているわけではない。


 ミオから見たバルー・ディートバルトは、ふわふわしていて頼りがいのある人物だとは思えなかったから。


 しかし、少しでもみんなに安心して欲しかった。

それにあの人ならきっと、みんなの話を聞いて、信じて、助けてくれる。


「絶対大丈夫だからね」


 ミオの言葉を聞いた子どもたちは、また涙した。





 現場にいち早く到着したのはマルクだった。


 彼に初めて会ったミオは、片目に眼帯をし、口髭を蓄えた恐そうな外見に面食らう。


 男は静かにこちらを見下ろしてくる。


「ミオちゃんだな?」


「えっと、は、はい……」


 声を震わせながら返事をすると、男の眉が下がった。


「うちの娘と息子が、怖い思いさせたみたいでごめんなあ」


「え……? ど、どれのこと?」


 言われてみれば、ナーデルに突然縛り上げられたり、狂犬のような姿のバルーを見る羽目になったりと、心当たりがありすぎる。

というか、この人は二人の父親なのだろうか。


 しかし、恐い外見からは想像がつかないくらい優しいおじさんで、そのギャップが逆に怖い。


「お父さま。怖がらせるんじゃないわよ」


「ごめんねミオさん。あと、お久しぶり」


 マルクの後ろからやって来たバルーとナーデルが声を掛けてくる。


「神父様!お人形さん!」


 二度と会えないと思っていたミオは、満面の笑みを浮かべた。


「あのね!あの時……、リーベンから助けてくれたのに、変な質問しちゃったことを、ずっと謝りたかったの。ごめんなさい」


 そう言って頭を下げると、バルーは驚いたようにトランクを一度脇に置いて、両手を横に振った。


 ナーデルが静かに微笑む。


「『どうして吸血種を殺すのか』って質問は、これまでにも何度かされたことがあるわ。人によっては家族を殺されるわけだから、愚かだとは思うけれど、理解も出来る」


「でも……」


「今までそのことを謝罪してきた人はいなかったわ。だから、そう言ってくれて嬉しい」


 顔を上げる。

微笑むナーデルと、照れたような表情をするバルーの優しい視線が、ミオに向かって注がれている。


「バルーお兄さんこそ、治験に参加してくれたお陰で、みんなのことを助けられるかもしれない。人間に戻れて本当によかった。ありがとう」


 彼は鼻が利く。

口にせずとも治療の結果は一目瞭然なのだろう。


 ミオは「こちらこそありがとう」と返した。



 バルーは会話が一区切りついたと見たのか、急に険しい表情を作って、床にへたり込んでいるサプナを見た。


「サプナ……!」


 ナーデルが名前を呼びながら、彼女の傍に駆け寄る。

ミオは背の高いバルーを見上げた。


「神父様。少しだけみんなから状況聞いたんだけど、話してもいい?」


「うん。教えてくれる?」


 彼女は先程、子どもたちから聞いたことをそのまま告げた。


「勝手に噛みついてしまった……か。きっと怖かっただろうね」


「うん。みんなすごく怯えてた……」


「……そうならなかった子たちもいるって点が、少し気になるね」


 そう言いながらバルーはトランクを持ち直し、施設の中へと入っていく。

ナーデルはマルクにサプナを任せて、その後を付いていった。


 エイブの首には噛み跡がいくつかあり、これが致命傷になったのだろうと思われる。

床の血溜まりを見ても、失血が原因で亡くなったとみて間違いないだろう。


 バルーはエイブが着ているカソックをめくったりして観察する。

盗まれたものである可能性を考えてのことだったが、識別番号が入ったタグが、規定の位置に見当たらない。

どうやらこのカソックは、ジルヴァ教規定のものではないらしい。


 カソックにはポケットがあるようで、その中から男性のキャラクターを模したキーホルダーが出てきた。

少し独特な匂いがするが、葡萄や林檎の匂いとは少し違うようだ。


「サプナ……?」


 よろよろと立ち上がったサプナが、マルクに何かを伝えようとしている。


『エイブ、亡くなった。侯爵(マーキス)、報告、行きたい』


「一人で行けるか?」


 彼女は頷き、いつもより遅い速度で歩き始めた。


「お義父さん。ちょっとこれ見てくれる?」


 バルーは窓越しに、マルクに向けて先程のキーホルダーを見せた。


「なんかそれ、お前に似て――」


 突然マルクのカソックの中から機械腕のエリーゼが這い出てきた。


「エリーゼ?」


「バルー!」


「?」


 真後ろに後天性吸血種たちが集まっている。


「!」


 突然彼らに噛みつかれたバルーはそのまま抵抗せず、マルクの方を見た。


 簡単に殺してしまうのが分かっているからこそ、何も抵抗出来ない。


「エリーゼ! 落ち着け!」


 機械腕が夫を鷲掴みにしようと暴れている。


「お母さま! バルー!」


 保護している後天性吸血種に攻撃を加えることは出来ない。


 ただ無抵抗に噛みつかれる恋人と、母に殺されそうになっている父を見たナーデルは、厳しい選択を迫られていた。

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