③献身的な愛
サプナの喉や口に残された傷は治療がかなり難航し、声もなかなか戻らない。
寝ている間に高熱が出ることもあった。
「薬にも限りがあるんだぜェ?」
こちらの声が出ないのをいいことに、エイブはサプナのことを精神的にいじめるようになった。
侯爵の前では忠実な家臣を装い、他の者たちに対しては高圧的。
エイブは日を追う毎に扱いにくい人物になっていったが、レオは知っているのか知らないのか、彼と過ごすことが多かった。
そういうこともあり、二人は互いに想い合っているのだとサプナは一人で納得した。
どちらかと言えば、二人の間を邪魔しているわけでもないのに、初恋の人に嫌がらせされることが辛かった。
「……」
いっそのこと死んでしまいたい。
そう願って、泣いて眠った夜、夢を見た。
夢の世界で自分が立っていたのは美しい湖だった。
少し前の方に、月光を浴びて美しく輝く黒豹が佇んでいる。
「ヘルター、様?」
夢だからか、声が出る。
予言の儀式を行っても、一度も村民たちの前に現れたことなどなかったその御方が、目の前におられる。
サプナは咄嗟に跪き、祈りの姿勢を取った。
『銀と手を取り、今度こそ災厄を完全に退けよ。アウザーヴェルテを繋げ、災いに酔いし者に力をつけよ』
「え……?」
『災いに酔いし者をこの地に呼び寄せたとき、こう伝えよ。『災厄が再び訪れ、黒豹の加護の地に住まう者、露と消ゆ。古城にて黒豹の神秘を求めよ。災いに酔いし者、希望とならん』と。手段は選ばぬ』
何を言っているのか全く理解が出来ない。
言われた内容を覚えることも出来ていない。
『ごめんね。昔の言い方だとあんな感じになるんだよね』
「!?」
急に爽やかな物言いになって、サプナは仰天した。
『まずは、君にもレオにも、生きていてもらわないといけない』
ヘルターは真剣な目でサプナを見ながらそう言った。
『そして、現在のダンピールに、新しい英雄になってもらうんだ』
「ダンピール? 英雄?」
『分からないことが多いと思うけど、さっき言ったことをそのままレオに伝えてくれれば理解してくれる。あの子は賢いから』
ヘルターはサプナの隣に立って、何度も最初に彼女に伝えた言葉の内容を復唱して覚えさせた。
『君は僕が選んだ『予言の子』だ』
「そんな! 私……は」
『君とレオの力が必要なんだ。その為にも特別な存在になってほしい』
サプナは躊躇いながらも祈りの姿勢を取った。
夢から醒めたサプナは、紙を持って城の大広間へと向かった。
皆に予言を伝える為に。
ヘルターの信仰者たちは彼女を称えた。
エイブは全くいい顔をしなかったが。
「『ジルヴァ教』と『ヘルター信仰』を繋げることで、吸血種を滅ぼせるということか」
侯爵はそう言って村民たちを見た。
「それまでは、自分は生きなければならないようだ」
みんなその言葉に大喜びした。
サプナが見た夢のお陰で、一時的にでも侯爵の寿命が伸びた。
「自分はダンピールにきっと殺されるだろうが、それまではよろしく頼む」
ダンピールを呼ぶこと。
それは命を延ばす理由であり、愛する主の死が訪れるということでもある。
村民たちは複雑な気持ちを抱くこととなった。
「銀と繋げる役目なら、予言の子であり、銀細工師だったサプナが適任だと思いませんかァ? 侯爵さま」
悪意の籠った表情で、エイブがそう言った。
「そうだな」
体のいい厄介払い。
それでも彼らの為になるなら。
サプナはジルヴァ教に潜入することを快諾した。
送り出される日、レオから渡されたのがあのピンヒールだった。
サプナの母の命を奪い、父を誘拐した吸血種の一味を改造し、いつでも踏みつけに出来るようにと生み出された、憐れな生命体。
「銀の心臓というのが教会の医療班らしい。そこを目指してもらえないかね?」
サプナが首を傾げると、侯爵が続ける。
「吸血種を滅ぼすのと同時に、後天性吸血種を治さねばならぬ。君の父親を救う為にも」
侯爵は今でも父を助けようとしてくれている。
それが嬉しかった。
「自分も皆の為に頑張る。だから……、君も手紙を送ってくれたまえ」
そう言いながらサプナの手を優しく握る。
期待したくなかった彼女は、そっとその手から離れるように腕を引いた。
さようなら、愛しいレオ様。
愛する侯爵さまの隣に居ることを許されるのがエイブであっても、誰であっても良い。
私でなくて良いから、どうか生きて下さい。
ヘルター様のお告げが何を示していたとしても、侯爵さまが傷つくのなら、私が英雄になるというダンピールを、この手で殺します。
ヘルター様を裏切り、罰を受けることになったとしても、貴方様の為であれば私は何も怖くありません。
ダンピールに出会ったサプナにとって誤算だったのは、彼がレオと同じように人々を愛し、時には吸血種に対しても理解を示そうとしていたことだった。
サプナは、スパイのような自分のことすら気にかけてくれる彼らのことを、いつしか気に入ってしまっていた。
だからこそ、彼らをあの城で喪うかもしれないと思った時、身体が勝手に動いていた。
『黒豹』と戦う場面になった時、自分がやらねばならないと思った。
それがヘルター様への背信行為になってしまったとしても。
ナーデルに羨ましいと言われた時、サプナも自分が同じように考えていることを自覚した。
血の繋がりがなくても、彼らには本当の絆がある。
人間だろうが、ダンピールだろうが、武器だろうが、そこに感情があって、愛があって、信頼できる人たちと一緒に居られることが、どれだけ幸せなことか。
何処に行っても厄介者な自分に、羨むような価値なんてないとサプナは思っていた。
むしろナーデルのことが羨ましいくらいなのに。
ただ、羨ましいと言われた時、嬉しくもあった。
ナーデルから『あなたにはそう思わせる価値があるわ』と言われた気がしたから。
彼らと一緒にいるうちに、何となく自身の失恋を昇華出来たような気もする。
愛する人たちを支えること。
それが自分の愛し方だと納得出来るようになってきた。
それを気づかせてくれた彼らに、心から感謝している。
『私は信用に値しない人間かもしれませんが、それでもあなた方の、本当の友人になれたら嬉しいです』
そう手紙は締め括られていた。
「……サプナ」
ナーデルはしんみりした顔で手紙を抱き締めた。
「か、……可愛すぎる!」
「……どういう反応?」
悶絶するナーデルに向かって、バルーが珍しくツッコミを入れた。
「健気過ぎよ! しかも普段あんな反応しかしないのに、友だちになりたいって……、何なの! 可愛すぎるわよ!」
「うん……、うん……」
隣に立っているマルクにいたっては、ずびずびと鼻を啜りながら泣いていた。
それらを見ていたバルーの目にも、次第に涙が溜まっていく。
「絶対サプナさんのお父さん助けよう……」
そう言いながら泣きだした。
その様子を見ていた二人の牢番は、呆れるようなため息をついていた。
「チッ……。クソがよォ」
苛ついた様子で貧乏ゆすりしながら喫茶店の一席を陣取る。
エイブはレオに会えないことに、激しい怒りを募らせていた。
サプナはジルヴァ教の医療班である『銀の心臓』で、唯一レオと一緒に後天性吸血種の治療薬を作るための研究に携われると聞いて、尚の事腹が立った。
いっそのこと、侯爵さまの城で落下した時に死んでしまえば良かったのに。
侯爵を独り占めする為には、あの女は邪魔すぎる。
「ハンギッヒさんですぅ?」
プラチナブロンドの髪をお下げにした、大きな眼鏡の十代後半くらいの女性が、答えてもいないのに向かいの席に座る。
「ああ」
「『エヒト』のリサです!本日はヴァンパイアのことを教えてくれるとお聞きしました!」
エヒト。
オカルトファンたちに長く愛されている雑誌の名称だ。
最近はヴァンパイアやダンピール、ジルヴァ教にまつわる陰謀論などの記事が人気で、案外売れているらしい。
「最近ダンピールがパンテル村に行ったって話は知ってるか?」
「ああ! その情報は掴んでますよぅ! 何せダンピールは絶世のイケメンですからね! ファンの方から情報をお聞きしてますぅ! あ、これ! ダンピールのキーホルダー! 今月号の付録ですよぅ!」
リサはテンション高く、まくし立ててきた。
エイブはわけの分からない人形を胸ポケットに突っ込まれ、激しく苛立った。
侯爵が教会地下で研究に勤しむようになったのは、ダンピールがあそこに連れて行くことを決めたからだ。
アイレン城で彼の世話をしながら生きていくことを望んでいたエイブにとっては、ダンピールもサプナ同様、敵なのだ。
「パンテル村にいる異教徒と、ヴァンパイア……、正式名称は『吸血種』って言うんだが、そいつを連れ帰って教会地下に匿ってる」
「わわっ! なんと! それは聞いていませんでしたねぇ!」
リサはメモ帳にササッと手際よく、聞いた内容をまとめている。
「ヴァンパイア、じゃなくて吸血種でしたね! 吸血種による被害者って、たくさん居るみたいじゃないですかぁ。教会が匿うって、もしかして今までの殺人に教会が関わってたって見てもいいんですかねぇ?」
「さァ? どうだろうなァ?」
エイブが不敵に微笑むと、リサは更にメモ帳に文章を追加した。
「まー、さすがに殺人事件に関与してるなんて記事書いたら大変なことになりますから、ここら辺はボツですね」
「は? 異教徒とも結託してるんだぞ? 怪しいだろうが!」
リサは少し困った顔をした。
「既にうちは圧力掛けられてますからねぇ。……実際に教会絡みの事件が起きたわけでもないのに記事を書いたら、会社が無くなっちゃいますよぅ」
乗り気でないリサの様子に、エイブは分かりやすく苛立ちを見せた。
「……ああ、そうかよ」
飲んでいたコーヒーの代金を出し、テーブルに置く。
「あれっ、終わりですかぁ?」
「いい記事書けるように、オレが情報仕入れといてやるよォ」
「おおっ! それは嬉しいですねぇ!」
エイブは立ち上がり、店を出た。
「さよならー」
リサは無邪気に、その背中に手を振った。




