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銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第五章 サプナの手紙

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②破壊された心

 サプナとエイブが十六歳になった頃のこと。


 「こんばんはー」


 工房を手伝っていたサプナに向かって、窓の外から見知らぬ人たちが手を振っていた。


 銀細工の工房は、村の中心から少し離れた、奥まった所にある。


「こんばんは!」


 サプナは愛想よく返しながら、珍しいお客様を出迎えようと外に出た。


 男性が二人と、若い女性が一人の三人組。


「何か御用ですか?」


「ええ、私、レオ・アウザーヴェルテの友人なのですが」


 代表者らしき男がそう名乗る。


 サプナは一瞬レオ・アウザーヴェルテが誰なのか分からなかったが、以前侯爵(マーキス)がそう名乗っていたのをすぐに思い出した。


「道にすっかり迷ってしまいまして。アイレン城はどちらでしょうか?」


「ああ、それならお連れしましょうか?」


 そう提案したタイミングで、ぐぅと音がした。


 音の方向を見ると、若い女性がお腹を押さえて照れ笑いしている。


「全く。申し訳ございません」


「あ、いえ! 何か食べて行かれますか? 少し歩きますけど」


「いやいや、そこまでして頂くわけには!」


 工房から両親が出てくる。


侯爵(マーキス)さまのお知り合いなら、我々の客人も同然だ。是非食べていってください!」


 若い女性は照れた様子で頭を下げた。



 六人は談笑しながら家に向かって歩いていく。


「……あら、お父さん。なんか変な臭いしない?」


「ああ、なんだろうな」


 そんな両親の言葉を聞きながら、サプナは特にそれを気にする様子もなく歩き続けた。


 毎週金曜日、ヘルターに動物の命を捧げ、祈る日。


 集会所の前には陣が描かれており、そこに鹿の死体が置かれている。


「あれは?」


「ああ、あれですか?ヘルターさまへ、の……」


 鹿の死体の上に何かが置かれている。


 それは、女性の生首だった。


「きゃああああっ!」


 声を上げたのは母だった。

サプナは何が起きているのか理解できず、ただ呆然とその光景を見る。


 鹿の周りにバラバラになった人体の一部が転がっている。


「あははは!めっちゃいい顔すんじゃーん?」


 若い女性が楽しそうに笑い出した。


 男も一緒になって笑いながら、サプナの喉を思い切り掴んできた。


「ぐ、ふ」


「サプナ!」


 何が起きているのか分からない。


 男は首の全体を掴むのではなく、手前の方だけを丁寧に握り潰してくる。


「……! ……!!」


 そして、地面に放り投げられた。


 声が出ない。


「んじゃ、次はあんたね」


 男は指先に赤黒い謎の物体を生み出し、父親の腕を握った。

何をされたのか分からなかったが、急に力を失って倒れ込んだ為、毒か何かだと思った。


「……!」


「お父さん!」


 サプナはいつの間にか他の男に縛りあげられていた。


「おー? 楽しんでるー?」


 そんな声と同時に、町のあちこちから、彼らの仲間とおぼしき者たちが近づいてくる。


「いい反応してくれたよ。見せたかった」


「ズル!」


 仲間のうちの一人が、初恋の人――、エイブの首根っこを掴んで引きずっている。

 サプナは声を上げようとしたが叶わず、代わりに口から血が溢れた。


「お父さん! サプナ! いやぁあああ」


 悲鳴を上げる母の喉元に刃物が突き立てられた。

真っ赤な液体が地面を濡らしていく様を見ながら、サプナは暴れた。


「はいはい落ち着いてねー」


「落ち着けるわけなくねー? ってかそのために声帯潰したんだろ?」


「まあなー?」


 彼らは愉快そうに笑い合っている。


「あ……あ、あ」


 母は死ぬことを許されず、少しずつ血を抜かれていく。


 動ける可能性があるのは自分だけなのに、腰が抜けて、口の中が血塗れで、怖くて何も出来ない。


「ううう……」


 突然父が起き上がった。

 呼ぼうとするが、やはり声は出ない。


「サプ、ナ……」


 虚ろな目の父が口を大きく開けて、近くにいた母の腕に噛み付いた。


「たす、け……」


 ただでさえ酷い流血なのに、腕からもどんどん血が抜かれていく。


「自分の奥さん殺しちゃってんじゃーん!」


「マジで……、面白すぎ……!」


 若者の姿をした怪物が爆笑している。


「ッ……! ……――!!」


 父が何をしているのか理解出来なくとも、止めねばならないことだけは分かる。


 サプナは縛られた状態のまま何とか立ち上がり、両親の近くまで進もうとして、すぐ横倒しになった。


 そのまま這って行こうとするが、目の前で父が若者たちに捕まり、引き離されてしまう。


 母は顔を真っ青にして、地を這う娘を見ている。


「逃げ……て」


 そう何とか口を動かし、白目を剥いて動かなくなった。


「…………」


 死んでしまった。


 脈を確認しなくても分かる。

母はあの若者たちと、何かされた父の手に掛かり、娘の目の前で殺されたのだ。


 叫びたいのに声が出ない。


 涙がとめどなく溢れてくる。


「んじゃ、次どうする?」


「このオッサンはまだ使えそうだし、連れて帰る?」


「そうすっか」


 若者たちは父の服を無理矢理剥いだ。

丸裸にされた彼の首や手に鎖を繋げ、犬のように引っ張る。


「サプナ……、サプナ……」


 理性が戻ってきたのか、自分がしたことを自覚したらしい父が、絶望の面持ちのまま娘の名を呼ぶ。


 尊厳を破壊され、何処かへ拐われていく父を、地面に這いながらでは追えなかった。


 父の代わりか、気を失った状態のエイブが目の前に放り投げられる。


「彼氏?」


 サプナは震えながら首を横に振った。


「つまんねえな」


 男はそう言いながらもあの赤黒い塊を指先に集め、エイブに触れようとする。


 彼も父のようになってしまう。

そう思ったサプナは、ギュッと恐怖で目を閉じた。


「ぎゃああっ!」


 突然男が悲鳴を上げた。


 目の前に切断された手が飛んできて、サプナは後ろに逃げるように身体を引きずった。


自分(ジブン)の……、領地で何をしている」


 低く、怒りのこもった声。


 目の前に黒髪の青年、侯爵(マーキス)が立っていた。


 陶磁器のような白い肌には、傷ひとつない。

完璧な姿の彼を近くで見たのは、これが初めてだった。


侯爵(マーキス)。やっと会えたな! 女王(クイーン)の代わりに呼びに来たんだよ」


「……呼びに来た……? 誰だ君は」


「え? 知らない? 公爵(デューク)だよー。まあ、今後仲良くなってこーぜ」


 差し出された手を引っ掻き、侯爵(マーキス)は敵意をあらわにした。


「ここから去れ」


「は? 何言ってんの。お前、俺たちの仲間じゃん」


「違う! 君たちは、ここの人たちに何をした……!」


 侯爵(マーキス)は、惨状を目の当たりにして絶望の表情を浮かべた。


「え? 何怒ってんの?」


「冗談じゃないっすかー」


()()……? 人を殺しておいて冗談だと……?」 


 侯爵(マーキス)は怒りのままに、若者たちに向けて赤黒い獣の形をした物体を放った。


「な……ッ」


 若者の一人がその獣の毛皮に包まれた。

中から骨や肉が押しつぶされるような音がしてくる。


 さすがに公爵(デューク)と名乗る彼も顔を引き攣らせた。


「お前……何をしたんだ」


自分(ジブン)の血呪いの能力は、『吸血種を別の生命体に改造し、思いのまま使役する』ことだ」


「っ……! お前ら逃げろ!」


 侯爵(マーキス)は赤黒い獣の形の物体をいくつか放ち、若者のうち何人かをそのまま捕らえた。


子爵(バイカウント)! くそっ!」


 公爵(デューク)は仲間を見捨てて逃げ出した。

捕まらなかった者たちも、一緒に遠ざかっていく。



 侯爵(マーキス)は地面に膝をつき、声をあげて泣き出した。


「『血呑みの貴族』……、クソッ……」


 彼が来たことで、少なくともサプナとエイブは無事だった。

エイブも口元を怪我する程度で済み、大事はなさそうだ。


 それでも侯爵(マーキス)は、自分のことをひどく責める。


「すまない……。みんな……、本当にすまない。……すべて自分(ジブン)が怪物だからだ……」


 彼はそうやって泣き続けた。





 レオ・アウザーヴェルテは自分の城に、生き残った者たちを匿った。


 全員無事か、毎日、もはや病的なまでに確認するようになった。


 彼のそんな姿を見ているうちに、サプナは不思議と彼のことを異性として気にかけるようになった。


 これまで見ていた彼はあくまでヘルターの御子であり、人間味を感じたりしなかったのだが、こうして人々を心配する姿を見て、親近感が湧いてきたのかもしれない。



 レオはそれまで、村民たちの輸血のお陰で生きながらえてきたと明かした。


「しかし、自分(ジブン)は、君たちを襲うかもしれない可能性がある限り、これ以上生きていくことはできない。輸血をしてもらうことは今後一切止めようと思う」


「!」


 その宣言を肯定する者など、いるはずがなかった。


 侯爵(マーキス)はあの若者たちと同じ吸血種かもしれないが、同時に村民たちの命の恩人でもある。

 彼は既に皆の英雄なのだ。


 レオに惚れていたエイブもサプナも、当然他の村民たちと一緒に本気で彼を止めた。


「お願いだ……。死なせてくれ」


 それでも、彼には既に、生きる気力を失っていた。





侯爵(マーキス)さま……、どうかお願いします……。オレたちを捨てないで下さいよォ」


 サプナがレオの為に、食べてもらえないであろう手料理を運びに行った時、部屋の中からそんな声が聞こえてきた。


「捨てるわけじゃない。この城を君たちに託すのだ」


 車椅子に乗るようになったからか、低い位置から声が聞こえてくる。


「愛しているんです」


 サプナはレオと一緒にいるであろうエイブの告白を聞いて、部屋に入れなくなった。


「……」


 声が聞こえない。

二人がどうなっているのか分からず、ほんの少しだけ扉を開けた。


 独特の御香の匂いが鼻腔をくすぐる。


「んっ……」


「……」


 二人の顔が重なっていた。


「……っ!?」


 唇を重ね合わせる二人を、これ以上見ていられなかった。


 初恋の相手と、現在想っている男性の逢瀬。

最悪な現場をこの目で見てしまった。


 もう、その場から逃げ出すしかなかった。


 レオはエイブの口付けに対し、抵抗していなかった。


 その気力が無かったのかもしれない、でも、エイブのことが好きだから受け入れた可能性もある。


 胸が痛い。

痛くて痛くて仕方がない。


 母を喪い、父が拐われて、銀細工師としての仕事も出来なくなったサプナにはもう、何の希望も無くなってしまった。

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