⑨神父と人形の秘め事
半日ほど掛かる道のり。
複数の馬車を手配し、パンテル村の村民たちとレオを連れ、教会へと帰る。
ナーデルは、大人しくトランクの中に戻っていた。
「……」
バルーはそのトランクを眺めながら、考えごとをする。
ジルヴァ教本部に到着した頃、長旅に慣れていない村民たちは、レオも含めてヨレヨレだった。
「パンテル村の方はこちらへどうぞ」
「あなた方はこちらへ」
先に連絡済みだったのもあり、手配がスムーズだ。
トランクを持ったバルーと、マルク、サプナ、そしてレオは、村民たちとは別の部屋へと通される。
「ところで、君たちのことはなんと呼べばいい?」
「……あ、俺はマルクおじさんで」
サプナがキッとマルクを睨む。
「人形の彼女のことは?」
「ナーデルお姉さんで良いんじゃないかな?」
サプナがキッとバルーを睨む。
「マルクオジサンとナーデルオネエサンだな。把握した」
『絶対、面白、がってる』
「……? 呼ばれたい名前で呼ばれる方が嬉しいだろう。なあ、バルーオニイサン」
名前を呼ばれたバルーはにっこりと笑った。
「そうだよ! 久しぶりにそう呼んでくれる子に会えて、バルーお兄さんも嬉しいな」
「ほら。こう言っているじゃないか」
サプナは頭を抱えた。
通された部屋には先客が居た。
銀色のベールで顔を隠している男性と、五人の老人が立っている。
それを見たマルクは、頭を物凄い速さで下げた。
「枢機卿猊下! 教皇聖下!」
「えっ! この人たちが……」
「間抜け! 頭を下げろ! 申し訳ございません聖下!」
バルーとマルクは咄嗟に頭を下げた。
車椅子に乗っているレオと、異教徒であるサプナは特に態度を変えようとはしない。
「もっと気楽にし給え」
透明感のある青年の声が部屋に響き、二人は頭を上げる。
「アドリッヒ枢機卿」
「は!」
「余のベールを取り給え」
「……!? なりません聖下!」
年老いた男の反論を無視し、青年は仕方なく自らベールを外した。
レオはその顔を見て驚愕する。
他の者達も少し遅れて反応した。
「余の真名はティーゲル・アウザーヴェルテ」
「『アウザーヴェルテ』……だと?」
レオと同じ姓だ。
そして、その顔はレオと全く瓜二つだった。
「な……、何故……?」
「座り給え、我が子らよ。話は長くなろう」
一同は椅子を進められ、言われるがままに座る。
「五百年前、当時はヴァンパイアと呼ばれていた吸血種が人間を襲い、災厄と呼ばれるに至ったことは、我が子たちであれば知っておろうな」
「もちろんです」
マルクが答えた。
「教えでは、敢えてジルヴァライン様の女神の力を以て、災厄を退けたと伝えている」
「実際には違う、ということですか?」
教皇が肯定するのを見て、バルーは少しショックを受けた顔をした。
「ジルヴァライン様は吸血種退治を生業とする伝説の狩人であらせられた。当時、吸血種のすべてを滅ぼしたことは事実であるが、それはある英雄と共に成したことであった」
「英雄……?」
「ジルヴァライン様と共に吸血種を滅ぼした――、今は黒豹の精霊としてパンテル村で信仰されているヘルター様のことだ。あの御方は原初のダンピールであり、英雄でもあった」
バルーは目を見開く。
自分以外にダンピールが存在していた事実と、彼が英雄と呼ばれていることに驚いていた。
「でも……、どうして退災の英雄なのに、彼のことは語り継がれていないんですか?」
「それにはジルヴァライン様とヘルター様が犯した、ただひとつの大罪について語らねばならぬ」
ジルヴァラインとヘルターは愛し合っていた。
退災の後、二人は夫婦となり、双子が産まれる。
しかし、ここで問題が起きた。
双子の片方は人間で、もう片方は血呪いの影響を受けた吸血種だったのだ。
ジルヴァラインとヘルターは我が子を殺すことが出来なかった。
子どもは本能に従い、種の繁栄のために後天性吸血種を生み出した。
その後天性吸血種は吸血種を産む。
そうして災厄が帰ってくる。
ジルヴァ教はジルヴァラインを神格化し、災厄再来の原因となったヘルターを歴史から抹消した。
しかし前教皇の調べで、パンテル村にてヘルターへの信仰が残っていたことが判明する。
そしてそこに、ジルヴァラインとヘルターの子孫が生き残っていることも。
「ヘルター様は、そこに居るサプナ・アートマー修道女の夢に現れ、ダンピールをパンテル村へ導くよう案内されたのだ」
「僕を……?」
サプナはバルーに向かってしっかりと頷いた。
「そして、ここにレオ・アウザーヴェルテ氏を連れてくることを望まれ、吸血種根絶の鍵として、バルー・ディートバルト司祭を指し示した」
レオもバルーも、困惑した表情を浮かべている。
「なんで、自分は何も……知らないんだ?」
教皇は優しげに微笑みかける。
「上位種がそなたに何かをした可能性は?」
侯爵は今までのことを振り返った。
「分からない……。分からないが……、心当たりがあるとすれば、接触したことがある公爵か……」
そう苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「レオ・アウザーヴェルテ氏よ。そなたにはここで後天性吸血種の血清を完成させてもらいたい」
「……それは……! 自分などで良ければ、いくらでも協力させて頂こう」
教皇はその返事を聞いてゆっくりと頷いた。
「バルー・ディートバルト司祭。そなたには残りの血呑みの貴族の討伐を命じる。そして、全てが終わった暁に、人間に戻る為の薬を、レオ・アウザーヴェルテ氏に作ってもらいたいと思うのだが、どうか」
「えっ」
勝手にトランクが開き、中からナーデルが飛び出してきた。
「……お願いします! 聖下! どうか……、バルーを人間に戻してあげてください!」
涙が出る機能があったら、彼女は顔をぐしゃぐしゃにしていただろう。
しかし、バルーは頷かなかった。
もし人間に戻ってしまったら、処刑道具であるナーデルはどうなってしまうのだろうか。
でも、たった一筋、希望の光が差した気はした。
「ナーデル。少し話をしようか」
夜。
地下牢で椅子に拘束されたまま、バルーはそう言って微笑んだ。
マルクとサプナも帰り、今は牢番が一人、部屋の外で入り口を見張っている。
限られた二人きりの時間だが、ナーデルはバルーと距離を置いて座っている。
「わたしは話すことなんて」
「単刀直入に言うけど、僕、ナーデルのことが好き」
態度では示してきたが、バルーが直接口にするのはこれが初めてだった。
告白を聞いたナーデルは、焦りの表情を浮かべる。
「おまぬけ! 人間に戻れるかもしれないのよ! 何で……そんなこと、言ってしまうのよ……」
彼女の切なげな顔を、バルーは初めて見た。
「わたしのことは、今後ただのビジネスパートナーだと思って接しなさい」
彼女はそう言い捨ててトランクに戻ろうとする。
「もう手遅れだよ」
バルーは泣きそうな声で言った。
「僕の心臓の音を聞いて」
ナーデルは黙ったまま静かに振り返り、諦めたように歩み寄ると、彼の膝に乗った。
言われた通り、心臓の位置に耳を押し当てる。
素早く、激しい鼓動が、既に後戻り出来ないことを証明していた。
ナーデルは拷問を受けているかのように、苦悶の表情を浮かべる。
「僕と結婚を前提にお付き合いして下さい」
シンプル過ぎる告白だった。
でもそれは、人形と怪物にとっては、あまりに突飛な愛の告白だった。
ナーデルは目を丸くして、バルーの顔を見上げる。
「……え、……何を言って……」
「気が強いところも、本当は弱気なところも、何もかも全部好き。だからまずはお付き合いして、いい感じだなーって思ったら結婚しよう!」
子どものように無邪気にそう言ってのける。
「な、何を言ってるの! 気でも狂ったの!?」
「ん? 何が?」
「わたし、人形なのよ!?」
ああ!とバルーは笑った。
「確かにどうやって戸籍を取るかって問題はあるよね! でも結婚式なら、頼めば出来ると思うよ!」
「そういうことじゃなくて! ……バルーは子どもが好きなのに、わたしとは……」
「それなら、一緒に養護施設をお手伝いしようよ。僕はそういう子どもたちの成長を見届けるのが夢だったんだ!」
「……でも、わたしは武器で……」
「それなら、お義父さんに頼んで武器の機能を外してもらえばいいかもね!」
「でも……、おまえがもし他の女性に恋をしたら……」
「僕は身体を売れと父に強要されていたから、女性に対してトラウマがあるし、他の人に惚れる可能性はないかなー」
「でも……、でも……」
「まだ何かある?」
いつもより低い声で、耳元で囁くように言う彼の声に、ナーデルは逆上せてしまいそうだった。
美し過ぎる顔が、眼前で妖艶に微笑む。
「ナーデル。僕のこと好きだよね?」
何も答えられず、誤魔化すために横を向く。
「わ、わたし……」
「あ゙ー、……こうして触れてるだけで、頭がおかしくなりそう」
「!?」
いつも可愛がっている犬が突然別の生き物になったようだ。
もう一度バルーの方を見る。
頬を紅潮させ、誰にも見せられない欲情しきった顔をしている。
いつもの純粋無垢な彼とはまるで違う。
ガチャリと拘束具の音がして、彼女はビクリと肩を震わせた。
「ナーデルと生きる為なら、退災の英雄になって、不都合なルールなんて全部捻じ曲げてやるよ」
育ちが悪い、本来のバルーが話しているみたいだった。
普段の穏やかな彼とのギャップにあてられて、動けない。
「ねえ、ナーデル。僕のこと好きだよね?」
彼女は半分無意識のまま、頷いていた。
「それなら証明して……?」
バルーは自分からは動かない。
ナーデルは自分の意思で彼の膝の上に立ち、熱に浮かされたまま、唇に自分のそれを重ねた。
「んっ……」
猟犬が、噛み付くように仕返しする。
唾液が胸元に落下するのすら気にすることなく。
飼い主も頭をぼんやりさせながら、無我夢中で同じように返した。
何度も、何度も。
「ふ……」
頭の中が彼でいっぱいだ。
本当は好きで好きでたまらないのを堪えていたせいで、爆発してしまったみたいだ。
首を甘噛みする。
「……うッ……あ」
バルーは与えられる悦びに打ち震えた。
恐怖はない。
ただ、幸福だ。
噛み付き、噛み付かれ。
それは何十分も、何時間も、永遠のように続いた。
◇◆◇
ここまで読んでくださってありがとうございます!
これにて4章は終了となります!
バルーとナーデルがいい感じの中、奴らもどうやら動き出してくる様子……。
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