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銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第四章 黒豹の古城

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⑦バルーの嫉妬とキス

 一同はマルクが指差す先を見た。


「よく、見えないね」


 視力は普通の人間と然程変わらないバルーは、目を細めながら、天井を観察するように見ている。


「何かしら……部屋を横切るように線が入っているように見えるのだけれど」


「近くまで見に行けるか?」


 ナーデルは頷き、銀色の髪を伸ばして、身体を支えながら高い天井まで上っていく。


 部屋を横断する線は出っ張りのようになっていて、天井との間に境目があり、その部分だけ下まで降りてきそうに見える。


 ナーデルは周りを見回したが、出っ張りを降ろすためのスイッチのようなものは、天井付近には見受けられない。


「下に降ろすためのボタンがどこかに無いかしら?」


「探してみるけど、……それが降りてきたら何かいいことがあるの?」


 バルーの疑問は確かだ。

黒豹は真下にいるわけではない。

断頭台のような使い方をするものでもないのだろう。


 この出っ張りと黒豹の座る位置。

口の中が弱点であること。

これらはきっと、倒すためのヒントになっているはずだ。


「……そうね。探しながらちょっと考えてみるわ。わたしは上の方を探すから、おまえたちは下をお願い」


「分かった!」


『了解』


 一同は黒豹を後回しにして 部屋の中を見て回る。


「この黒豹、攻撃してない間に匂いが強くなってきてる気がする……」


「バルーが魅了されちまったのは、この黒豹の能力のひとつなのかもしれないな」


「明らかに()()()()()と戦う為だけに生み出された生物……って感じね」


 サプナはそれらを聞いても顔色ひとつ変えない。

このことを知っていたかどうかは、表情からは誰も読み取ることが出来なかった。



 一同は起動装置の捜索にあたるが、なかなかそれらしきものは見当たらない。


「もしかしたらわたしたちが予想している形状のものと違うのかもしれないわね」


 部屋の中には黒豹以外、特に家具などは見当たらないのだ。


 バルーの鼻にも感知しないし、マルクのスキャンも熱源のある物でないと見ることが出来ない。


 とにかく探し続けるしかない。


『これ、!』


 焦りが見えてきた一同に向けて、サプナが手を振る。

みんながそこに集まり、指差す場所を見た。


 壁の一部に円形の、若干色が違う箇所がある。


「……押してみるか?」


「でも、あれが降りてきたとして、どうやって黒豹を倒すか謎が解けてないわよ」


「ひとつ試させてほしいことがある」


 マルクの真剣な表情を見たナーデルは静かに頷いた。


「バルーは出来るだけあの壁に近づくな。部屋の隅に行っててくれ」


「うん! 分かった!」


「みんなも一応離れてた方がいい。あまり身体に良くない」


 そんな不穏な台詞を聞いて、サプナとナーデルも後ろの方に下がった。


 マルクは壁にある円形のそれをグッと押し込む。


 予想は当たっていたようで、真っ白な壁が上から少しずつ降りてくる。

その壁には穴がなく、横の方もしっかり密閉されていて、完全に部屋を分断し、黒豹と自分たちのいるエリアが分かたれる。


 マルクはエリーゼを構えた。

壁は半分以下までに下がってきている。


「もう少しだ」


 しばらくして、だいぶ下まで降りた。


 エリーゼをその壁と床の間に挟み込み、何かを噴霧する。


 そして即座にそれを抜き、潰される前に愛する妻をこちらへと戻した。


「お義父さん。今何をしたの?」


「まあ見とけって」


 そう言いながら胸を張るマルクは、何だか子供のようだ。


「グウウウッ」


 突然壁の向こうから苦しむような声が聞こえてくる。

事態を把握できていないマルク以外の者たちは、恐怖で後ろに下がった。


「バルー。匂いの方はどうだ?」


「匂い……?」


 クンクンと鼻を動かしながら確認する。


「だいぶ落ち着いてる。消えたわけじゃないけど」


「じゃあ上手くいったな」


 音はどんどん小さくなり、やがて静かになった。


 壁が自動で上がる。

中では弱った吸血種が倒れ込んでいた。


「バルーは近づかない方がいい」


「どうして?」


「銀を散布したんだよ。身体の中が無防備なら、吸引させてやればいいと思ってな」


「じゃあ、わたしとお父さまでトドメを刺しましょう」


 辛そうな顔で倒れている黒豹の吸血種に近づき、ダラリと開いた口の中に髪の毛を突っ込む。


 喉の辺りにいた上位種の脳天にそのまま髪を突き刺し、あっさりと絶命させた。


「何となく後味が良くないわね」


「無抵抗だったしな」


「それにほら、この子可愛い顔してるし」


 ナーデルが吸血種に対してそう言ったのを聞いたバルーが頬を膨らませる。


「その子、飲むっ!」


 そう言ってずんずん進んでくるバルーの肌に、床の銀が当たって火傷を作る。


「いたたた!」


「何してるの! わたしが解毒するから待ちなさい!」


 ナーデルは髪の毛を使って表面の血呪いと内側の上位種の血を吸い上げ、銀の成分と血の成分を分解していく。


 十分そうな量を解毒した後、銀の影響がない位置でまだ頬を膨らませているバルーのところに駆け寄った。


「はい。このくらいあれば十分で――」


 突然身体が持ち上げられ、眼前にバルーの顔が迫る。


「!」


 ナーデルは顔面に血を集めながら、手で彼の顔を押さえた。


「な、何してるのよ!」


 ぐぐぐと軽く力を入れて迫ってくるバルーに、ナーデルは焦りを見せる。


「こら!」


「僕以外の人のこと、『可愛い』とか言わないでよ!」


 強い嫉妬の感情を浴びせられたナーデルは、ますます顔面に血を集め、真っ赤になってしまった。


「ちょっと……! お父さまとサプナも見てるでしょう……!」


「やだ! ナーデルが僕の気持ちを知ってて、そんなこと言うのが良くない!」


 今やマルクですら、サプナと同じようにジト目でこちらを見ている。


「あ、俺たちのことはお構いなく」


『構い、不要』


「このおまぬけ……! わたしは、ただの道具なのよ!」


 それを聞いたバルーが動きを止めた。


「何を言っているの? ナーデルは僕の好きな女性(ヒト)だよ?」


 さも当然のようにそう言われたが、ナーデルは首を横に振った。

 それを聞いたマルクが深刻そうな顔をしている。


「俺はエリーゼのこともナーデルのことも、ただの機械だと思ったことはないぞ」


「分かってるけど、わたしは処刑道具なのよ。バルーの今後の人生の為にも……」


 顔に水が落ちてくる。

驚いて顔を上げると、バルーが泣いていることに気がついた。


「そんなの、どうでもいいよ」


 優しい彼らしくもない、冷たい口調だった。


「僕は、一生あなただけで良いって、それしか考えてないのに」


「……」


「『今後の人生』って何? 拘束されて、怖がられて、人間としての人生なんて、もうとっくの昔に破壊されてるじゃないか」


 その言葉を聞いて、マルクもサプナも暗い顔になった。


 バルーは油断しているナーデルの身体を引き寄せて、無理矢理その唇を奪い、そのまま髪に含まれている血を吸い上げ始めた。


「!?」


 彼女は必死に抵抗するが、逃げられないようにガッチリと頭を固定されている。


 恥ずかしげもなく音を立て、血を吸い付くされる。

やっと解放された時には、ナーデルの目は少し虚ろになっていた。


「……いいよ。僕から離れる選択肢なんか無いって、これから分からせるから」


 バルーは自分の中にある憎むべき、恥ずべき欲望を受け入れることにした。

彼女の心を手に入れる為、余すことなく、その美し過ぎる顔を使い、蠱惑的に微笑む。


 ナーデルの心を自分のことでいっぱいにさせ、何もかも、他のことなんて分からなくさせたい。

そんな執着と欲求が表出しているようだった。


 それでも、バルーは本質的に紳士だった。

小声で無理矢理キスしたことを謝罪しながら、彼女の身体をそっと床に降ろす。


 その口周りにはまだ、少しだけ血が付いている。


「ごめんね! で、このあとどう進めばいいんだろう?」


 今までの態度が嘘のように、明るく言う。


「あ、ああ……。あっちに扉が現れたぞ」


 父親は胸の奥をざわざわさせながら、その扉を指差した。



 娘が自分のアイデンティティについてマイナスな考えを持っていることも、義息子が娘に執着し、重過ぎるほどの愛情を抱いていることにも、今まで気がついていなかったのだ。


 二人とも特に悩むこともなく、純粋な両想いを楽しんでいると思い込んでいたから。



 バルーは黒豹の血を飲んで身体がまた熱くなったのか、襟元を広げてにっこりと、何事もなかったかのように微笑んだ。


 床に『その盾で皆を護らん』と血文字が浮かんでいたが、誰も気づかなかった。





 扉の奥の通路を進む。


 ナーデルは心ここにあらずといった様子で歩いている。



 ラファエラと戦った際、『ただの女よ』と自分が言ったのに、自分自身は武器や処刑道具としてのアイデンティティを自覚していて、一線を引こうとしていた。

 バルーからすれば矛盾しているだろう。



 マルクとサプナは先ほどのやり取りを見て以降、複雑な表情を浮かべている。


「この辺りには罠は無い?」


「お、おう、無いな。ただ、道の先に人の集団がいるな」


 バルーが鼻を動かす。


「林檎の匂いがほとんど。でも、上位種の匂いもする……」


 ここで何が起きているのか分からず、不安そうな顔でそう答える。


「しかし、変な城だよな」


「ん?」


「本気で殺しに来てないだろ? 最初こそバルーを殺そうとしているのかと思っていたが、ちゃんとこっちが黒豹を倒せるように、仕掛けが用意されているのはどういうことなんだ?」


 バルーはふらふら歩くナーデルをそっと抱きかかえながら、「何か意図があるのかもね」と言った。


 少女人形はバルーの腕の中で縮こまりながら目を逸らしているが、当人はそれを無視して慈しむように彼女の頭を撫でている。



 目の前に広がる、新たな扉の前に立つ。


 バルーはナーデルを降ろし、大きな扉を両手で押した。


 ゆっくりと開いた扉の先に、何人もの人々が立っていて、その手には武器が握られていた。


 中心に、車椅子の上でぐったりしている黒髪の青年がいる。


「!?」


 サプナが驚愕の表情を浮かべ、その青年の足元に駆け寄る。


「遅ェなァ」


「……」


 車椅子の横に立っている男を睨みつつ、振り返るサプナは右手に銀弾を構え、バルーの方にその先端を向けた。


「……サプナ」


 マルクも、ナーデルも、バルーも、それを見て悲しそうな表情を浮かべる。


 サプナの瞳は確かに、涙で潤んでいた。

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