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【完結】銀と血のダンピール 〜吸血鬼殺しの怪物になった、家畜神父の物語〜  作者: 岫住胡乱
第四章 黒豹の古城

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⑤ナーデルの嫉妬

 口を尖らせて足をバタバタさせているナーデルの頭を撫でながら、バルーは少し困っていた。


 サプナが先行してしまうのを止めたいのだが、全く言うことを聞いてくれないし、彼女に話しかけることでナーデルの機嫌がどんどん悪くなっていくのだ。


「話しかけたいわよね。サプナ綺麗だもの」


「な、なんでそうなるんだよー! そもそもなんでそんなに怒ってるの?」


 ナーデルはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「僕の目からはみんな子どもに見えてるって分かってて言ってる?」


「……」


 ナーデルは拗ねたように口を尖らせた。



 エキゾチックな顔立ちに、女性らしい身体のライン。

太ももから覗く暗器でさえ、ミステリアスな雰囲気を演出している。


 ナーデルは、サプナのことが最初から羨ましかったのだ。

自分のような無機物ではなく、生きた美しい女性というだけで。


 自分はあくまで道具でしかない。

心があっても、ただの道具だ。


 バルーの人生を思えば、いつか離れなくてはならない。


 優しい女性と恋をして、子を成して、普通の男性として生涯を全うしてほしい。

 自分がその足枷になるのだけは絶対に嫌だ。



 だからこそ、サプナに嫉妬している。


 わたしが人間だったら、みんなを騙して嘘をついたりしない。

 愛する人を支えて、誠実に生きるのに。


 隠し事をされていることも、父が心配なことも相まって、苛立ちに拍車が掛かる。



 サプナはそんな彼女の気持ちなど露知らず、ラファエラ戦の時と同様に、ワイヤーや注射器型の銀弾で罠を解除しながら進んでいく。


「まるで場所が分かっているみたいね」


 冷たい口調のナーデルに、バルーは苦笑いを浮かべる。


「ラファエラさんと戦った時もこうして助けてくれたんだよ」


「おまえの目を通して見ていたから知っているわ。でも、あの時は血痕があったじゃない。今はどういう原理で罠の位置を把握しているのかしらね?」


 青年はその言葉を聞いて、眉根を寄せた。


「……ナーデル。すごく嫌な言い方してるよ」


 そう言われた彼女は、ドレスのスカートの部分をギュッと握った。


 ナーデルは、自分の心の動きが読めないことに困惑している。

バルーを男性として意識してしまったからなのか、二人きりで過ごしていたのを邪魔されたと思ってしまったからなのか。


「サプナさん、ごめんね。バルーお兄さんからまた言っておくね」


 サプナはこちらの方に振り返った。


 そして驚愕の表情を浮かべる。

 突然、バルーの真横から巨大な石像が出てきたのだ。


「――!」

「なっ……」


 その石像がどんどん近づいてきて、バルーとナーデルが壁に挟まれそうになる。


 サプナは慌てて手を伸ばし、駆け寄った。

彼女にとっても不測の事態だったらしく、かなり焦った表情だ。


 挟まれると思いきや、壁の下の方に穴が空いていて、押されたバルーは足を踏み外した。


「近づいちゃダメだ!」


 バルーと、抱き締められていたナーデルが一緒に落下していく。


 広い空間に投げ出されながら、ナーデルはバルーの身体を髪で結びつけ、落下しながら掴まれそうなものを目視で探した。


 バルーは皮膚が銀で灼かれつつも、必死に耐える。


 ナーデルは掴まれそうなものを見つけられず、パニックに陥りかけていた。


 その時だ。


 ワイヤーが伸びてきて、バルーの身体を掴む。


『司祭、髪、解く、すぐ』


 目の前に銀文字が浮かび、ナーデルはバルーに掴まりながら、髪を離した。


 上を見ると、サプナが必死の形相でワイヤーを伸ばし、バルーの身体を持ち上げようとしているのが見えた。


 穴の入り口にもう片方の手を当てて、何とか支えているような状態だ。


「サプナ! 離しなさい! おまえが落ちたら無事では済まないわ!」


 ナーデルは必死な彼女を見て、良くない態度を取ってしまったことを心の底から後悔していた。


「あっ……」


 サプナが穴から滑り落ちるのが見える。


 ナーデルは無意識に髪を伸ばして、彼女が出来るだけ落下の衝撃を受けないように包み込もうとした。


「サプナさん! 靴を脱いでこっちに投げて!」


 バルーは落下しながら叫んだ。


「銀で灼ける! 大事な物なんでしょ!」


 サプナはその言葉を聞いて即座に靴を脱ぐと、バルーの方に放り投げた。


 その身体をナーデルが包み込み、バルーは空中で両方の靴をキャッチする。


 身体を回転させて、バルーが無事に着地する。

近くにいたナーデルを受け止め、ナーデルはサプナの身体を髪で支えた。


「……何とか、なった」


 バルーが仰向けに倒れる。


「大丈夫!?」


「力が抜けただけ……。みんな無事で本当に良かった……」


 そう言いながら起き上がり、靴を両手にサプナの方へと近づく。


 それを見たナーデルが、靴をこちらに渡すよう、視線で訴えかける。

 バルーは少し考えて言う通りにした。


「サプナ」


 髪をサプナから離し、靴を履きやすいように並び替えて、目の前に置く。


「助けようとしてくれてありがとう。それから、……嫌な態度を取ってしまって、ごめんなさい」


 サプナは靴を履いてから、屈んでナーデルの頭を撫でた。


「サプナのことが羨ましくて妬いたの。気持ちがごちゃごちゃで、冷たい態度を取ってしまった……」


 そう言われたサプナは、少し悲しそうに目を細めた。


『私、ナーデル、羨ましい』


「羨ましい……? どうして?」


『ナーデル、大切な人、傍、居る。会話、可能』


 人は、自分が持ち得ないものこそ欲しがるのだと、ナーデルは痛感した。


『つまり、お互い様』


 それを聞いて、サプナも自分とそう変わらないのだと分かった。


「この仕事が終わってからでもいいから、何を抱えているのか……ちゃんと話してほしいわ」


「……ナーデル、それはサプナさんが自分でタイミングを……」


「わたしは、家族を傷つけられたくない。サプナを疑いたくないのよ」


 ナーデルの声は震えていた。


「だから安心させて頂戴。話せないなら去って」


 黒髪に隠された表情は、ナーデルの位置からは確認出来ない。


 サプナは何も言わず、上を向いた。


 落下した穴のところに人影が見える。

彼女は憎々しげにその人物を睨んだ。


「……ここは、何なんだろう」


 バルーが空気を変えるために声を発する。


 床も壁も石材ではなく、クッション性のあるマットのようなもので埋め尽くされている。


「落ちている時には気が付かなかったわね」


「落下の衝撃を分散する為なのかな?」


「何で敵がわたしたちにそんな気を使うの? 他に理由があるはずよ」


 長方形の部屋に、扉が一つだけある。

開けようとするが、びくともしない。


「グルルルル……」


 獣の唸り声。


「後ろ!」


 バルーが指した方向を見るが、そこには何も居ない。


「あっち!」


 また居ない。


「速すぎる……!」


 ダンピールの力を持ってしても追えない速さの生き物が、部屋の中を動き回っているようだ。


「ナーデル。お願い」


 そう言うバルーの身体に、赤黒い塊が突進してきて、一瞬だけ停止する。

しかし、直ぐに他の位置へと跳躍した。


 ナーデルは躊躇無く、バルーの首を噛んだ。


「ふ、う……ッ!」


 美しい顔を歪めた青年の瞳が赤く染まり、眼鏡が口輪の形に変わる。

上半身が拘束され、飢餓状態へと至った。


 一目サプナを見て、その靴も見るが、味方だとちゃんと認識出来たのか、襲いかからない。


「いい子ね。さあ、敵を捜して」


 バルーはすごい勢いで眼球を動かし、跳躍した。

飢餓状態になることで速度が段違いに上がったが、それでも着地地点に獲物が居ない。


 身体が敵の速度に追いついていない。


「サプナ!おまえはとにかく避けなさい!」


 彼女が頷くのを確認したナーデルは、目の前の敵に集中する。


 近接攻撃は当たらないだろうと判断し、髪を長銃の形に変化させる。

敵の動きを先読みして撃つしかない。


 血呪いと銀を混ぜて弾に変える。

間違えてサプナを撃ってしまえば、後天性吸血種にしてしまうだろう。

 気が張る。


 敵が素早く眼前を動き回り、バルーの前まで飛び出てくるのが見えた。


 黒豹の姿をしている。


「……!」


 サプナは黒豹を見た瞬間、動揺したのか、壁に立ち止まった。


 敵がその隙に飛び掛かろうとするが、ナーデルの銃から放たれた弾丸が背中に当たり、中断された。


「バルー! あいつを追跡して!」


 父の手も借りたいが、向こうの状況が分からない。

不用意に通信するのは互いに危険だろう。


「グウウウ」


「追いつけないわね……」


 バルーの速度でも、完全に後手に回っている。


 誤射のリスクもあり、乱射も出来ない。


 サプナは困り果てているナーデルと、猟犬のように敵を追い回しているバルーを見た。


 右手にワイヤーを持つ。



 サプナにとって、幼い頃からの信仰対象を傷つけることは重罪だ。


 手が震える。

でもこの状況を打開したいのなら、自分がやらなくてはならない。



 サプナは思い切り、暗器のついたワイヤーを投げた。

何本も同じように、柔らかい素材の壁に向かって放つ。


「サプナ! 何をして……」


 バルーたちの横を黒豹が通り過ぎる。

しかし、何故か最初よりも速度が遅い。


 サプナから伸びた何本ものワイヤーが部屋中に張り巡らされ、まるで蜘蛛の巣のようになった。


「バルー。止まりなさい」


 猟犬は、素直に言うことを聞いて立ち止まる。


 黒豹の身体はワイヤーに絡め取られていた。

もがいてはいるが、力がそこまで強くはないのか、ワイヤーが切れることはない。


「グゥウウ……」


 床にぼたぼたと涎が落ちる。


 ナーデルが口輪を外してやると、バルーはガブガブと黒豹の喉元に噛みついた。

 先程と同様に中から吸血種のものらしき顔が覗く。


 吹き出す血を浴びながら獰猛に笑うバルーは、中にいる吸血種にも噛み付き、あっけなく絶命させた。


 ナーデルはバルーから離れる。


「ぐっ……ふ……」


 口周りを血だらけにしたバルーがゆらりと立ち上がる。


「はぁ……、暑い……」


「心配だわ。……その血は、あまり飲まない方が良いんじゃないかしら……」


 男は首を横に振った。


「いや、飲んだ方が良いと思う」


「どうして? また熱が出たんでしょう?」


「もう引いてきたよ。今度は身体が軽くなったような気がする」


 ナーデルはそれを聞いて困惑した。

当の本人は何の問題も無さそうに身体を動かしている。


「サプナさんもありがとう! 食い止めてくれて」


 そう言うバルーの足元に血文字が現れた。


『その疾さを以て、安寧を得よ』


 しかし、彼らはそれに気づかなかった。

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