第八話 政略の対面
馬車から優雅に降りたったのは,世にもまれな美青年だった。
珍しく,ツヤのある黒髪。エメラルドグリーンに輝く,女性なら誰でも吸い込まれそうになりそうな,その瞳。背も高く,素晴らしいスタイルだ。女官や,貴婦人たちは王子が前を通ると,うっとりとため息をついた。
あの気まずいコリーンの家庭教師,ロシュフロー伯爵夫人も珍しく,おだやかな顔つきになった。
もちろんブランカ公妃はむすっとしているコリーンの横でまるで遠い存在のように彼を眺めていた。(実際はそうだが)コリーンは横目で王子をチラリと見ただけだった。
王子のすぐ後に,大使が現れた。大使も物腰の良さそうな公爵という感じであった。
王子と大使は数人の取りまきを連れて,玉座に座っているコリーン,そして宮廷一の実力者カステーイール公爵のとなりの威厳をかもしだす,アルセリーナ女帝の前へ出た。アルセリーナは愛想よく微笑んだが,コリーンはまるで彼らを見ていなかった。
王子―アンドレイ―はアルセリーナの歓迎の言葉を聞きながら,じっとコリーンを見つめていた。
コリーンはブランカ公妃に注意されて,ペスタリカの一行を眺めていたが,彼女が見ているのはダンディななかなかの大使である,カッセリア公爵を見ていた。だが,アンドレイはそんなことはどうでもよかった。コリーンの美貌に,すっかり心が奪われていたのだ。
「歓迎のお言葉を,有難うございます。我が国の誇る王子も,新女帝の良き夫となりこの国を殿下とともに治めていきたいと,思ったしだいでございます…。ペスタリカ国王ハトルスア13世も,このたびの婚約をとてもお喜びになられています」
アルセリーナはチラチラとアンドレイを見ながら,顔を朱に染めてそれに答えた。
コリーンは余計苛立った。まるで女帝は娼婦だ。若くて,ハンサムな男だったら,誰かれかまわず飛びついていく。そんなところも,コリーンは大キライだった。
アンドレイは一歩前に進み出て,
「ペスタリカ国王子,アンドレイ・コルヤ・フォン・ハトルスワフです。
この国の偉大さを,幼い頃から知らされていました。私の求婚を,アルセリーナ陛下が快く承知してくださり,光栄です。必ず陛下と殿下のお役に立ちたいと思っています」
アルセリーナは満足そうに頷くと,私を見た。その目は多くのことを語っていた。
コリーンはため息をついて,アンドレイを見た。アンドレイは期待に満ちた目で彼女を見つめていた。