第七話 強大国の王子
時は過ぎた。
コリーン・アリステッドは15歳を目前にし,レクシアスも14歳となった。
だが,コリーンには一つ,厄介な出来事があった。
―“婚約”である。
コリーンのクリスタリア国ともあろう強大国が,婚約となると世界中の国々が飛びつくであろう。敵国でさえも,クリスタリアの皇女と結婚するのならば,あっという間に和平が結ばれるはず。特に女帝であるアルセリーナははりきっていた。
「数え切れぬほどの求婚者の中で,貴女にピッタリの王子を見つけたのよ」
女帝は満面の笑みでコリーンを見た。コリーンは憤激していた。
―結婚!!どこともしらぬ国の王子となどもってのほか!!!
コリーンの怒りに燃えた目を見れば誰でも彼女の心情が一目瞭然であった。アルセリーナは怪訝そうにコリーンを見つめる。
「何が不服だというの?貴女が不満になるだろうと思って,多大な影響力と莫大な富をもち,最高の軍事国家として有名なペスタリカの,絶世の美男子だといわれている王子を選んだのよ!クリスタリアにとってこれほど有利な婚約はないわ。さあ,明日には王子はつくだろうから準備をなさい」
コリーンはこぶしを握りながら女帝の部屋を荒々しく出た。
何一つ気に入らない!!なぜ私に相談一つしないで勝手に婚約をすすめてしまうのかしら!
コリーンは思い思いをものにぶつけて私室にもどった。
そして口をとがらせながら大きな鏡を覗き込む。
銀髪の量はたくさん増え,肌も陶器のように真っ白。背もちょうどいいくらいに伸びたし,体つきも女らしくなった。頬の紅潮はまだ子どもっぽかった。
だがいくら15だろうと,私は子どもに過ぎないわ!!
コリーンはベッドでうつぶせになって嘆いた。どうせこうなることはわかっていた。
自分の人生は自分では切り開けないのだ。所詮母の手によって,私の人生は決められてしまう。
即位しても,私は母が死ぬまで,お飾りの女帝として過ごすしかないだろう。
引退してからも母は権力をにぎって離さないはずだ。それが悔しくてならなかった。
何より,コリーンはレクシアスを愛していた。
初めは,姉として,兄弟愛として彼が好きで,好意をもっていたが大人となりはじめた彼女は,いつのまにかたくましくなったレクシアスに愛が芽生えていた。
許されないことだとは知っている。どこの世界でも犯してはならない罪だった。
だがもう遅かった。彼女は彼が好きでたまらなくて,1日会えないだけでも辛くて仕方がなかった。
しかし,レクシアスの気持ちは未だに分からなかった。
コリーンはそれが辛かった。彼が自分のことをどう思っているか,まったく分からないのだ。
それどころか,恥ずかしくて彼の顔を見ることもできず,ずっと黙ったままで結局塔を去ってしまうのだ。
「レクシアス………私…耐えられないわ……」
コリーンはすすり泣きながら,レクシアスの名をひたすら呼んだ。
彼に届けばいいと,虚しい祈りを重ねながら……。
*
*
「皇女様,アンドレイ様のお美しさといったら何にも例えられませんわ」
うっとりとした目で,ブランカ公妃はコリーンに囁いた。コリーンは不機嫌そうに頷いただけだった。公妃はとたんに悲しそうな顔をした。
「ダメですわ…。皇女様,もっと喜ばれないと。他国の皇女,王女達がアンドレイ王子を望んでいると有名ですのに……!!女官達は切なくて,ため息をついてしまうとか」
コリーンは黙ったまま座っていた。おしゃべりな公妃はそれ以上何もいわず,彼女の隣に立っていた。
皇女と強大国の王子の初の対面式……。国中はその話で持ちきりだった。
美しい皇女とハンサムな王子!それだけでロマンティックなのに,絶大な冨をもった二人となると,世界中にセンセーショナルを巻き起こすのではないか。民衆は口々にそう言った。
だがただ一人,不満な人物がいた。そう。主役であるコリーン・アリステッド皇女であった。
皇女はふくれっつらで豪華な玉座にすわっていた。アルセリーナのはからいである。
その時。ラッパが鳴り響いた。コリーンはそっと顔を上げた。