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第四話 隠された弟

“元気かしら。もうずっと会っていないわ”


コリーンは走りながら心配になってきた。片手には紙袋に入った少量のお菓子を,そしてもう片方には白い薔薇の入った花瓶をもって。


真昼だった。やっとイジワルな母の担当する勉強を終え,自由時間になると,彼女はある塔にまっしぐらに走っていった。彼女はあせっていた。どうか元気なように。寂しくて病気になっていませんように。


コリーンは昼間でも薄暗い螺旋階段を上りながら一心に祈った。

そして鉄の扉の前に立つと,もっていた金色の鍵で扉を開けた。


―ガタンという鈍い音がして,扉は内側に開いた。


中で,ベッドにすわっていたのは,ブロンドの髪とコリーンと同じ,セルリアン・ブルーの目をした愛らしい少年であった。彼はもう12歳であったが,どうみても9歳か10歳くらいにしか見えなかった。


コリーンは息を整えながら,少年を見ると,ホッとしたようにその場にすわりこんだ。


「コリンヌ……!!」


彼はそう呼びながら足をひきずって,彼女に駆け寄った。彼女がそれを制した。


「大丈夫よ……はやくおもどりなさい」


少年はつぶらな瞳をパッチリしながら,心配そうにコリーンを見つめ,おずおずと薄っぺらなシーツをはった固そうなベッドにもぐりこんだ。コリーンは上品に立つと,さっそく少年に持ってきたお菓子を渡してやった。


少年は細い目を思い切り大きく開いて喜んだ。

そして夢中でお菓子を食べ始めた。コリーンは食べている少年の横で,白い薔薇の花を,唯一光がさす窓のところへ置いてやった。


少年は薔薇に気付くと,微笑を浮かべた。


「また持って来てくれたんだね…。いつも有難う…」


コリーンは得意げに付け加えた。


「貴方が白い薔薇がスキって言うからね…。前まで届けていた紅い薔薇や,黄色い薔薇はやめたの。

白っていいわね。まさに無垢そのもので……」


少年は黙って微笑んだが,またお菓子を食べ始めた。

コリーンはやせ細って蒼白な彼の顔を見つめながら,涙と,そして怒りがこみ上げてきた。


「レクシアス……貴方は…自分の母親を恨まないの……?」


レクシアスと呼ばれた少年はふと顔を上げた。


「何故?」


コリーンはそれには答えず,黙りながら俯いた。

 彼は知らないのだ。自分が私の妹,皇太子で本当は皇帝になるはずだったということを。

 なのに母がそれを捻じ曲げて女帝制に変えてしまった。それと同時に彼の境涯も一変し,

 あたかも忘れ去られたようにこんな塔に一人ぼっちで閉じ込められている……。

 私と同じ,ナルセーシュタイン家の息子なのに……。


コリーンは今になって深い罪悪感を感じていた。

彼には話した方が良かったのだ。貴方が皇太子で,次期皇帝だったはずなのだと。私はただの皇女なのだと。それをアルセリーナが変えてしまって,貴方は一生孤児として暮らすはめになったのだと。


あとになって苦しむのは彼なのだ。だが,すでに病気におかされている彼にそんなことが言えようか。

いつか自分の母に会うのが夢だというのに。彼は目を輝かせて語るのに。


コリーンは嘘の微笑でそれをきくが,心はしずんでいた。

そして自分のせいでこうなってしまった彼が可哀想でならなかった。




レクシアスは小さな窓の外に広がる透き通るような青空を見つめながら,呟いた。


「僕が……元気になって,ここを出られるようになった時……コリンヌ,僕は一番最初に何をすると思う………」


コリーンは彼のために温かい靴下を縫ってやりながら,微笑んだ「さあ,何かしらね?」

レクシアスはゆっくりと振り返って,彼女に笑い返した。


「それはね………母さんを見つけることなんだ……。

 母さんはきっと理由があって,僕を手放したんだろうし,いつか必ず僕を泣きながら抱きしめてくれるんだ………」


コリーンは笑みを消して,即座に俯いた。

が,すぐに泣きそうになるのをこらえながら,レクシアスの手をにぎりながら祈るように言った。

彼女は真剣だった。


「ああ…レクシアス……お母様はずっと以前に遠い国へいってらっしゃるのよ。貴方はきっと会えないわ…。だから…私が貴方のお母様になるわ……精一杯優しくするから…」


レクシアスは微笑んだが,すぐに首を振った。

そして,すまなさそうにコリーンの目を見つめた。


「ごめんよ……。

 いつもコリンヌには迷惑をかけてきた…だが結構だよ…僕は知っているんだ。この前誰かが話しているのをきいたよ。君がこの国の皇女だってこと…。何故そんなに僕に尽くしてくれるんだい?ただの好意とは思えないんだ。君と僕は何らかの繋がりがあるとしか………」


コリーンは彼を抱きしめた。彼が呼吸困難になるくらい抱きしめて,それからコリーンは彼の額にキスをしながら涙目で呟いた。


「やめて,レクシアス。私と貴方にたとえ繋がりがあったとしても,私は貴方への好意で来ているの。

愛しているわ。本当よ。だから,私を…母親だと思ってちょうだい」


彼はコリーンを引き離して,やはり首を振った。


「だめだよ。君は僕に構うほどひまじゃないだろう。いくら僕が病弱だろうと,僕には分かる。

君は僕のために無理しているんだ。君には君の居場所があるし,僕にもきっと帰る家はある。母さんは死んだわけじゃないんだ。僕は信じているんだから。巡り合うことを……」


コリーンは悲しみに暮れて,彼を見つめた。だが,涙で彼の表情は分からなかった。

二人を包む,沈黙。そしてレクシアスはそっとすすり泣く彼女を抱擁した。


「君は嘘をつくのがヘタだね……。僕にはすぐに分かる。君は少しやすまないと…」


コリーンは立ち上がって,手の甲で涙を拭いながら叫んだ。


「私はどうなったっていいのよ!!レクシアス,貴方が幸せならば!!!

 貴方の微笑みが見たいから,どんな苦痛も耐えてきた……!」


レクシアスは呆然とコリーン・アリステッドを見た。

コリーンは静かに彼に向き直ると,やはり微笑を浮かべて約束した。


「また来るわね……。たくさんの…お土産をもってくるから…」


それ以上,彼女は言わず,クルリと彼に背を向けて出て行った。最後に彼にキスを投げて。

レクシアスは思わず涙を溢した。そして何も知らず,何もできない自分が恨めしくてならないのだった。





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