第三話 天使のように
「貴女は天使のようになるのですよ。名だたる王家の娘,次期女帝としてね。
他に4人もいる皇女の中で貴女はとてもいい席にいるので。他の娘達は近く,隣国の王妃,皇妃として旅立ってゆくのですからね」
皮肉っぽく,アルセリーナが言うとコリーン・アリステッドは返事もしないで頷いた。
頭の中では,ただ“悪女の娘”という言葉が繰り返されるのだ。忌々しい宮廷生活。コリーンは我慢の限界にきていた。女帝の後を継ぐくらいなら,長女になんか生まれなければ良かったのだ。そうすれば,夢のような優しい王子の許へ行くことができるのだから。
「聞こえているんでしょうね?この群衆の声が。
皆貴女を必要としているのよ。偉大なる私の娘として」
“悪女の娘”として!コリーンは眉をひそめながら心の中で呟いた。
窓の外には,国庫が空なのを知らされず、強大国として成長すると信じきっている我が国の民が集まっている。洗練された私を見ようとして!
無理矢理にも期待をかけようと………!!
「では行きなさい。これが成功すれば王家のイメージアップにも繋がりますからね」
コリーンはそれを完全無視すると,従僕によって開け放たれた窓を抜け、テラスに出た。
一斉にどよめきが起こった。進み出てくる皇女の神々しい姿に,民衆は呆然とした。
純白のドレスに身を包んだ皇女は幼い女神ともいえる風格を表していた。
清楚で整った顔,こぢんまりとした形の良い鼻,つぶらだが大きな光を放つセルリアン・ブルーの目。まるで陶器の人形のように白い肌に,血のような赤い小さな唇。そして豊かな銀色の,美しくウエーヴした髪。皇女は群衆に向かって精一杯微笑んだ。
「皇女様バンザイ!」の上がった。
すると次々にバンザイの声が上がり,耳をつんざくほどの盛大な拍手が沸き起こった。
「なんてお可愛らしいんでしょう!!」
「なんとチャーミングな!!!!」
「素晴らしい皇女様だ!」
群衆の歓びと彼女への信仰は絶頂に達していた。だが,熱中する群衆を見て,コリーンの脳裏を不安が横切った。
もし私が女帝になったとき,私が母のように悪政を行ってしまったら,民衆はどう思うだろう?
やはり前女帝と同じような低レベルな女帝としてとらえるのだろうか?
そうなってしまったらどれほど民衆は私を憎むだろう……。
コリーンはどよめきと拍手を聞きながら,そんな思いにかられた。
チラリとうしろを振り向くと,アルセリーナが目を光らせているので,コリーンは慌てて民衆に振り替えり,お礼の言葉を述べた。
「親愛なる我が国の民よ。私は次期女帝コリーン・アリステッド・リュ・ナルセーシュタインです。
女帝アルセリーナの長女です」
民衆は期待に溢れる視線を彼女に向けていた。今この瞬間,地球上で彼女ほど注目され,期待された人物はいなかったであろう。彼女は続けた。
「私は今13歳です。まだほんの子ども……。教育も十分ではありません。
ですが他国との戦争による飢饉や税に苦しむ貴方がたのお気持ちは熟知しています。だからこそ,私が女帝になったとき,母と同じように貴方がたに尽くすつもりでいます」
コリーンは前民衆にゆっくりと視線をまわした。
「それまで…しばしの間,期待していてください。そして忘れないで下さい。私はどんなときも,貴方がたのことを考え,貴方がたの幸せを祈り,国の繁栄を祈っていることを」
群衆は大人満ちたコリーンの態度と言葉に圧倒されていた。
誰もが言葉を失い,彼女の利口さに息をするのを忘れているほどだった。
「ナルセーシュタイン家万歳!!!」「女帝万歳!!!」
「天使のような皇女様万歳!」
それぞれが彼女を称えた。それぞれが,さまざまな思いを胸に。
今や彼女は幸せをもたらす一人の天使であった。彼女の自信に満ちた笑顔の裏には,恐れと不安が重くたちこめていることには誰一人として気付いてはないのだが。