第二十四話 再会のレクシアス
三日後、とうとう弱りきったエレーナ皇女を臣下たちが扉をこわして部屋から運び出し、なんとかことなきを得たが、今度は女帝が部屋に引きこもってしまい宮廷中が大騒ぎだった。
どんなに仲が良かった友人も、身内の貴族達も(もちろんアンドレイも)相手にされず、コリーンは嘆くばかりであった。こんなことをしていてはいけない、と分かってはいるのにあふれる感情をおさえることができず、彼女はナターリアの死とエレーナの憎悪の間でもがき続けていた。無力な自分をどう励まし、奮い立たせてやれば良いのか分からなかった。
彼女の古き友人達は、ある日レクシアスの居所をつきとめ、彼にクリスタリアにきてもらえるよう頼んだ。最初はとまどったレクシアスだったが、やがて彼がスペインを立ったとの情報が友人等にもたらされ、彼らは狂喜した。だが、レクシアスさえもコリーンが拒んでしまったら、もう今度こそどうにもならないと覚悟もしていた。
皇女クリスティーナは仕方なく乳母に育てられることになった。
コリーンは愛する子にさえも興味を示さなくなっていた。
レクシアスの到着をまつ間、国の中で再び国家不信をとなえる者たちがあらわれ、内政だけでなく国の雰囲気さえも乱れていた。
そんなある日、とうとうレクシアスが馬車にのって入城した。
それは極秘として早朝のうちにされた。レクシアスは入城してすぐ、コリーンの私室へ走っていった。貴族の取り巻きは一人もつれていなかった。彼はコリーンと二人だけになりたかったのだ。
「コリーン……?」彼は扉に向かって優しく語りかけた。
しばらくすると、中からかぼそい声が返ってきた。「……レクシアス…なの?」
美しいソプラノの声。レクシアスは感嘆に胸が震えたが、冷静に応えた。
「そうだよ。入ってもいい?」
数分返事がなかったが、やがて扉をあける音がし「どうぞ」とコリーンの声がした。
レクシアスがなかにはいると、そこには髪が乱れ、目が腫れ、急速に衰えた女帝がベッドに横たわっていた。すでに枕には大量の涙がしみついており、びしょびしょだった。だが、彼女は何も気にしていないようだった。「コリーン」
レクシアスはゆっくりとコリーンに近づき、骨が折れそうになるくらいきつく彼女を抱きしめた。
「帰ってきたよ…。僕だよ」
「…レクシアスなのね…?」ほとんど涙声でコリーンがつぶやくと、レクシアスは涙を流しながら微笑み、彼女のひたいにキスをした。すると、みるみるうちに女帝の頬に赤みがさし、目に生気が戻ってきた。
「どうしたんだい?君らしくないな、コリーン。まさかナターリアの死をまだ悼んでるのかい?」
いいえ、とコリーンは首を振った。
「自分の死を悼んでるの」
「自分の死?」レクシアスはききかえした。
「…女帝としての私よ…。もう私は女帝としての威厳も、振る舞いも忘れてしまったの…」
「私は、何もできないの」彼女は繰り返し、それからガックリと首をうなだれた。
二人のあいだにしばらく沈黙がただよい、時間が止まったように音がなかった。
レクシアスはじっと紺碧にかわってしまったコリーンの目を見つめ、それから優しく微笑み、彼女の白い手をにぎった。
「何いってるんだよ…。コリーン。僕は…自信がなくて弱々しいコリーンなんか見たくないんだよ」
コリーンはピクッと肩を動かし、顔を上げたが、すぐに苦しそうな顔になって声を上げた。
「ごめんなさい…!でも私もう限界よ…。好きでもない人の相手して、あれしろこれしろってしつこい重臣達の要望をきいて、国民の誹謗に耐えて…」
「妹の死と私に対する憎悪に耐えなければならないの」
彼女は涙を流して瞳を揺らした。そこには強い悲しみが浮かんでいた。
「ねえ、どうすればいいの?私どうしたらこの国を治められるの?ねえ、どうしたらナターリアは…!」
「やめろ!!」
レクシアスが叫び、そして再び彼女を抱擁した。彼のぬくもりは、冷たい彼女の体にすぐに伝わり、コリーンは力が抜けるのを感じた。