第二十一話 揺れる心
コリーンはいつもの煌びやかで豪華な衣装をやめ,喪に服した。
そして,震える指でレクシアスに手紙を書いた。大きな私室はロウソクだけを灯し,空気は女帝の心のように沈んでいた。書きながら,コリーンは大粒の涙を溢してしまった。
『 親愛なるレクシアスへ
私の可愛い妹のナターリアが先日,亡くなりました。
私の悲しみは海の底のように深くて,とても彼女の死因をかくことができないことを,お許し下さい。
お兄様,どうかナターリアのために祈っていただきたいのです。
彼女は若くして死んでしまったのです。幸せを何も知らないまま,一人で逝ってしまった…。
だからこそ,あの世で彼女の永遠の幸福を約束したいのです。ですが,私の祈りでは限界があります
ここで,筆は止まってしまった。コリーンはハンカチで涙を拭った。頭が混乱してて,どうしても次の言葉が浮かばなかった。
その時,部屋の扉が開いた。
コリーンが振り返ると,ネグリジェを着たエレーナが青い顔で立っていた。美しかった金髪はナターリアを失った悲しみのために,多くが抜けていた。まるで死んでしまったナターリアにそっくりになってしまっているエレーナを見て,コリーンは戦慄を覚えた。
「エレーナ,どうしたの?眠れないの?」
コリーンが優しく尋ねると,皇女は力なく首を振った。女帝はゆっくりと立ち上がると,扉まで歩いていき,しゃがんでエレーナを抱きしめた。その体の細さに,コリーンは驚いた。弱々しい骨が,突き出ている。ヒカリを失ったエレーナの目を見つめ,コリーンは声を上げた。
「エレーナ……!何も食べてないのね!?」
皇女は答えなかった。唇を閉じたまま,じっとコリーンを見下ろしているだけだった。
コリーンは急いで女官を呼び,エレーナに食事をさせなさいと命令した。女官がエレーナの小さな手を取ると,エレーナは反抗した。体が弱った少女の力とは思えないほど,その力は強かった。
「やめて……!やめて………!触らないで」
声はひどくかすれていた。コリーンは暴れるエレーナを抑えた。
「言うことを聞きなさい!エレーナ!食べないでどうするの!!」
エレーナは目に涙を浮かべて金切り声を上げた。
「やめてよ!!食べ物なんかいらない!
ナターリアがいないのに,食べ物なんかおいしくない!」
「エレーナ!!!!」
「いやよ!いやよ!!コリーンなんか嫌いよ!コリーンのせいでナターリアは死んだんだわ!コリーンが自分勝手なせいでナターリアは死んだのよ!!可哀想なナターリア!死んでも,あたししか悲しんでもらえない!!」
コリーンは泣き喚く妹に思わず手を上げた。
激しい音がして,弱ったエレーナは床に倒れてしまった。女官が慌ててエレーナを助け起こすと,コリーンは我に返った。目の前には,憎悪に満ちた顔のエレーナがよろめきながら立っていた。
「あ………今,私……」コリーンは赤くなっている自分の手のひらと,赤くなっているエレーナの頬を見た。エレーナは大きな声でコリーンを罵ると,走って行ってしまった。女官はどうしてよいかわからず,おどおどしている。コリーンは呆然とたちつくしていた。
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「陛下,エレーナ皇女殿下が,私室から出てこられません」
養育係長のブラッセル伯爵夫人が女帝に言った。
女帝は黙ったままそれを聞いた。そして,静かに答えた。
「ほうっておきなさい」
伯爵夫人は訴えた。「ですが,陛下。妃殿下はここ一週間ずっと何も口にしていませんわ。飢え死にしてしまいます!」
コルニース大公国の大使エスパリヤがそれに加えた。
「そうですぞ。女帝よ。エレーナ皇女の嫁ぎ先は我が国のフロペリヤ大公なのですぞ」
「大丈夫です。コルニース大使よ。エレーナは死にませんわ。私が保証します」
「ですが,万が一今,私室で倒れていたらどうする」
「起き上がらせます」
女帝はきっぱりと言った。そして近くにいたペニョン公妃に耳打ちした。
「エレーナの私室へ案内して」