第十九話 悲恋
コリーンの妹達が次々とあらゆる国へ旅立ってゆく中,やっとコリーンは第一皇女を出産した。
国中が熱狂し,他国も祝った。
コリーンはアンドレイの血をひくこの小さな王女クリスティーナ・アリステッド・ル・ナルセ-シュタノリアを,「マダム・クリスティーナ」と呼び,愛情という愛情を注いだ。
14歳になっていたナターリアは明後日,小国トールスへ旅立つ。未来のトールス王妃はコリーンの腕の中の幼いクリスティーナを寂しそうに見つめた。
「なんて無垢で美しいのかしら」
そう呟くと,クリスティーナの頬に触れた。クリスティーナが微笑んだ。コリーンはナターリアを不思議そうに見つめた。
「あなたもそうじゃない。小さいころとは想像もつかないほど美しくなっているわ」
確かに,彼女は美しかった。10代のころのコリーンにそっくりの容姿だった。すでに宮廷では有名になっている。ナターリアはクリスティーナからコリーンへ視線を移した。そのもの悲しげな目は多くのことを語っていた。
「私は美しくなんかない。無垢でもない。穢れた女だわ」
そしてゆっくりと俯いた。コリーンは驚いてナターリアを見つめた。
「どうしたの,ナターリア?あなたのどこが穢れているのよ」
ナターリアは答えなかった。コリーンは彼女に触れた。
ナターリアは拒否した。目は涙で溢れていた。
「やめて……私には触らないほうがいいのよ!
私は汚いの!!みんなそう言うわ!どんなに美しくても…!あの人は振り向いてくれない!
それをひきずったまま,私はトールスへ行くのよ!!」
ナターリアは泣き出した。コリーンは目を見開いた。
「……ナターリア,あなた,恋を……!?」
ナターリアは走って,部屋を出て行った。
飾ってあった花瓶が倒れて,ガラスが飛び散った。コリーンは床に落ちたリナリアを拾い上げた。
「…………私の恋を知ってください…………」
コリーンは呟いた。リナリアの花言葉だ。
「ナターリア………!!」
*
*
翌日,コリーンはナターリアが宮廷に帰ってこないので,ナターリアと親しいプランツェル公妃の娘,カタリーナを訪ねた。カタリーナはナターリアはいない,と首を振った。
コリーンは首をかしげて言った。
「…あの子,昨日クリスティーナを見て泣き出したのよ。「私は穢れてる」って。
そうして,部屋を出て行ったの。夜になっても返ってこないから,私,あなたの家にいるかと思ったんだけど…」
カタリーナは不思議そうに言った。
「昨日ですか?昨日は,たしかにナターリアは私の家に来ましたよ。「泊まらせてくれ」って。
でも,私が陛下が心配するからって…宮殿に帰そうとしたんです。それで,彼女しぶしぶ帰っていったからてっきり宮殿に戻ったのかと……」
コリーンは真っ青になった。
「じゃあ,ナターリアは???」
カタリーナは叫んだ。
「まさか……!!!!!」
*
*
ナターリアがいなくなってしまい,宮廷は大騒ぎだった。
明日はいよいよトールスへ行くというのに!!兵という兵が国中を探し回った。コリーンも念のためにトールス国王への手紙を夕方頃,直筆でかいているとき,部屋の扉が乱暴にあけられ,大臣ペーローが叫んだ。
「陛下……!!!!
ナターリア妃殿下が見つかり…ました…!!」
コリーンは立ち上がって冷静に言った。
「どこに?無事だったの?」
ペーローは沈黙した。そして苦しそうに呟いた。
「その……カスティーノ海からご遺体が……うちあげられて…!」
「なんですって!!!!!!」
コリーンは叫んだ!
嘘だ!こんなの嘘だ!何かの間違いだ!!!
*
*
ザザーン ザザザー ザーーーー
ナターリアの変わり果てた姿は,カスティーノ海の海岸で待っていた。
泣きわめく人ごみを抜けて,コリーンは毛布に包まれたナターリアを見た。
青く生き生きと輝いていた瞳は光を失い,ガラス玉のように虚ろだった。
朱に染まっていた頬も,そして美しかった顔も真っ白で,冷たく,氷のようだった。豊かだった金髪も海で抜け落ちたのか,多くが失われていた。その冷たい体も,薄い絹のレースも,びしょ濡れだった。遺体は,夕日に照らされて,一つの死として横たわっていた。
誰かが「自殺だわ」と呟いた。
紫色の唇は,もう美しくも,愛らしくもなかった。
コリーンは毛布をとって大切な妹を抱き上げた。その瞬間,女帝の頬に滝のような涙が流れた。
人々は悲しみに打ち砕かれた。コリーンは半狂乱のまま,愛妹をずっと抱きしめて離そうとしなかった。ナターリアの目は,じっと空を見つめていた。その目に,悲しげに泣きながら飛ぶウミネコの姿が映った。
海は,無情にも人々を見つめているだけだった。
*
「ナターリア皇女のご冥福を…」トールス国王からはそう送られてきた。
あの悲惨な出来事は,誰もが悲しんだ。コリーンは三日三晩と,部屋から出ず,食べ物にも手をつけなかった。なぜ,ナターリアが死ななければならなかったのか。あの子が何をしたというのだ。
コリーンは悔しくてならなかった。
自分が気付かなかったから,ナターリアは死んでしまったのだ。
全て自分のせいなのだ。妹1人守れなくて,国を守ることができるのか。
11歳だったエレーナも,ナターリアの死をきいて一日中泣きわめいた。その強固な悲しみは,誰も受け入れず,暴走した。コリーンが抱きとめてやらなかったら,エレーナは部屋を壊していたかもしれない。エレーナはナターリアを母親代わりにしていたのだ。
エレーナはコリーンに抱きつきながら叫んだ。
「なんでよ!なんで!ナターリアが死ぬの?
神様のイジワル!!!ナターリアを返してよ!!」
エレーナがなお叫び続けても,コリーンはなすすべもなくじっと空を見つめていた。