第十三話 母との対決
「お母様,知っていらっしゃるのでしょう」
コリーンは自分でも驚くほど冷静な声で言った。
アルセリーナはひどく忙しそうに積まれた書類を座りながら片付けていた。
「何をです」
女帝が不機嫌そうに訊いた。コリーンはじっと前をみすえ,
「黒い森にいた塔の少年,いや,青年の事です」
重い沈黙が,女帝の私室で流れた。女帝は黙ったまま,コリーンをゆっくりと見上げた。永遠に続くかと思われたが,女帝が口を開いた。
「………貴女には関係がないわ」
気味悪く睨みつけた後,女帝はペンを動かし始めた。自筆サインの書類が広い机を散らかしている。
コリーンはさっとそれを見回した後,するどい口調で言った。
「関係があるんです。とても,貴女が知らない関……」
「呪わしい関係ね」
コリーンが言い終える前に,女帝が口をはさんだ。
“呪わしい”……。そうなのかもしれない。私達は出逢ってはいけなかったのかもしれない。
けれど,もうこれを誰にもとめることはできない…。たとえ,強大国の支配者でも…。
コリーンは何かとても強い思いが自分を支えてくれていることに気付き,いっそう強く言った。
「そうかもしれません…。けれど,神への冒瀆を犯したつもりではありません。私達は純粋に…」
「近親愛に,純粋などありますか」
ぴしゃりと,女帝は言い放った。コリーンは深い憤りを覚えていた。拳を固くにぎり,青くなった唇をきっとひきしめ,肩をかすかに震わせた。アルセリーナは薄笑いを浮かべた。
「私はとうに知っているのですよ。プリンセス・アリステッド。貴女がレクシアスのもとへいき,何かよからぬことを企んでいたのは………」
「違う!私達は森で知り合い,そして友情という愛のもとに,私は彼のところへ訪ねていたのです。
お母様が想像していたおぞましいこととは全く違うものなのです!」
「黙りなさい!!!」
一瞬で,静かになった。コリーンはまだ何かをいいたげに,口をかすかに動かした。
女帝はするどく彼女を睨みつけていた。
「クリステリアの王位継承者ともあろうものが,偉大なる母の前で暴言を吐くとは……!
こんなにおぞましいことはないわ!!!」
コリーンはほとんど怒鳴っていた。
「お母様は都合が悪くなると,いつもそうよ!王位,王位って!!!誰が望んでそんなものになりたいと思っていらっしゃるの??!!!」
アルセリーナが立ち上がって,コリーンを力の限り叩いた。
コリーンは何も言わずに,床に倒れこんだ。アルセリーナは顔を真っ赤にして倒れているコリーンを憎悪に燃えながら見下ろしていた。コリーンは口からでた血を手の甲でふき取ると,負けずにすっと立ち上がり,母の頬をいやというほど叩いた「バシーーーーン!!!」
これには,女帝も床に倒れた。散乱した宝石が彼女の下敷きになり,女帝はうめき声を上げた。
「コリーン・アリステッド……!!貴女を許さないわ!!!私がいいと言うまで,北の離宮に閉じ込めてやるわ!!もし,そこでも反抗するのならば,死の監獄へぶちこんでやるから!!!貴女が,レクシアスのことを忘れ,アンドレイ王子につくならば,解放してやるわ」
コリーンは涙で笑いながら,叫んだ。
「やれるものならやってみなさいよ!私だってこんな宮廷とあさらばできて喜ばしいわ!私にレクシアスを忘れさせることなんてできない!」
次の瞬間,女帝がコリーンをまたもぶっ叩き,転がって朦朧とする彼女を兵士につれていかせた。
歩きながら,コリーンは夢を見ていた。