第十二話 虚ろな瞳
「ねぇ……ねぇってば……コリーン…!!」
コリーンは黙ったまま窓から,雪の舞う城下街を見下ろしていた。
静寂の中を降り注ぐ白い結晶は,現れたかと思うと,はたと消えてしまった。
コリーンはそれに何か近いものを感じて,思わずため息をついた。
「コリーン!!」
ナターリアがドレスを引っ張った。
コリーンは力なく振り返った。「どうしたの…?」
ナターリアはぶすっとふくれた顔をして,コリーンを見上げた。
「レックスが………」
コリーンはその名をきくと,俯いて黙った。ふいに彼の微笑が脳裏を横切った。胸が苦しくなる。
レクシアス…もう10ヶ月は会ってないわ……。食事は召使がこっそり運んでいるとしても,白い薔薇 は…もっていけない。
見かねたナターリアが急かした。
「レックスが中庭で待ってるよ。コリーンに逢いたいって…いいたいことがあるからって………」
コリーンはハッと顔を上げた。そしてナターリアにキスをすると,ドレスひるがえして部屋を飛び出した。そして皇女であることを忘れて中庭へ走った。
“早く!早く!貴方に逢いたい!!”
コリーンが息を切らして雪が降る中庭へ出ると,霧でレクシアスの姿が見えなかった。
いくらドレスを着ていても,クリステリアは北欧の国である。コリーンはあまりの寒さに震えた。静寂の闇の中,コリーンはレクシアスの名を呼びながらさまよい歩いた。
寒さに倒れそうになった瞬間,ふいに後ろから抱きしめられた。
忘れるわけがなかった。それはレクシアスだった。それは闇の中でもはっきりと分かった。
レクシアスは黙ったまま彼女を城の空き室に連れて行った。中に入ると,レクシアスが薄着にコートをきて,びしょ濡れになっているのが分かった。コリーンは慌ててタオルを彼にあてようとした。
だが,レクシアスがそれを制した。
「かまわないんだ。君に逢えるなら。それに一刻も早くいいたい話があった……」
コリーンが手をとめて彼を見つめた。というより,見上げたといったほうが良かった。
彼はとっくに彼女より背が大きくなっていた。彼はすでに16歳だった。コリーンより一つ下なだけだった。
「なに??」コリーンがレクシアスの冷たい手をにぎった。
レクシアスのブロンドの髪からしずくが落ちる。レクシアスはコリーンを真剣なまなざしで見つめた。
「冷静にきいてほしいんだ…。二日前,アルセリーナ様が僕の塔へいらっしゃったんだ。たった一人でね」
コリーンはいやな予感がした。
「彼女はこう言った。“お前は私の息子で,実はこの国の皇太子だった。だが女帝制になったいま,お前がコリーンの教育と成長に邪魔だと私は考えた。殺すわけにもいかないから,仕方なくお前には生を許し,この塔に永遠に住んでもらうつもりだった”と……。それから彼女はこう言ったんだよ。いつまでもここにいてはやりきれないだろうから,お前をこの国ではなく,他国で解放すると……」
コリーンは息をのみ,目をみはった。そしてゆっくりと,落胆したように目を落とした。
レクシアスが肩を支えた。「僕はそれをきいてショックだったよ…。愛するキミが,まさか僕の姉だったなんてね。キミは知ってたはずだろう?僕が傷つくと思って,わざと言わなかったんだ。そして,他国にいかなければならない理由も…僕は悟った……」
「すまない……僕が行くことを許してくれないか…?女帝に逆らうつもりは毛頭ないし,僕が君の邪魔になることも知っている。いずれ僕の存在が知れたら,女帝である君の立場が危なくなるかもしれないんだ…………」
コリーンは黙ったままそれを聞いていた。そして哀れなその美しい顔は,蒼白で,目は虚ろだった。
紫色の唇を,コリーンはレクシアスに近づけた。レクシアスがそれに答えた。
「君が好きだ………。コリーン。ずっと前から,気になっていた。
いつも病気がちな僕に優しく微笑んでくれた。君が微笑むと,視界が明るくなって,世界がとても素晴らしいものに生まれ変わっていったんだ。前にもいったね。この気持ちは変わらないんだ」
コリーンの目から,白い筋がこぼれた。
「どんなに離れていても……どれだけの距離か僕等を分かつとも……。君を忘れない。
そして分からないところで,君の幸せを祈るよ……。愛してる…」
コリーンはほとんど叫ぶようにいった。
「レクシアス…!!私を離さないで!どこにいても,つながれた手を離さないで…!!
私も愛しているわ!好きで好きでたまらない…!!!」
次の瞬間,レクシアスが強く,つぶれてしまうくらいコリーンを抱きしめた。
「やっと君にいえた……心残りはないよ!!」
レクシアスがゆっくりと力を抜いた「もう行かなくちゃ」
コリーンは涙目になりながら微笑んだ。
レクシアスは最後に,コリーンの額に額をあてると,決心したように扉をあけ,飛び出していった…。
取り残されたコリーンはその場に崩れ落ちた。まるでずっと今までためてきた思いがあふれ出すような気持ちだった。
「愛してるのに………なのに………」