第十一話 燃え上がる心
コリーンへのアンドレイの愛の挑戦状は,瞬く間に宮廷に広がっていった。あいにく,その場面を見ていた人物が,少なからずいたようである。おかげで,コリーンは宮廷の貴婦人たちの反感をかった。コリーンが歩くと,今までは恭しく礼儀をし,愛想笑いをしていた者たちが,コリーンを無視するようになり始めたのだった。
最初は怒りで爆発していたコリーンも,一斉に宮廷の女達に無視されると何も言えなくなってしまって,私室にこもるか,ナターリアとともにレクシアスのところへと向かうようになった。
そして彼女は一段と外部の宮廷人達に対して,陰険になっていった。
セルリアン・ブルーの瞳はそそくさと避けてくる貴婦人達を憎悪に燃えて睨みつけた。もちろん,アンドレイへの態度も日増しにそっけなくなってしまった。アンドレイは本当に気に入った娘達を捨てることはしなかったのだ。反面,彼女は急に大人らしくなった。背も伸び,体は丸みをおびて,歩き方が優雅になった。男達は彼女が通ると,思わず振り向いてしまうようになった。このことに,また年をとった女帝アルセリーナは少し不満だったようで,コリーンにいっそう冷たくなった。
コリーンは疲れていた。彼女はそろそろ16歳になろうとしていた。
宮廷人と母の我が儘と,くだらない些細ないやがらせにストレスを感じて,髪の毛が心なしか,うすくなっていた。レクシアスはそれを見逃しはしなかった。
「コリーン…。お節介かもしれないが,君は休んだ方がいいよ。やつれた君を見るのはいやだ」
コリーンは力なく微笑んだ。
「ごめんなさい……。けれど私は休めないのよ。一刻も早くこの国を治められるようにならなければならないの…」
レクシアスはふいにベッドから起きて,たくましい腕で彼女を抱きしめた。コリーンは抵抗せずに彼に任せた。アンドレイとは違う,温かくて,幸せな気分になれるその光の中で,レクシアスへの恋心はいっそう強く燃え盛った。それと同時に,コリーンはレクシアスの中で燃え盛る何かも感じ,彼の熱い鼓動しか耳に入らなかった。
ナターリアは彼のベッドで寝ていた。レクシアスは目をつむったまま,話した。
「やっと二人になれたね。おチビさんがいると君と話す余裕を与えてくれないからね…。
あの子は可愛いよ。だが,君は違う。前は可愛いと思ったことがあったよ…けれど,今は―」
コリーンは彼の腕の中でゆっくりと彼を見上げた。レクシアスはそれ以上何もいわず,ただじっとしていた。人に愛されることがこんなにも幸せだと知ったコリーンの心は溢れ出る思いに耐えられなかった。
「貴方がとても美しく見えるわ…レクシアス…。私より年上みたい……いつのまに,貴方はそんなになってしまったの…」
レクシアスがイタズラっぽく微笑む。
「君だってそうだよ。いつのまに君はそんなに綺麗になっていたんだい?僕は君を見るたび,壊れてしまいそうだった…」
それは私も同じ。コリーンは心の中で叫んだ。
もし貴方に翼があって,私にも弱々しくない,美しい翼があれば二人でこの国を抜け出して,どこか幸せな国を探したかった,とコリーンは哀れにも胸がつぶれるような願いをもった。けれどそれが叶うことはきっとない。二人だけの幸せは見つからない。許されない罪に手をそめてはいけない…。
レクシアスはハッとしてコリーンを離した。コリーンは胸が痛くて仕方がなかった。
レクシアスを見上げることができなかった。まぶたが熱かった。
「コリーン。忘れないで。僕はいつだって君のことを想ってる。
たとえどんなに離れていても,僕達はいつか自由のもとで,再び巡り逢えるんだよ。今は一緒にいられても,きっと僕等は引き離される時がくるだろう。だけど,僕の気持ちは変わらないから。君のお母さんはこの関係を知ったら,激怒するだろう。だから,これからはあまり来ないようにするんだ。許してくれ,これは君のためでもあるのだから」
コリーンは溢れる涙を手の甲で拭きながら,頷いた。
そして眠そうに目をこするナターリアを連れて,塔を出た。外は夕焼けだった。
温かい恋の日差しの中で,この日,確かに私達は思いを交えた。怖いものは,恐れるものはもうなかった。