第十話 王子の決意
王子がやってきてから2か月が過ぎた。コリーンは変わらず,アンドレイにはあまりしゃべりかけなかった。
ある日,アンドレイは黄金の間を歩くコリーンを捕まえた。
コリーンは腕をつかまれ,驚いてアンドレイを見た。
「何をするのですか?私に何か用が………」
アンドレイは顔を紅く染めた。
「用がなくちゃダメかい?そうでなくても,君はいつも僕をけなすじゃないか」
アンドレイは確かに素晴らしい王子だった。剣の技術だったら,彼にかなう者はクリステリアにはいなかっただろう。性格もそこそこ,女性を扱う心得にはとても長けていた。
「けなしてはいませんわ。ただ,いつも宮廷の女性と歩いている姿を見ると,話しかけにくいのですもの」
アンドレイは周りを見ながら,疲れたように言った。
「好きで歩いてるわけじゃないんだよ。コリーン。彼女達が目をキラキラさせながら僕を誘惑するんだ」
コリーンはそっけなく振舞う。
「誘惑される貴方が悪いんです。少なくとも,私の前では遊びを差し控える技術をもってほしいものですわね」
アンドレイは黙ったまま,コリーンの腕を引いた。そしてつかつかと歩きながら,
「君のその言い方をどうにかしてくれないか。そう言われてると,胸が悪くなるよ。
君は素晴らしい女性だよ。だけど,僕をなぜか受け入れてくれないんだ」
コリーンは怒りが隠せなかった。なんてあまっちょろい男なんだろう。そのルックスだから仕方がないかもしれないが,彼は何もしなくても,女性はやってきてくれると思っているのだ。
連れてこられたのは,中庭だった。いつもは人々が和んでいるのに,今日に限って人はいなかった。
アンドレイは真剣に彼女を見つめた。彼らの耳に入ってくるものは,噴水の音だけだった。
「なあ,コリーン。敬語をやめてくれよ。僕は君と親しくなりたいと思ってる。それが僕の使命だからさ。なのに,君は使命を感じながらも,わざと僕を避けている。違うかい?」
コリーンは何も言わなかった。そしてただ下を向いていた。
アンドレイが悲しそうな顔をした。長い沈黙の末,コリーンはやっと口をあけた。
「そうよ。当っているわ。プリンス・アンドレイ。貴方は確かに素晴らしい男性だとは思うけど,私の知っている男性にはかなわいのよ。ごめんなさい……やがて妻になる私の言葉には相応しくないのは知っているわ。けれど,貴方が真実を知りたいようだから………」
アンドレイは黙った。そして分かっていたように首を力なく振った。
「やっぱりか……そんな気がしていた。けれど,僕は……」
そしていきなりコリーンを抱きしめた。
「理想の男がいる君を抱きしめるのはいけないと思う……けれど,君が好きなんだ!!
一目見たときから,僕の心は決まっていた。君を離したくない!君が僕から離れていくのを指をしゃぶって見つめているほど,僕はバカじゃない!」
コリーンは一瞬,アンドレイを哀れに思ったが,すぐに彼を突き放した。
「やめて!貴方のその女に対する媚びようは本当にイヤなのよ!本当に私が好きなら,いますぐ気に入りの女達を捨てることね!そして私の心をつかめるように魅力的に過ごせばよいのだわ!」
アンドレイはショックをうけて蒼白になった。コリーンをそんな彼を無視して帰ろうとした。
その時,アンドレイは叫んだ。
「君がなんといおうと,僕は君を愛している!だからこそ,君の中からその男を追い出して見せるさ!今に君は僕のことしか考えられなくなるさ!」
コリーンはその挑戦状には答えず,ただ歩いた。そして溢れ出るレクシアスへの思いをおさえつづけた。