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第3章~第12話 スタンフォード監獄実験⑫~

 8月3日〜再実験3日目〜


 さらなる反抗行為を抑えるため、看守たちは、桑来さんと九院さんたち大人しい女子の囚人を三名選出してから他のメンバーと引き離し、ご褒美を与えることにしたようだ。


 三人の囚人は、他の部屋よりも「良質」な独房で過ごし、他の囚人には与えられない衣服、ベッド、そして栄養満点の食事が与えられた。ただ、この三人も、待遇改善のための隔離から12時間が経過すると元の部屋にに戻されることになった。


 看守たちは権力を乱用し、囚人を辱めることも厭わなくなった。囚人に腕立て伏せをさせることにとどまらず、トイレの使用を制限し、独房内のバケツで用を足すことを強制するようになる。


「ちょっと、いくらなんでも酷くないですか? トイレくらいは自由に……」


 看守チームに入った佳衣子が、同じシフトで任務についている猿野先輩と鳥居先輩に提案しようとしたけど、


「それで秩序が保てなくなったらどうするんだ?」


と反論されて、意見は通らなかった。

 それでも、彼女はなんとか抵抗して、模範囚とされている女子の囚人三名だけは、これまでどおりトイレに行けるように説得を行い、自身の意見を通すことに成功していた。


 一週間前の前回の実験と比べても、囚人側の肉体的・精神的な疲労の度合いは、あきらかに増していて、観察側としても見ているのが痛々しく感じられてしまう。


 なんとか、看守チームの横暴を止めようとする親友の姿だけでなく、囚人チームに加わりながらも大人しく看守に従っている幼なじみのケンタのようすをモニター越しに見ているだけで、いたたまれない気持ちになってくる自分に気づく。


 そこで、モニター室での監視を続ける上級生に声をかける。


「ネコ先輩……この実験、いつまで続けるんですか? 再実験を始めてからここまで、怖いくらいにスタンフォード大の実験と同じような経過をたどっていますし、もう、この辺りで実験を中止しても良いんじゃないですか?」


 相手が、こんな言葉に賛同するわけはない……と感じながら、ダメでもともとの気持ちで伝えた進言は、


「まだ、十分なデータが取れていないからね。本当の見どころは、ここからさ」


と、簡単に一蹴されてしまった。


 自分の言葉が届かない現実に無力感と徒労感を覚えつつ、私は、なんとか目の前の実験を中止させる方法は無いか、と必死になって考える。


 もう何度も語っているように、フィリップ・ジンバルドー教授が主導して行われたスタンフォード監獄実験は、当初14日に渡って行われる予定だったものが、その半分の期間にも満たない、わずか6日の日程で実験中止になっている。


 そのまま継続すれば、二度と実現できないかも知れない研究の成果を手にするかも知れなかったジンバルドーに、その実験の中止を決断させた決定的な要因は――――――。


 これまで知識に乏しいながらも、スタンフォード監獄実験について見聞きして得た情報を総動員して、答えを導き出そうと頭を捻り、そのアイデアが頭に浮かんだそのとき……。


「なんでだ! 体の芯が熱い!」


「もう一晩も耐えられない! もう耐えられない!」


 監視カメラの映像を映し出すモニター越しに、大声で叫ぶ囚人の姿が目に入った。


 ガン! ガン!! ガン


 大声を上げて、監房となっている部屋のドアを叩いているのは、囚人番号5番の土屋先輩だった。

 

「出せ! オレをここから出してくれ!!」


 時刻は、午後10時すぎ――――――。


 二度目の実験が開始されてから、60時間近くが経過していた。


「囚人番号5番! 静かにしろ!」


 看守チームの面々が、囚人三人の寝泊まりする監房部屋から、暴れる囚人を羽交い締めにして連れ出す。

 その姿を目にしたネコ先輩は、すぐにモニター室を飛び出し、呆気に取られていた私もすぐに先輩の後を追う。


「大人しくしろ! このまま独房に入りたいのか!?」


 看守たちが、囚人番号5番を抑え込んでいる場に駆けつけたネコ先輩は、落ち着いた口調で看守役に語りかける。


「ご苦労だった。あとは、ワタシが引き継ごう」


 そう言ってから、ネコ先輩は予備看守を一人呼び出して、囚人番号5番……いや、土屋先輩に肩を貸すように伝え、一緒にモニター室まで戻る。

 土屋先輩をモニター室の簡易ベッドに寝かせたネコ先輩は、彼が落ち着くのを待って語りかける。


「過酷な実験に付き合わせて申し訳なかった。この部屋に来れば、もう大丈夫だ」


「オレは……合宿所で過ごせるだけだと思ってたのに、どうして、こんなことになったんだよ〜? 一週間前の実験は、こんな酷いことにならなかっただろう? あの看守たちは何なんだ!? あいつら絶対、異常者だろ!」


 自分より年上の男子生徒が取り乱しながら訴える姿に、私の心は締め付けられるように、キリキリと傷んだ。


「もう心配ない。落ち着いたら、自宅に帰れるようにタクシーを手配するから。安心してくれたまえ」


 これまで、当の本人からは聞いたことの無いような優しい声でネコ先輩が語りかけると、土屋先輩は、どうにか落ち着きを取り戻したようだ。そのようすに、ホッとしながらも、ショッキングな光景の連続に私は決意した。


 もう、この実験を続けることはできない――――――。


 そう考えた私は、スマホのメッセージアプリをタップして、生物心理学研究会で作っているグループから、メンバーを選んでメッセージを送ることにした。

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