第3章~第7話 スタンフォード監獄実験⑦
7月27日〜実験4日目〜
実験開始から4日目を迎えた國際高校監獄……もとい合宿所は、前日までなんとか保たれていた秩序がすっかり失われてしまった。
午前中のシフトを務める福島くんたち1年生の野球部メンバーが務める看守グループ3人は、すっかり囚人たちにナメられてしまい、彼らの指示は、ことあるごとに嘲笑や冷やかしの対象になっている。
「囚人番号2番と3番! しっかり整列しろ!」
朝の点呼で看守の一人である山田くんが注意すると、少し裏返り気味だった彼の声を大げさに真似て、
「囚人番号2番とぉ3番! しっかりぃ整列しろぉ!」
と、囚人番号3番が、ふざけたような口調で声を上げる。
監視カメラ越しの映像を確認すると、整列した囚人の中には、このやり取りについて、露骨に顔をしかめるメンバーもいたけど、大半のメンバーは、「よく言った!」と感じで、囚人番号3番の猿野先輩に賛同するように足を踏み鳴らしたり、口笛を鳴らしたりする。
「静かにしろ!」
警棒を廊下の壁に叩きつけた看守が威嚇するも、
「おぉ! コワい、コワい!」
と囚人たちは、意に返すようすもない。
その光景をモニター越しに眺めながら、私はそばにいる先輩にたずねる。
「たしかに、ネコ先輩が言ったみたいに、スタンフォード大学の実験とは、全然ちがった感じになってますね。スタンフォード大の監獄実験では、たしか、実験を始めて3日目から看守の暴力が始まったんですよね? いまの合宿所の雰囲気とは完全に真逆です」
スマホで検索した英語版のウィキペディアの「Stanford prison experiment」の項目(國際高校に通っているので英文を苦も無く読めると見栄を張りたいところだけど、実際は翻訳機能を利用)を閲覧しながら質問すると、実験の責任者は、ニヤリと笑いながら答える。
「英語版ウィキペディアに目をつけるとは、やるじゃないか? さすがはネズコくんだ。私が見込んだだけはある。日本語版に比べて、英語版の『SPE(スタンフォード監獄実験の省略形)』の記述は充実しているからねぇ。そこでの実験の経過記述は、どうなっている?」
「ウィキペディアの記載では、『2日目に囚人たちの反抗が始まり看守を侮辱した』とあります。『これに対し、看守たちは囚人たちに消火器を噴射し、再び統制を取り戻そうとした。3人の予備看守が呼び出され、監獄の統制を取り戻すべく動員された。看守たちは囚人たちの衣服をすべて剥ぎ取り、マットレスを撤去し、主犯者たちを特別拘置所への収監を命じた』と、ありますね。もう、このあたりで、不穏な雰囲気になってます」
「では、我が國際高校監獄では何事も起こらなかった3日目は?」
「『看守は権力を乱用し、囚人を辱めることも許されていました。囚人に勝手な計時や腕立て伏せをさせ、トイレの使用を制限し、独房内のバケツで用を足すことを強制しました』ここで、もう看守の暴走がはじまっているんですね……それに、実験の離脱者も!『実験から最初に離脱した囚人は、囚人番号8612のダグラス・コルピだった。36時間後、彼は明らかに精神崩壊を起こし、”なんてこった、体の芯が熱くなる””もう一晩も耐えられない! もう耐えられない!”と叫んだ。彼の苦しみを見た研究助手クレイグ・ヘイニーはコルピを解放した』この囚人の叫びは、スタンフォード大の実験の中で、もっとも恐ろしい実例として、よく知られている場面ですよね?」
「あぁ、そうだね」
「でも、どうして、スタンフォード大では、こんなことになってしまったんでしょうか? 私たちの実験では、こんなこと起きていないのに」
「まあ、その理由は、おいおい語るとして……ワタシたちの最初の実験が、どのような経緯をたどるか、もう少し観察してみようじゃないか? そろそろ、この合宿所からも離脱者が出るかも知れないしね。その際のケアは、キッチリとしないといけない」
ネコ先輩の言ったとおり、その日の夕方には、囚人番号8番の早川くん(1年生・野球部)が、体調不良を理由に退寮することになった。本人曰く、
「お腹が空きすぎて、めまいがする」
とのことだった。
やっぱり、育ち盛りで大量のカロリーを消費しがちな体育会系の男子生徒にとっては、囚人チームの乏しい食事は、過酷な条件だったのかも知れない。
こうした状況を受けて、午後から夜の時間帯で看守を務めるケンタたち三人は、囚人たちに対して、さらなる寛容な態度で接するようになり、九院さんと桑来さんのコミュニケーション能力の高さもあってか、女子の囚人をはじめとする何人かと雑談さえ始めるようになった。
「ぶっちゃけ、どうよ? 囚人の暮らしって?」
「そりゃ、ツラいよ〜。せっかくの夏休みなのに、なんで、24時間合宿所で暮らさないといけないの? って感じ。スマホも触れないしさ。私も看守になりたかったな〜。そっちは、交代勤務だから、合宿所から離れたら、スマホを触っても良いんでしょ?」
「まあ、たしかにウチらは、合宿所から出たら、速攻でスマホを使ってるけどね。その点に関しては、囚人チームに申し訳ない、って思ってるよ」
「そっか〜。でも、葉丹衣たちが、お弁当のおかずを分けてくれるようになって、少しは待遇もマシになったと思うけどね。昨日から、ご飯の時間が楽しみになったもん。ありがとうね」
「いやいや、そんな大したことはしてないから。自分たちだけ美味しいお弁当を食べるのは、なんか申し訳ないなって思うし……」
「そうなんだ〜。まあ、この実験があと何日続くかわからないけど、クラブの合宿みたいだし、夏休みの思い出になればいいな〜」
なんだか、ほのぼのとした会話が交わされる中、この日の消灯前に実験の責任者であるネコ先輩から翌日以降の監獄運営に関するアナウンスがあった。
「本日、体調不良により、囚人番号8番の生徒が退寮となった。ついては、追加人員として、明日から囚人番号13番の生徒が、あらたに加わることになった。以上だ」




