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第3章~第5話 スタンフォード監獄実験⑤~

 7月25日〜実験2日目〜

 

 午前7時――――――。


 起床時間になり、合宿所の館内の照明が次々に灯される。

 

 早朝から午前中までの時間帯のシフトを務める野球部1年生の福島くんたち看守チームが点呼を取ると、期せずして囚人チームから声が上がる。


「昨日の夜のアナウンスだけどよ〜。態度が良ければ、囚人から看守になれるってマジなん?」


 声の主は、私も見覚えがある生徒だった。

 たしか、2年1組の教室前で、金野さんがそばに居ることに気づかず、加絵留先輩にからみながら、九院さんや桑来さんに、


「なあなあ、ちょっと、聞いてくれよ。皇子(おうじ)、委員長の金野ちゃんと付き合ってるのに、最近、避けられるって、悩んでるんよ。おまえ、絶対、相手が嫌がることしただろう?」


と余計な報告をしていた生徒だ。


「いや、それは自分たちも詳しく聞かされていなくて……」


 うろたえながら答える福島くんは、同じく看守チームで野球部の同僚でもある山田くん、井上くんとサングラス越しに顔を見合わせる。


「おいおい、なんだよ、シッカリしてくれよな、看守サン」


 制服を着た看守に対しているとは言え、その相手が下級生だということを知っているのか、すっかり対象を舐めた口調になっている。

 私は慌てて、手元にある囚人チームの生徒のプロフィールを確認し、発言の主が猿野隆(さるのたかし)という生徒だということがわかった。


 あからさまな囚人の反抗的態度にうろたえる看守たちを見かねたのか、


「まあ、模範囚が看守になれるとしても、そんな態度じゃ、優秀な振る舞いとは評価されないんじゃないですかね〜?」


と、独り言のように語る女子の囚人が居た。その声に、私は思わず、自分の口角が崩れるのに気づいた。

 合宿所の廊下に設置されたカメラの映像から、発言の主が、親友の蚕糸佳衣子(さんしかいこ)だということがわかったからだ。


「へいへい、わかりましたよ」


 返事をする猿野さんの態度に、ようやく看守としての役割を思い出したのか、福島くんが、


「囚人番号3番! 私語は慎むように!」


と、気を引き締めるように声を上げる。

 それは、「さすが、野球部!」と声をかけたくなるような、腹式呼吸を使った迫力ある声だったけど……。


 それが、どれだけ囚人たちを萎縮させることにつながったのか、私には判断できなかった。

 

「ほぅ……なかなか興味深いことが起こっているねぇ」


 猿野さん、佳衣子、そして、看守を務める野球部メンバーの言動をモニタリングしながら、ネコ先輩は、ニヤリとしてつぶやく。そして、場を収めるためだろうか、昨夜以来、二度目のアナウンスを行った。


「おはよう、諸君! 実験2日目も昨日と同様に、我々の観察にご協力願いたい。なお、昨夜、囚人チームの被験者に伝えた模範囚については、明日の消灯前に発表することとする。以上だ」


 その後、囚人たちが午前中と午後の時間を監房で思い思いに過ごすと、午後1時から午後8時までのケンタたちが役目を務める看守チームのシフトも、何事もなく終了した。


 監視カメラをモニタリングすると、幼なじみの男子生徒と二人の上級生女子は、今日もリラックスルームで役目を終えたあとの雑談を行っている。


「2日目も何事もなく終わったね〜。朝は、なにか反抗的な態度があったみたいだけど、ウチらのシフトの時は、なにも起こらなかったし……」


「朝のシフトって、1年のコたちだけだったよね? 囚人にナメられたんじゃない?」


「すいません、野球部は上下関係に厳しいんで、相手が上級生だと強く出られないかもです。看守としては、失格かもしれませんけど……」


「この看守をナメるようなことを言ってた囚人番号3番って誰だっけ?」


「アタシらのクラスのタカシだよ」


「あ〜、なんか想像つくわ。1年の男子って、看守はみんな野球部だよね? ゴメンね、戌井くん。ウチのクラスメートが迷惑かけて」


「いえ、気にしないでください……けど、監獄の運営をスムーズに進めるなら、囚人チームの人たちと仲良くするべきなんですかね? いまのままだと、厳しく取り締まろうとしても難しいかもです」


「だね〜。問題を起こさないなら、囚人チームの要望を聞いて反抗しないようにする方が良いかも〜。どうしたら、囚人チームの人たちが心を開いてくれるかな? やっぱり、ウチらが食べてる豪華なお弁当を分けるとか?」


「良いかも知れませんね! 相変わらず、あっちの食事はショボい感じですし(苦笑)」


「じゃあ、ちょっと、このあとの引き継ぎのときに、次のシフトのチームに相談してみる?」


 看守チームの話し合いがまとまると、2日目の実験観察も終了に近づく。

 この日の観察を終えて、仮眠を取るために、監房部屋とは別のフロアにある個室に移動する準備を整えながら、私は、ネコ先輩にたずねた。


「看守役が、なかなか看守らしくなりませんね〜。九院さんも、桑来さんも、ケンタたち野球部のメンバーも、みんな優しすぎるんでしょうか? それとも、スタンフォード大学の実験も、最初はこんな感じだったんでしょうか?」


 やや拍子抜けしながらたずねた質問に、先輩は、またもニヤリとして答える。


「いや、ここまでは、おおむねワタシの予測どおりに進んでいる。()()()()()で、ことが大きく動くのは、おそらく明日の夜以降だ」


 これから、深夜帯の観察にあたるネコ先輩は、私にそう告げて、普段の彼女なら一切の興味を示さなさそうな高校野球に関連する本を何冊も脇において、退屈なモニタリングの作業に入った。

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