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第2章~第7話 蛙化現象④~

 そのあと、ネコ先輩から蛙化現象に陥ったときに気分が落ち込む理由と、その状態を克服するための具体的な方策が説明されたんだけど――――――。


 先輩の講義(?)を聞き終えたあと、第二理科室を退室する金野(こんの)さんの表情は、冴えないものだった。


「蛙化現象を克服するためには、自分に自信を持つことだ……って言うけど、私、そんなことできる気がしない……」


 ネコ先輩にうながされて、金野さんといっしょに下校することになった私は、彼女と同様に肩を落とすように廊下を歩きながら、自分の素直な気持ちを吐き出す。


「そうですね……『自分に自信を持て』なんて精神論みたいなことを言われても、私もどうして良いか、わからないですし……」


 はあ〜〜〜〜と、二人で大きなため息をついて、蛙化現象克服の道のりが、容易ではないことを実感する。


 そのことを考えながら、私は、ネコ先輩が語った蛙化現象への対策方法を思い返してみた。


「キミたち二人は、自分に自信が持てなかったり、自分自身の性別を肯定的にとらえられていないようだが……それは、マインドワンダリングと関係があると考えて良い」


「マインドワンダリング……って、なんですか?」


「うむ……マインドワンダリングとは、目の前の出来事ではなく、過去や未来に思いを巡らせる状態のことだ。ふとした瞬間に『今こんなことを考えていたな』と気づく直前までの状態のことを指していて、ネガティブなものとポシティブなものに分かれる」


「はあ……ネガティブなものとポジティブなものですか?」


「あぁ、ネガティブなマインドワンダリングとは、ストレスを抱えているときに起こりやすく、マイナス思考を引き起こします。例えば落ち込んでいるときに、『これ以上考えたくないのに、そのことばかり考えてしまう』ときは、ネガティブなマインドワンダリングによるものだ」


「あっ、それ、わかる! 嫌な思い出で、忘れたいのにそのことばかり考えてしまうこと、良くあるかも」


 ネコ先輩の言葉に反応した金野さんが発言すると、桑来さんも、「あ〜、それ、ちょっとわかるかも〜。昔の小音を思い出して、めっちゃ、イライラすることあるよね〜」と、苦笑しながら同意した。


 私も、うんうん、とうなずきながら、別のことを先輩にたずねる。


「そのマインドワンダリングのポジティブな面って、どんなことですか?」


「うむ……マインドワンダリングのポジティブな面は、ストレスが少ないときに起こりやすくなるもので、想像力を高め、意識的に考えているときにはつながらない『点と点』を線としてつなげてくれるため、ひらめきが生まれやすくなると言われている。これは、創作者(クリエイター)であるネズコくんなら経験があることじゃないかな?」


 ニヤリと微笑みながら問いかける彼女に図星を突かれた私は、「あ〜、どうですかね〜?」と、とぼけながら話しを逸らすことにした。そんな私の態度を、さして気にするようすもなく、ネコ先輩は語り続ける。


「ともあれ、マインドワンダリングにはポジティブな効果もあるが、過剰に働くと、さまざまな問題を引き起こす可能性がある。ネガティブなマインドワンダリングに陥り、抜け出せなくなるとメンタルヘルスに悪影響を及ぼすんだ。サルから進化したあとの人間の脳というものは、狩猟採集を行っていた旧石器時代からほとんど進化していないと言われている。つまりワタシたちの脳は、現代でも急に野生動物に襲われたり、災害が起こるリスクを警戒して常に危険から身を守ろうとしているのだ。その結果、ぼんやりしているときや、特に何にも意識を向けていないときに活性化する脳内のネットワークは後悔や未来への不安などのネガティブな思考を発生しやすくなっている。ネガティブな思考に囚われて、極端に嫌なことばかり考え続けてしまう反すう思考状態が続くと、うつ病や不安障害になる可能性が高まるんだ」


「つまり、それが、金野さんや私の不安や悩みにつながっているってことですか?」


「さすが、ネズコくんだね。飲み込みが早い。ワタシの解説を一度で理解する同世代の人間は多くないのだ」


「いや、こんなことで褒めてもらっても、喜べませんから」


「しかしね、このマインドワンダリングは、なかなかに厄介なもので、脳を疲労させ、心身の健康に悪影響を及ぼすんだ。この問題に関する理解が早ければ、問題にも素早く対応できるだろう。ネガティブなマインドワンダリングが頻繁に起こると集中力が低下し、勉強や仕事のパフォーマンスにも影響する。目の前の出来事に集中しづらくなるため効率が悪化するからな。また、思考が頻繁に逸れることで、細かいミスや見落としが増える可能性が高ままる。勉強や仕事、人間関係がうまくいかないことで、ネガティブ思考から抜け出せなくなり、さらに集中力が低下するという悪循環に陥る危険性があるため注意が必要なんだ」


 別に脅しているわけではないんだろうけど、ネコ先輩の言葉は、金野さんと私を暗い気持ちにさせるには、十分な内容だった。


(別に好き好んでネガティブ思考をしてるわけじゃないのに……)


 そう感じつつ、私は、教壇に立つ講師役の上級生に何気なくたずねる。


「ネコ先輩も、マインドワンダリングの状態になることがあるんですか?」


「あぁ、そんなことしょっちゅうさ。ヨウイチが、他の女子にたぶらかされたらどうしよう? ヨウイチが、他の女子と交際を始めたらどうしよう? ヨウイチが、他の女子とあんなことやこんなことを――――――ウキィ〜〜〜〜〜〜〜! それらを想像したときのワタシの苦しみが、キミたちに理解(わか)るかい?」


 付き合ってもいない幼なじみに、どうして、そこまで執着できるのか理解できない私は、ネコ先輩の激重(げきおも)感情の深刻さを目の当たりにして、その想いを向けられる日辻先輩に同情せざるを得なかった。

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