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第2章~第4話 蛙化現象①~

 山の手の高級スーパーのカレーフェアの売り上げが伸び始めたことは、生物心理学研究会にとって、思わぬ効果をもたらした。


生心研(せいしんけん)のお悩み相談って、スゴイんだよ! あそこに相談しに行ったら、彼ピとレスだったミミちゃん先生がラブラブでテン上げになってるし、失敗しかけてたウチのスーパーのカレーフェアが、大成功になったの」


 生物心理学研究会のことを勝手に、生心研(せいしんけん)と省略して呼んだり、担任教師のプライバシーを暴露するウワサの発信源が誰であるかは考えるまでも無いかも知れないけど……。

 

 とにかく、2年生の一軍女子が拡散する情報は、効果バツグンだったようで、5月の大型連休を迎える頃には、放課後の第二理科室に、何人もの生徒が、お悩み相談に訪れるようになっていた。


「定期テストで、どうしても赤点を避けたいんです!」

「筋トレしているのに、ぜんぜん女子にモテません! どうすれば良いですか?」

「部活では、まじめに練習して強いチームを作りたいのに、他の部員が着いてきてくれない」


 などなど……。


 中には、生物学や心理学でどうにかできる問題じゃないだろう……と感じてしまう相談もあったので、そんな状況が何度も続くと、最初は愛想よく応対していたネコ先輩も、いい加減ウンザリしてきたようだ。


 生心研(せいしんけん)(と、便利なので私も省略して呼ぶことにした)の活動そのものは、校内で認められつつあるものの、一向に部員が増えないことも重なって、


「まったく、もう少しまともな相談はないものかね?」


と、相談主が帰って行った第二理科室で、ネコ先輩は、苛立たし気につぶやく。


 まあ、その相談内容が、


「親友に彼氏ができてしまったので、喧嘩してしまった。どうしたら、イイかな?」


と言うものだったから、先輩でなくても、あきれてしまうかも知れないけど……。


 そうして、相談者が途絶え、第二理科室に残っている私とネコ先輩の間に、アンニュイ(と言うと、オシャレでポジティブな感じがするけど、実際には気だるさを感じさせる)雰囲気が漂いはじめたとき、コンコン……と、教室のドアがノックされた。


「やっほ〜! 生心研のお悩み相談って、まだ、やってる〜?」


 そう言いながら、明るい表情で第二理科室に入ってきたのは、先日、スーパーのカレーフェアの売り上げに関する相談を持ち込み、その解決後に、口コミで生物心理学研究会の評判を拡散した桑来(くわき)さんだった。


「なんだ、キミか……我々、生物心理学研究会の評判を広めてくれるのは、ありがたいがね……相談事の内容は、もう少し、なんとかならないものか……?」


「そんなの、ウチに言われてもさ〜。それより、今日、日辻は来てないの〜?」


 教室の中でも、陽キャラに属するであろうクラスメートの一言に、苛立ちを覚えたのか、ネコ先輩は、こめかみを少しだけ引きつらせながら、たずねかえす。


「ヨウイチに、なにか用があるのかな? ワタシたち女子部員では、役不足かい?」


「あ〜、そうじゃなくて、今日は男子が居ない方が都合が良いって、意味だったの。なにせ、相談事が相談事だからさ……そうだよね、委員長?」


 そう言って、桑来さんが後ろを振り返ったとき、私は初めて、第二理科室にもう一人の訪問者がいることに気づいた。


「あ、あの……桑来さんが、ここで、生物心理学研究会の人たちが、悩みの相談にのって、解決してくれるって聞いたから……」


 桑来さんにうながされて、怖ず怖ずと語りだしたのは、私も見覚えのある女子生徒だった。


「おや、金野(こんの)さんか? 委員長のキミが、わざわざ、この生物心理学研究会に訪ねてくれるとは嬉しいね。それで、今日は、どんな相談事かな?」


 ネコ先輩の発言で、私が()()()()()()()()()()だと感じたのが正しいことが証明された。


 さっきまでとはうって変わって、よそ行きの穏やかな笑みを浮かべながら応対するネコ先輩だけど、クラスの委員長さんにも、先輩の人柄はすでに認知されているのだろう……相談主と思われる金野(こんの)さんは、少し怯えたような表情で語りだす。


「えっと……なかなか理解してもらえないって言うか……相談して、朱令陣(しゅれじん)さんたちに迷惑が掛かりそうなら、遠慮しておこうかな?」


「いやいや、まずは、相談の内容を聞いてみないことには、判断はできないからね。こう言っては他の生徒に失礼だが、ここに持ち込まれる相談の中には、他愛のない内容のものも多い。どうか、遠慮せずに、キミの話しを聞かせてもらえないだろうか?」


 相変わらず同世代の生徒に対しては尊大な口調だけど、珍しく、丁寧に話しを聞き出そうというネコ先輩の姿勢が相手に通じたのか、金野さんは、「それじゃあ……」と口を開く。


「私、前から好きだったヒトと、お付き合いを始めたんですけど……最近、そのヒトのことが気持ち悪く感じることがあるんです。皇子(おうじ)くんは、なにも悪くないのに――――――私、どうしたら良いのかな?」


 いまにも、泣き出しそうな表情で語る上級生の姿は、年下の私から見ても、悲痛なもの感じられた。


 一方、これまでとは違って、瞳の奥に好奇心を宿したネコ先輩は、ゆっくりと口を開く。

 

「なるほど……ワタシたちは、ぜひ、キミのチカラになりたいと思う。詳しく話しを聞かせてもらえないかな?」

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