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第15話 クーリッジ効果②

「だ、大統領になるくらいだし、かなり高齢の人たちの話しだよね? まだ、20代の私たちには関係ないかな?」


 冷静さを必死に保とうとしながらも、先生の表情からは、あきらかに動揺しているようすが見て取れた。

 

「いえ……動物実験では、はからずも、このクーリッジ効果が年齢の若い個体でも観察されているのです。ちなみに、あらためて述べておくと、クーリッジ効果の定義は、哺乳類のオス(限定的だがメスの場合も)が、新しい受容可能な性的パートナーと出会うと性的欲求を回復させる現象を指し、これは既に馴染みの性的パートナーとの性交渉が絶えた後にも起こる、というものです」


「そ、それは、どんな実験なんですか?」


 いつもの実験話しが聞けると感じて、私は、食い気味にネコ先輩にたずねる。


「ラットを用いた最初の実験内容は、次のようなものだ。閉じた大きな箱の中に、1匹のオスと4〜5匹の発情中のメスが置かれる。オスは直ちに全てのメスと繰り返しつがって、疲れ果てるまで続ける。しかし、このあと、メスたちがオスを小突いたり舐めたりしても、オスは反応しなくなる。ここで別の新しいメスを箱の中に入れると、オスは我に返り、その新しいメスと、ふたたび、つがい始める。この現象はラットに限ったものではないとされる。クーリッジ効果は、ドーパミンの分泌増加が動物の大脳辺縁系に作用することで引き起こされるのではないか、と考えられている」


「そ、それは、あくまでネズミとか一部の哺乳類に限った話しよね? 人間には『愛情』というものがあるんだから、関係ないわ」


「そう思ってもらうのは構いませんが……それでは、いまの話しをよりわかりやすく理解するために、パペットを使った寸劇スタイルで解説してみましょう。どうぞ、御覧ください」


 そう言って、ネコ先輩は、ネズミの形をした三体のパペット人形を取り出した。


 ◆


 ネズオ(雄ネズミ):「チュ〜チュ〜。今日から実験で若い雌ネズミといっしょに暮らすチュ〜。楽しみだな〜」


 ミミ(雌ネズミA):「こんにちは〜。ミミで〜す。今日から、よろしくね〜」


 ネズオ(雄ネズミ):「チュ〜! 若い雌ネズミだチュ〜! なあなあ、叡智なことしようや。オレたち、一緒に住むんだろ?」


 ミミ(雌ネズミA):「え〜、いきなり〜? もう、いまから、そんなにがっついてたら、身体が持たないよ〜」


 ネズオ(雄ネズミ):「ん〜、良いではないか、良いではないか〜」


 ミミ(雌ネズミA):「キャ〜〜〜〜〜ケダモノ〜〜〜〜〜(黄色い声)」


 ナレーション:こうして、行為終了後のこと。


 ミミ(雌ネズミA):「もう……ネズオってば、ホントに叡智なんだから……」


 ネズオ(雄ネズミ):「ん〜、そうでもねぇよ。あ〜、なんかダルいわ〜」


 ナレーション:そして数日後――――――。


 ミミ(雌ネズミA):「ねぇねぇ、私たち、ここ何日かご無沙汰じゃない? こんなパジャマ買ってみたんだけど? どうかな?」


 ネズオ(雄ネズミ):「ん〜、あぁ、良いんじゃね?」


 ミミ(雌ネズミA):「じゃあさ、今日、久々にどうかな?」


 ネズオ(雄ネズミ):「どうかな? って言われても……悪い、パス。最近、疲れてるんだ」


 ナレーション:こうして、雄ネズミの活動が鈍ったところで、コミュニティに新たな刺激が提供された。


 マミ(雌ネズミB):「こんにちは〜。新人のマミで〜す。ミミさんより、年下の◯歳で〜す! 今日から、よろしくね〜」


 ネズオ(雄ネズミ):「チュ〜! 若い雌ネズミだチュ〜! なあなあ、叡智なことしようや。オレたち、一緒に住むんだろ?」


 マミ(雌ネズミB):「え〜、いきなり〜? もう、いまから、そんなにがっついてたら、身体が持たないよ〜」


 ネズオ(雄ネズミ):「ん〜、良いではないか、良いではないか〜」


 マミ(雌ネズミB):「キャ〜〜〜〜〜ケダモノ〜〜〜〜〜(黄色い声)」


 ◆


「チクショ〜! 舐めてんのか〜!!」


「ギャ〜〜〜〜、マミちゃ〜ん!」


 二匹目の雌ネズミ……いや、パペットが雄ネズミと身体を重ねた瞬間、宇佐美先生は、 マミこと雌ネズミBを奪い取り、その胴体とクビを引きちぎってしまった。


 放課後の第二理科室には、私の叫び声とともに、凄惨なパペットの亡き骸と気まずい空気だけが残る。

 ただ、そんな重たい沈黙の時間を気にするようすもなく、傍若無人な上級生は、遠慮せずに担任教師に語りかける。


「まあまあ、そんなに興奮しないで。我々、人類には問題を乗り越えるだけの叡智が備わっているのですから」


「な、なに? この倦怠期を乗り越えるアイデアが、あなたにはあるの?」


「もちろんです! そうでなければ、お悩み相談とは言えないでしょう? 宇佐美先生と恋人のマンネリを乗り越える秘策をキチンと用意していますから、ご安心ください」


「な、なんなの? その秘策って……」


 ここまで、もったいぶられたら、相談主の宇佐美先生でなくても、その内容が気になり、思わず私も固唾を飲み込む。


「その秘策とは――――――ズバリ、コスチューム・プレイです! なかでも、バニーガールの衣装は鉄板と言えるでしょう。なにせ、名作RPGの『ドラゴンクエスト3』でも、遊び人の女子キャラクターは、バニーガール姿ですからね。このプレイで、自分を相手にとっての目新しい存在と認識させるのです」


 その回答の安易さに、私は膝から崩れ落ちてしまった。


 なにより、教師相手に不謹慎な提案を行うネコ先輩の空気の読めなさに呆然としてしまう。

 これで、生物心理学研究会の存続の道も、完全に途絶えてしまうだろう。


 そう思ったんだけど――――――。


「わかったわ、バニーガールの衣装ね! 今日の仕事帰りに、早速、ドン・キ◯ーテに寄ってみるわ」


 若い担任教師は、ノリノリで返答し、意気揚々と第二理科室をあとにする。


 そして、翌週の月曜日のこと――――――。


 登校時に宇佐美先生とすれ違うと、やたらとツヤツヤした表情の先生から声をかけられた。


「音無さん、朱令陣さんのアドバイスは、バッチリだったわ! 彼ったら、出会った頃のようにしつこくって……生物心理学研究会のお悩み相談は、効果バツグンね! 私が顧問を務めるから、しっかり活動してね」


 その一言で、学内でも美人教師として評判の先生のウサ耳のコスプレ姿が頭に浮かんでしまった私は、週明けの朝から、ゲンナリした気持ちになったことだけは書き記しておきたい。

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