第8話「Uターンラッシュ、無限地獄の開幕」
冥府最大のイベント──それは、お盆のUターンラッシュである。
現世の渋滞? あんなの生ぬるい。こちらは乗客全員が霊魂、乗り物はナス馬やキュウリ牛、そして時代も国籍も死因も全部バラバラ。幕末志士の隣に平成アイドル、その後ろに縄文人が並ぶカオスっぷりだ。
今年も霊界交通庁は総動員で挑む。精霊船の出航、三途の川フェリーの満員運行、蓮システムの渋滞予測──やることは山積みで、全員が真剣そのもの……のはずだった。
だが現場に投入されたのは、よりによって「数字だけは裏切らない」超危険人物・鈴田。
過去の実績はすべて“後始末が地獄レベル”という、まるで人型の災害。
「今年は大丈夫ですよ、任せてください!」
……と言い切ったその笑顔が、後に“史上最悪の大渋滞”を引き起こす引き金になるとは、このとき誰も知る由もなかった。
さあ、死者たちのUターンラッシュ、開幕である。
いよいよUターンラッシュがやってくる。
冥府最大の帰省ラッシュ、別名「霊界版・民族大移動」。
何が違うかって? まあ、みんな死んでる。あと、交通手段がやたら牧歌かつ先進的
ナス馬にキュウリ馬、蓮タクシー、空飛ぶ船、大型送迎船など正直、テーマパークのパレードかと思うようなカオス具合である。
港にはすでに帰省客たちがずらり。貴族と昭和のOLが同じ列で並び、横では戦国武将がアイスを舐めながらスマホをいじっている。
「マジで混んでるな…」
林は、現世時代の年末新幹線ホームを思い出す──が、こっちは甲冑のガチャガチャ音と獣臭、あとたまに亡霊の呻き声が混ざってくるぶん、はるかにカオスだ。
精霊馬の配置、送迎船の手配、RENとOTENTOの起動バックアップ、テルテルの掃射……。
やることは山積み。山積みというか、富士山レベル。
林はこれまでの激務で鍛えられた“社畜魂”を総動員し、各部署と連携して準備を整えていた。
「はい林くん、あれもお願い」「それもお願い」「あ、ついでにこれも」
小島課長の口から飛び出す依頼が、もはや銃弾のように降り注ぐ。
──なんで死んでもブラックなんだ、この職場。
「小島さん、こんなもので大丈夫ですか」
「そうね、基本はOK!あとは特別任務のほうね・・・」
鈴田のほうをに目を向ける
「あっあっ、任せてください! 私、帰還数だけは裏切りません!」
自信満々に胸を張る鈴田の姿に、林は思わず眉をひそめた。
「帰還数だけは…か。なんかもうヤバそうだな…」
お盆のUターンラッシュが始まった。霊界交通庁の現場は再び慌ただしく、熱気と緊張と、ちょっとした絶望感に包まれた。
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特別配属された鈴田は、霊界の端末を操作しながら意気揚々と現場へ出る。
しかし早速ルート設定を3回も間違え、同じ英霊を3度も出発させてしまう失態。
「ねえ、ナス馬、Wi-Fiちゃんと繋がってる? 繋がってなきゃ教えてよ!」
ナス馬は無言で立ち尽くし、キュウリ馬は目をそらした。
既に帰ったはずの英霊を再び港へ送り込み、港は英霊で溢れかえった。
「Uターンラッシュの意味が違うよ・・・」
林は絶句し、思わず小島課長に囁いた。
「こ、これが…No.1(ナンバーワン)ってやつですか…?」
「お、おかしいわね・・・聞いていた話と違うんだけど・・・」
最初は笑顔でフォローしていた小島課長の表情は、徐々に引きつっていった。
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林はこっそり東堂に訊ねる。
「どうしてこんな手に負えない人を…?」
東堂は冷たい目を林に向け、ぽつりと言った。
「戦略核兵器だ。」
「はっ??戦略核兵器?」
「鈴田は帰還数だけは取れる。無茶をするから混乱も起きる。
帰りたくない霊に口八丁、手八丁でとにかく冥都に返す。あとはまわりで何とかする」
簡単に言うと「爆撃してから瓦礫を片づける」タイプらしい。
しかしUターンラッシュは混乱必至。
「ならばこいつを投入し、一気に回してしまえ」という超攻撃的人事だったのだ。
「あの会議での南田部長との目配せは、そういう意味だったのか…」
林は腑に落ちた・・・
「いや落ちねえよ!」
そして事件は起きた。
鈴田が焦って端末を操作するうち、「全便一斉出発」ボタンを押下。
次の瞬間、数百万の英霊が一気に発進。港も川も空も英霊で埋め尽くされ、まるで銀河鉄道の車両庫を爆発させたような光景になる。
しかもその半分は行き先を間違え、地獄方面へ直行。地獄のスラム街には武士からアイドルまでが大集合。なんだこの異世界フェス。
即、鈴田が現場へ突撃!
「いま帰るとものすごいサービスがありますよ、ねっ!」
「こんなチャンス一度しかありませんよ皆さん! さぁ帰りましょう!!」
鈴田の口八丁、手八丁がさえわたるが現場は混乱を極める。
カオスは限界突破し、ついに地獄総大将・閻魔大王(本名水元さん)が咆哮。
「何事じゃあああ!!!」
「鈴田!!! また貴様か!!!」
「はい、すいません!すいません!」(全然反省してない顔)
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林は叫ぶ。
「みんな、急いでルートを修正しろ!今が勝負だ!」
小島課長は厳しい目で鈴田を睨みつつ、
「鈴田さん…ちょっと何やってるのよ…でも今は全力でカバーするしかないわね!」
吉原は怒鳴る。
「あのバカ猿!!仕事増やしやがって!!全精霊馬出動!全船こっちに回せ!!」
遠藤は相変わらず独特な言葉で激励。
「異常事態はコントロール必要デス!皆さんファイトデス!」
藤村は拳を振り上げ、
「みんな仲間だ!ここで踏ん張ろう!やるぞー」
尾川はナス馬の手綱を握りしめ、
「オラオラ!帰るぞてめえら!」
小野沢は元気に声を上げる。
「みんなで協力すれば絶対に間に合いますよ!フンス!」
黒戸は弱々しく、
「そんなの無理だよ…でも頑張るしか…」
村吉は黒戸を励ましながら、
「いけますよ、黒戸さん!」
鈴田は笑顔で、
「あれ?僕のせいじゃないですよね?ね?」
東堂は無言で鈴田の襟首を掴み、端末を取り上げる。
そして鈴田を“霊ビーコン”として現場に立たせ、迷子英霊を集める荒技を敢行。
「鈴田、お前はしばらく帰ってくるな・・・そこで立ってろ!」
南田は現場の混乱をよそに達観した位置から笑っていた・・・
「予想はついていたが、あいかわずひでぇな鈴田は」
結果、全員無事に帰還したものの、予定より2日遅れとなった。
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林は苦笑しながら言った。
「…あの人、もう呼ばないですよね?」
東堂は涼しい顔で答える。
「いや、また使うかもね。南田さん次第だけど。」
林は心の中で呟く。
「やっぱりこの職場、ブラックだな…」
鈴田はケロっとした顔で、
「またお願いしますね!ねっ」
ほんとこの人反省していないな・・・
小島課長はため息をつきつつ、
「ま、数字だけは取ったからね…」
OTENTO衛星には渋滞する港と手を振る鈴田の姿がくっきり。
そんなこんなで冥府最大のUターンラッシュ史上最大の大混乱は、今年も無事(?)幕を下ろした。