第6話後編「盆踊り 暴動、暴動、大暴動!」
盆踊り会場――それは、古今東西の霊たちが年に一度集う、にぎやかで混沌とした聖地である。時代も価値観も違う彼らが、一つの輪の中で踊り、語り、時に衝突しながらも、共に「お盆」という特別な時間を過ごす。しかし今年は様子が違った。時代ギャップによる文化衝突、そして英霊たちの思わぬ来訪が、祭りの空気を一変させていたのだ。
そんな修羅場の只中に現れたのは、新人の小野沢の強烈な一喝。彼女の真っ直ぐな言葉が霊たちの心に響き、混乱を鎮めると同時に、現世の人々が織りなす「世界平和」の姿を改めて見せつける。そして祭りは、花火の煌めきと共に静かに幕を閉じるのだった。
だが、林は知っている。平穏の裏に潜む霊界の日常は決して楽ではなく、彼の苦労はまだまだ続くことを——。
林たちが会場に着く少し前——。
盆踊り会場は、既に修羅場と化していた。
古墳時代から現代まで、あらゆる時代の霊たちが入り乱れ、怒号と笑いとお囃子が同時に飛び交う。
江戸霊「誰だ!俺の油皿提灯にフラペチーノぶっかけた奴は!」
令和霊「あ、ごめ、これインスタ映えかなって…」
江戸霊「映えじゃねえ!消えかけてるだろ火が!」
昭和霊「ていうかお供え物は団子だろ!なんでここにパフェがあるんだよ!」
平成霊「バブル時代から甘い物は正義だっての!」
その横では、提灯を掲げた明治霊と平成霊が口論中。
明治霊「提灯は炎の揺らぎが肝心でございます」
平成霊「いやいや、LEDの方が長持ちだし安全っしょ!」
明治霊「無機質な光に心は宿らぬのです!」
平成霊「じゃあ爆発しても責任とれる?」
輪の中では、踊りのテンポすら合わない。
現世の音楽に、昭和霊の健康体操的動きと、令和霊のダンスミュージック風アレンジがぶつかり合い、踊りの輪はぐにゃぐにゃに歪む。
昭和霊「腰を落として背筋を伸ばせ!」
令和霊「もっとヒザ使ってリズム取れって!」
江戸霊「そもそも三拍子じゃねぇ時点で盆踊りじゃねぇ!」
怒鳴り声と笑い声が混ざり合い、空気は完全にカオス。
お供え物は奪い合いの末、地面に散乱。そこへ犬霊や狸霊まで乱入し、菓子をくわえて逃げ回っていた。
そこへ林たちが到着。
会場の混乱を見て、尾川の額に青筋が浮かぶ。
尾川「てめーら何やってんだ!踊るなら静かに踊れ!」
曼荼羅の面々が四方から霊たちを取り囲む。
逃げ惑う霊、確保される霊。ようやく少しずつ落ち着きを取り戻し始めた——かと思った、その時。
尾川「おいおい、こいつらがいるなんて聞いてねぇぞ…」
林が視線の先を追うと、そこには旧日本兵の英霊たちが整列していた。
軍服姿のまま腕組みし、鋭い眼光で会場を見回している。
尾川「この時期、あんたらは靖国にいるはずだろ!?なんでここに…」
古参兵霊「聞いたぞ。最近の盆踊りは“英語の歌”でやると…見に来たんだ」
若手兵霊「ん?アメリカの歌だと?ベン・ジョヴィ?…冗談じゃない!」
現世の太鼓係がまさに「obon' on a Prayer」を叩き始め、兵士霊たちの眉間のシワが深くなる。
一部は輪に突入し、踊っていた令和霊を肩で押しのける。
遠く管制室でも、その映像を見て冷や汗をかく者がいた。
吉原「あ…やべぇ、やっちまった。こりゃまずい…どうすっかな…」
歴戦の兵を相手にするのは、さすがの曼荼羅でも分が悪い。
会場は再び混乱の渦に飲み込まれた。
その時——。
小野沢「いいかげんにしなさーーーいっ!!!」
小さな体から放たれた大声と光が、会場の全員を一瞬で黙らせる。
林は隣で思わず呟く。
林「小野沢さん…すげぇ…」
小野沢「気持ちはわかるけど、現世の人たちの顔を見てください!
どの国の人たちも楽しそうに踊って、歌ってるでしょう!
これを“世界平和”って言うんじゃないの!?あなたたちが目指したのはこういう世界でしょ!
もっと今の人たちを見なさい!!!」
その迫力に、旧日本兵も江戸霊も、令和霊も口をつぐむ。
輪は再び整い、盆踊りが静かに続き始めた。
そこへ遅れて藤村が到着。
藤村「あれ?もう解決してんじゃん。なんだ大丈夫か!よっしゃー、それなら…」
現世の花火に細工を施し、夜空に大輪の花を咲かせる。
現世の人々は「あれ?こんなきれいだったっけ?」「ご先祖様のおかげかな?」と笑い合う。
混乱を極めた盆踊りは、こうして無事に幕を閉じた。
帰り際、尾川が小野沢に声をかける。
尾川「小野沢姉さん、自分感動しました!ぜひ曼荼羅へ!」
小野沢「私、初めて必要とされました!フンス!頑張ります!林さん、今までありがとうございました!」
そのまま曼荼羅と一緒に去っていく小野沢。
林は祭りの後の会場を見渡し、ため息をついた。
林(心の声)「あれ…また一人になったな…。俺の苦労、まだまだ続きそうだ…」