第5話「お盆本番」
お盆――それは霊界にとって、年に一度のお祭り……ではなく、修羅場である。
現世の人間たちがご先祖さまを迎えるために動くその裏で、霊界では数えきれない精霊たちが一斉に帰省し、
霊界交通庁・お盆対策部は、毎年この時期だけ灼熱のカオスと化す。
冷房? 効いていても汗が止まらない。
休憩? 取れたら奇跡。
愚痴? 言う暇があったら、ナス馬をもう一頭組み立てろ。
そして今年――
配送ルートは既に飽和、現場は崩壊寸前。
そこへ乗り込んでくるのは、笑顔で地獄の注文を増やす部長たちと、怒鳴る地獄生産部。
さらに、なぜか試作衛星まで飛び出して……。
林 にとって初めての「本番お盆」は、間違いなく地獄のフルコースになる運命だった。
第5話「お盆本番」
霊界交通庁・お盆対策部。
年に一度の地獄……いや、正確には「霊界最大の繁忙期」が幕を開けた。
林 真人は朝から汗だくだった。冷房は効いているはずなのに、体感は灼熱地獄。
待機モニターには、現世へ帰省予定の精霊たちの名前がびっしり。更新されるたびに行がスクロールアウトしていく。
「林くん、そっちの第三配送ルート、ナス馬あと二体追加お願い!」
「え、もうですか!? まだ二便目ですよ!?」
パネルの向こうでは、すでに行列が画面端までぎっしり。
善行ランクB以上はキュウリ馬、それ未満はナス馬という区分も、もはや意味を失いつつあった。
「……完全にオーバーフローね」
小島課長が腕を組む。目は笑っていない。
その瞬間、課長は無線を取った。
「藤村部長、南田部長、お願いできるかしら」
――嫌な予感しかしない。
「やっほー! 何さぼってんだよ! いいからやれよ!」
現れた藤村部長は、背広の上着を肩に引っかけたまま、満面の笑み。対策部のトップにして、現場至上主義者。
その後ろから、眼鏡の奥を光らせた男が現れる。管理部部長、南田。静かながらも圧を放つタイプだ。
「現状は?」
「はい、現世便が既に想定比160%です」林が答える前に――
「じゃ、もうちょい増やせるな!」
藤村がモニターを覗き込み、勝手に配送数を+20%する。
「ちょっ……部長、それ、馬の在庫が……!」
「みんな仲間だ! やればできる!」
明るい笑顔が爆弾のように現場へ投下された。
「根拠は?」
即座に南田が詰め寄る。
「え? 根拠? 気合?」
「気合はKPIにないでしょう。エビデンスを出してください、エビデンスを」
「エビ……なにそれおいしいの?」
「……藤村さん、あなた数字という概念を理解してます?」
目の前で始まった言葉の斬り合いに、林は生唾を飲み込む。
案の定、現場はさらに混沌化した。
OTENTO衛星は真っ赤なアラートを連発し、各ルートの遅延を報告。
ナス馬の在庫は底を突き、キュウリ馬まで動員しても間に合わない。
「こらぁ! 何やってやがる!」
通信端末越しに、吉原が怒鳴る。
「馬は無限じゃねえんだぞ! おめえら猿かタコか!」
黒戸は既に机に突っ伏して高熱を出し、村吉が必死に書類を抱えて走り回る。
「黒戸さん、大丈夫ですか!」
「……そんなの無理だよ……(ガクッ)」
「おい、まだ死ぬな! いや、もう死んでるけど!」
だが、そのときだった。
「……使えるかもしれない」
黒戸がぼそりとつぶやき、机の下から金属製のケースを引っ張り出す。
「OTENTOサポート小型衛星、テルテル。試作だけど……やってみる?」
村吉の目が輝く。
「完成してたんですか!? 黒戸さん天才!」
「……無理だと思ったけど、まあ……」
吉原が映像越しに目を見張る。
「ほぉ、黒戸の野郎、意外にやるじゃねえか。タコから少し成長したな」
テルテル投入後、OTENTOの同期負荷は劇的に改善。配送ルートの再計算が間に合い、第一陣は何とかこなせた。
「みんな仲間だ! やるぞー!」
藤村が拳を突き上げると、妙に場が一体感に包まれる。
「EBPMの観点からも、まあ合格点だな」南田がつぶやく。
林も先輩たちの姿を見て、胸が熱くなった。
だがその瞬間、小島課長がにこりと笑う。
「林くん、このラッシュが終わったら……すぐ次が来るわよ」
「次?」
「そう――Uターンラッシュ♡」
林は血の気が引いたのであった...