第1話「死んだら出社してた」
――ここは死者二億が暮らす霊界最大の都市、「冥都」。
寿命をまっとうした者、突然死した者、古今東西の魂たちが集い、死後もなお働き続ける巨大都市だ。なかでも年に一度のビッグイベント“お盆”は、霊界にとって最大の繁忙期。
魂の帰省を担うのは「霊界交通庁」。その中でも最も激務とされるのが、お盆限定の臨時組織——「精霊配送管理課」。
供えられたナスの牛やキュウリの馬。それらは飾りじゃない。供養の質と“徳ポイント”に応じて、霊界交通チップが発動し、霊たちは帰省グレードを割り振られる。特急便、鈍行便、果ては徒歩便。乗り遅れたら、次は一年後だ。
だが、配送は常にトラブル続き。情報不備、善行不足、地獄への誤配送、システムバグ、現世とのポイント格差——霊界の闇は、思った以上に深い。
そう、死んでも楽にはならない。
むしろ、死んでからのほうが、よっぽどブラックだ。
これは、死者たちのために働く死者たちの物語。
林 真人、職業・精霊配送管理課係長。
今日も彼は、2億体の帰省をさばくべく、霊界の端末と格闘している。
目が覚めたとき、俺は見知らぬ川のほとりに立っていた。
空は白く、地面は灰色。霧が立ち込め、向こう岸さえ見えない。
川幅は百メートルほどだろうか。墨を流したようなどす黒い水が、音もなくゆるやかに流れている。
「……え?」
自分の格好を見る。スーツにネクタイ、営業カバン。見慣れた仕事スタイル。
ただ一つ、違ったのは——
体が、透けていた。
「……マジか。やっちまったか」
胸に手を当てる。鼓動はない。痛みもない。
思い返すのは昨日の記憶。
トラブルの謝罪に駆けずり回って、連続訪問の合間に無理やりねじ込んだ会議。
そして、急な目まい。
——たぶん、俺、死んだ。
「はいはーい、お疲れさーん!ようこそ、三途の川へ!」
にわかに陽気な声が響いた。川辺のプレハブ風建物から、作業着姿の女性が手を振っている。
「あなたが林 真人くんね?仮初だけど、生前の登録データと一致したから間違いないと思うわ」
「え、あの、死んでます?」
「うん、死んでる。ご愁傷様!はい、社員証!」
彼女はすっとICカードのようなものを差し出した。
【霊界交通庁 お盆対策部 精霊配送管理課】
林 真人(係長代理・仮配属)
「……これ、冗談じゃないですよね?」
「冗談言ってるヒマないのよ、これが。今年の帰省数、過去最多。配属通知も“労災即時招集枠”で通ってるから」
「……ろ、労災即時招集……?」
「そうそう、過労死・事故死・突然死の枠よ。初日から即戦力、ありがたいわ〜」
ありがたくねぇ。
「じゃ、案内するね〜。私は小島吟子。元は生保レディだったんだけど、今は霊界交通庁の職員やってます。一応あなたの上司にあたるかな?」
霊界って、そんな転職自由なのか。
俺が連れてこられたのは、白を基調とした無機質な庁舎の一角。受付やエレベーターは現代日本そのもの。…ていうか、思った以上にIT化が進んでいる。
「ここ“冥都”は、約二億の霊が暮らす霊界最大の都市。各種省庁もそろってて、現世とのリンクや管理業務を日々こなしてるのよ」
「……マジで国家機関みたいですね」
「マジよ。で、あなたが配属された“精霊配送管理課”は、その中でも特に忙しい部門」
「どうしてです?」
「お盆だからよ」
小島さんが言った。
「世間じゃ“ご先祖が帰ってくる”とか言うでしょ?でも実際は、私たちが配送してるのよ。“ナス便”と“キュウリ便”で」
「……ナス?」
「ほら、ナスの牛とキュウリの馬ってあるじゃない。あれ、実はれっきとした公式帰省手段なのよ。現世の供養の質と、故人の“徳ポイント”で乗り物がグレードアップするの」
なんだそのソシャゲみたいなシステム。
初仕事は、配達準備の出発チェック。
巨大なターミナルでは、ナスやキュウリの形をした発光体の乗り物が列をなしていた。
それぞれ“REN(蓮)”という霊界の交通統合システムに接続され、搭乗者情報がリアルタイムで流れている。
「林くん、この端末。現世で言うとスマホみたいなもん。全部この“魂端末でチェックできるわ」
次々と乗り込む霊たち。
「佐藤家行き、出発〜。佐藤セツコ様、徳ランクB、キュウリ便・スタンダード仕様です!」
「そっちは田中家!ナス便・魂クレカ使うってさ!」
怒号とアナウンスが飛び交う中、俺は手元の端末とにらめっこを続けた。
——そして気づく。
俺、これ、絶対定時で帰れないやつだ。
◆
仕事が終わったのは深夜。とはいえ冥都には夜がない。システムで昼夜を分けているだけらしい。
「初日、お疲れさま。上出来だったわよ」
「……はあ」
「どうしたの?」
「いや、死んでも仕事からは逃れられないんだなって……」
「ふふっ、そうね。でも、がんばれば転生待遇が上がるし、報奨精進制度もあるのよ」
「……それ、何ポイント貯めたら生まれ変われるんですか?」
「それは、OTENTOが見てるわよ」
「……なんすかそれ」
「え?徳行観測衛星”よ。正式名称 Omniscient Truth Evaluator & Noble Tracking Orbiter
かっこいいでしょ! 君の行い、お天道様はずっと見てるから」
俺は端末を静かに見下ろした。
「やっぱり死んでもブラック労働か・・・」
【次の便】
東京都青梅市 渡邊家・仏間へ
ナス便・19:30までに到着厳守
——お盆は、始まったばかりだった。






